14.死んだら神様に会った話

 トラックにひかれたと思ったら、何もない白い空間で老人と対峙していた。


「儂はこの世界をつかさどる神じゃ。手違いで、寿命を迎える前にお前を死なせてしまった。おびに、好みの異世界に転生させてやろう」


 俺は迷わず、剣と魔法の世界を希望した。


 次の瞬間には、立派な石造りの神殿の中で、白い布をまとい顎髭あごひげたくわえたマッチョな神様と対峙していた。


「常人を超える力を授けてやろう。魔力と筋力、どちらが強い方がよいか?」


 考えるまでもない。筋力なんて魔法で身体強化すればいいだけのことだ。


「もちろん、魔力全振りで。あと、全属性の魔法をくれ」


 俺の要求にマッチョ神は渋い顔をした。


「構わんが、人としての生を捨てるのか?」


 なんでも、俺が転生する世界では、魔術が一般的で、魔法は特別な力なんだとか。

 どちらかと言うと、特殊能力っぽい扱いだ。


 そんで、太古の魔法使いが悪の限りを尽くしたので、魔法使いは絶対悪と見なされているそうだ。

 もし全属性の魔法を使える者が現れたら、全世界に敵視される【魔王】扱いになるらしい。


「うーん、魔王無双もありか」


「言っておくが、魔王は必ず滅びるぞ。何しろ、魔王に対抗する勇者に力を授けるのは、神である儂の役割じゃ。当然、お前よりも強い力を勇者に授けることになる。勇者が負けたら神の威信に関わるからの」


「駄目じゃん! っていうか、俺はスローライフ系が好きなのよ。スローライフなのに無双、最高じゃん?」


 危険なのは嫌、怖いのも嫌、痛いのも嫌でござる。

 だから、最強がいい。


「ふむ、それじゃあ出自は、辺境貴族の嫡男あたりがよいかの?」


「お、いいねー。傾きかけた、ど田舎の領地を発展させる系? 現代知識無双! よきよき」


 自慢じゃないが、知識無双系の小説も結構読んでる。マヨネーズの作り方だって知ってるぜ!


「でな、魔力さえあれば、すべての魔術が使える。属性による制約はない」


「そうなの? なんかこう、他人とは違う、特別!ってのが欲しかったんだけど」


 やっぱ、分かりやすい俺TUEEE要素は大事だと思うよ。


「そうさの。他人に隠し通せるなら、魔法をひとつくらい授けてもよいぞ。試しに、欲しい力を言うてみい」


「特殊能力をひとつかー。まあ、そういうのも燃えるよなー」


 異能バトルですね、分かります。


 さて、他人から隠しやすくて、その上で最強の能力。何がいいだろう?


 相手の能力を奪う力?

 しかし、魔術は誰でも使えるらしいので、奪い甲斐がいがない。

 魔法を持っている人間はめったにいないので、奪いようがない。

 魔法無双を目指しているのに、剣技とかを奪っても何か違う。


 回復能力もいいな。

 ダメージを受けてもへっちゃらだし、味方を救うことで感謝されるのもいい。

 しかし、ダメージを食らう前提なのが気になる。正直、痛いのは嫌だ。


 ならば、高速移動はどうだろう。

 超スピードで相手の攻撃をかわせば、痛い思いはせずに済む。

 どんな攻撃も当たらなければ、どうということはない!


 いや待て。どんな攻撃も避けられる、究極があるじゃないか!

 しかも、使っても周囲にばれない。

 なにしろ、周囲が気づく前にすべてが終わっているのだから。


「やっぱ、時を止める能力が最強かなー」


「時を止める? 異なことを言う。時は最初から止まっておる。時が流れているのではなく、お前が時の中を流れているのじゃ」


「? 日本語でおk?」


「すべての事象は、時の中を流れておる。例えるなら、時が大地で、すべての事象はその上を流れる大河じゃ。大地は最初から動いておらん」


 時間は流れるものと相場が決まってない?

 頭の中で、流れている川をイメージする。

 いや、だったら、この流れているやつが、時間なんじゃね? 違うの?


