11.魔術師は魔法使いと対決する

【鷹の目】の女性陣はコボルトが巣食う広間へと走り込んだ。


 聴覚に優れるコボルトたちは早々に侵入者に気づいていたらしく、すでに短槍を構えていたが、具体的な行動には移れていなかった。


 その間隙かんげきい、女性陣は入口を通り抜けて左の壁際に陣取ることに成功した。


「よし。次!」


 ラキアは【氷雲】の魔術を出口近くの高台めがけて放った。

 空気中の水分を凍らせて白くきらめく冷気が、高台の岩に当たり、その一帯に拡散する。


 甲高い悲鳴と、何かが倒れる音が聞こえた。


「手応えあったわ。後はアルバ次第ね」


 冷気の魔術は、体格が小さい分だけ体温を奪われやすいコボルトには特に有効である。

 冷気の範囲内にいるだけで凍えて体が動かなくなり、直撃を受ければ低体温症で昏睡こんすいしてしまう。最悪の場合、手足の指も凍傷で使い物にならなくなる。


 ラキアの先制攻撃は、ゴブリン・メイジを護衛するコボルトを排除して、この後のアルバの行動を助けるのが目的だ。

 さらに、ゴブリン・メイジを精神的に追い詰めることで、精神状態に左右されやすい魔法の精度を下げる効果もある。

 魔力消費の大きい範囲攻撃を繰り出すだけの価値はあろうというものだ。


 壁際に陣取る女性陣の周りにコボルトが集まり、短槍を突き出してくる。


 小柄なコボルトが繰り出す短槍の間合いは、ユリシャの刀よりも短く、ケイティの蹴りと大差ない。

 それでも、岩陰から躍り出ては槍を突き出し、すぐに岩陰に隠れてを繰り出すコボルトの動きは厄介極まりない。


 ちなみに、ケイティは戦斧を荷物とともに置いてきており、今回は徒手空拳である。


「ケイティ、ユリシャ、援護射撃はもう少し待って! 魔力を回復したいの」


 ゴブリン・メイジからの魔法攻撃に備えるため、ラキアは【氷雲】で消費した魔力の完全回復に努める。


「問題、ない!」


 ラキアに返事をしながら、ケイティが一匹のコボルトを天高く蹴り上げた。

 天井に赤い染みを作って、形を失った塊が落ちてくる。

 どう見ても威力過剰である。


「らっくしょー」


 ユリシャも余裕の表情である。

 数の多い敵に翻弄ほんろうされることなく、冷静に対処し、突出しすぎたコボルトを確実に仕留めている。


 女性陣は徐々に戦場を左回りに移動して、ゴブリン・メイジとの距離を詰めてゆく。


 劣勢と判断したのか、ゴブリン・メイジがユリシャとケイティめがけて炎の魔法を二連射した。

【火球】の魔術に似た小さめの速い弾に、ラキアも反応できない。


「ほいっ」


 ユリシャは【火球】もどきをいともたやすく刀で両断した。

 物質と衝突することで魔力が散乱し、刀を振り抜いた方向へと炎が舞い散る。

 ユリシャ自身は、せいぜい熱風を感じた程度だろう