「……じゃあ、その川の流れを止めれはいいじゃん?」


「馬鹿を言うな。大河に浮かぶちりにすら満たぬお前がそれを成すと? お前が欲する力を実現するには、大河の水すべてを一瞬で凍らせる必要がある。全宇宙のすべての事象を凍らせる? 儂でさえ、その大河の流れの一部を変える力しかないのに? そんなことは、全宇宙の神々が一致団結しても実現できんよ」


「ええ~」


 神様しょぼいよ。川ぐらい凍らせろよ。

 え? 宇宙全体が凍るってこと? なにそれ? 世界の終わりじゃん。

 破壊神か!


「ちなみに、お前の言う『時間を止める』とは、具体的にどういう状態か言うてみい」


「え、そりゃあ、周りのすべてが止まって、その中を自分だけが動ける?」


「そりゃ、お前自身が超高速で動いてるだけじゃろ」


 超高速で動けるヒーローなら知っている。

 でもあれ、周りは普通に動いて、その中でヒーローだけバビュンと動くわけだろ?

 違う、そうじゃない。


「ちげーよ。周りは完全に止まってるんだよ」


「そしたら、どうやって動く? お前を包む空気も止まっているのに? 壁に埋まっている状態と変わらんぞ?」


「え? いやいや、空気が止まってても動けるだろ?」


 風が吹いてなきゃ、空気なんて最初から止まってるじゃん!

 なんで空気と壁が同じ扱いになるかな?

 ちょっと何言ってるか分からないですね。


「ふむ。つまり、周囲の空気もお前と一緒に動くわけじゃな。ならば、自分に近いものは動いて、遠いものは止まると?」


「? そうなの?」


「たとえば、お前がその魔法を使っているときに物を投げるとする。投げた物体は、お前に近い間は動いて、お前から遠ざかると静止する。で、お前が魔法を解除すると、静止していた物体は、投げた直後と同じ速度で飛んでゆく。そんな感じじゃ」


「おお、それそれ。ナイフ投げると、相手の目の前で止まるのな! 漫画で見たことある!」


 あんだよ、それだよ、分かってんじゃん!

 最初からそう言えよ!


「じゃあ、それでよいな。お前がその魔法を行使するとき、お前に近い物体ほど、固有時が加速する。さて、ほかに希望はあるか?」


 しばし悩む。

 貴族の息子で、魔力が高くて、時間を止められる。

 もう最強じゃないか?


 いや待て、大事なことを忘れていた。


「モテるようにしてくれ。顔だ! 顔を良くしてくれ! あと、スタイルも!」


「容姿端麗だな。それならお安いご用だ」


 後は何かあるだろうか。

 こう、自分に都合のいいことばかりが起こるような……。


「そうだ! 運だ。運を良くしてくれ。主人公補正ってやつだ!」


「ふむ。それは難しいな」


「なんで?」


「運には幸運も不運もある。稀なることが起こるという点で、両者は同じものだ。だが、それが良い結果を生むか、悪い結果を生むか、それはその人間次第ということになる」


「は? なにそれ。幸運は幸運だろ?」


 幸運の反対が不運だろ?

 反対のものが同じとか、何いってんの?


「では、宝くじに当たるのは幸運か?」


「幸運に決まってんじゃん」


「金目当ての人間ばかりが周囲に集まり、本人も気づかぬうちに金遣いが荒くなる。気づいたときには無一文。しかし、昔のような普通の暮らしが、とてつもなく辛く感じるようになってしまっている。それでも幸運か?」


「…………」


 そう言えば、そんな人間の動画を見たことがあるような……。


「では、何も特別なことが起こらない人生は不運か幸運か? その人間は運が良いのか、悪いのか?」


「え? ええと、何も悪いことが起きないなら、運がいいんじゃね?」


「特別に良いことが起こらなくても、運が良いと?」


「いや、そうじゃなくて、いいことは起こって、悪いことは起こらないのが、運がいいってことじゃね?」


「なら、その良し悪しは誰が決める? 儂が決めてよいのか? たとえば、お前がとてつもなく辛い目に合う。だが、それはお前を人間的に成長させる。なら、それは良いことだと儂は思う」


 今、マッチョな神様の目がひどく意地悪になったのが分かった。

 ぜったい、ろくなことを考えていない目だ。

 俺、そういうの敏感なのよ、自慢じゃないけど。


「ちょ、やめてくれよ! なんで俺が辛い目に合わなきゃならんのよ! じゃあ、良し悪しは俺が決めるよ」


「なら、宝くじが当たって、転落人生を歩むか? お前はそれを幸運と言ったぞ? お前が良いと思っても、結果が良いとは限らないだろう?」


 あ! 確かに俺、そう言った。

 何? このブーメラン。


 そうか、問題は結果だ。最終的にどうなるかが分かればいいわけだ。

 なら簡単だ。


「だったら、未来予知だ! 未来が分かるようにしてくれ」


「ほう? 決定された未来がお望みか。ならここで、転生後のお前が死ぬまでのすべてを、ダイジェストで見せてやろう。その後、そのダイジェスト版とまったく同じ人生を歩むがよい」


「なんじゃそりゃ! それじゃあ、ストーリーを知っている映画を、わざわざバーチャルリアリティで体験するようなもんじゃん。つまんねえよ、最後まで結果が分かってる人生なんて!」


 未来が分かっても、それを変えられなきゃ意味がない。

 一番うまく行く方法を選べなきゃ駄目なんだ。


「ええと、そう、ゲームみたいに選択があって、その選択肢を選んだ場合の未来が分かれば、それでいいんじゃね?」


 おお、俺様ちょうえてる!

 天才じゃね?


「まるで、攻略本片手にアドベンチャーゲームをするようなものだな。『つまんねえよ、結果が分かってる人生なんて』と言ってなかったか?」


 ぐさり、と神様の言葉が突き刺さる。

 くそう! だって攻略本がないと先に進めないんだよ!

 ちくしょう! 世の中クソゲーだらけだ!


「いいんだよ! 自分で選べるのが大事なんだよ。いんたら何とかだよ!」


「インタラクティブ、だな。まあ、結論から言えば、それは無理だ」


「え? なんで?」


「お前に選択肢があるなら、ほかの人間にも選択肢がある。当たり前だろう? お前が選択肢を選んで未来を変えても、ほかの人間が選んだ選択肢で、さらに未来は変わる」


 なにそれ?

 俺がゲームやってる脇で、ほかの奴が別の選択肢を選んで、俺が思ったようにゲームを進めなくするってこと?


「いやいや、それじゃあ駄目だ。俺だけが選択肢を選べるようにしてよ。ほかの人間に選択肢なんていらないんだよ!」


「ほう。つまり、お前だけが自由意志を持ち、ほかの人間に自由意志がない世界を望むか? なるほど、お前が望むのは、完全なバーチャルリアリティで作られたゲームの世界か。そこで、NPCに囲まれて生きたいか。それなら話は早い。転生するまでもない。今から私が作ったゲームの世界にお前を閉じ込めて、バラ色の夢を見せるとしよう」


 さっきまで柔和なおっさんに見えていた神が、途端に恐ろしい存在に見えてくる。


 背筋が凍る。

 俺は踏んではいけない地雷を踏み抜いたようだ。


「いや、なし。今のなし。ええと、未来予知なし。なくていい。最初は何だっけ? そう、運を良くするところから、なしで!」


 そう言うと、神様は途端に元の柔らかい雰囲気に戻った。


 ほっ。よかった。


「ふむ、それじゃあ、ほかにないかな?」


 疲れた。

 駄目だ。もう何も考えられない。


「はい。もういいです。充分です」


「そうか。まあなんだ。儂も意地悪がしたいわけじゃない。そうじゃな。生涯に一度だけ、儂が直接願いをかなえてやろう。人を害したり、新たな能力を欲するような願いでなければ、大概のことは叶えてやる」




 結局、俺は気づかなかった。


 もしかしたら、神様との会話のすべてが、俺に気づかせるためのものだったのかも知れない。

 でも、気づけなかった。


 自分がどれだけ馬鹿かってことに。


 それに気づいていれば、答えなんて簡単だったんだ。

 必要なものなんて、たったひとつだったんだ。


 俺を賢くしてくれ。知恵を授けてくれ。


 たぶん、それだけで、良かったんだ。

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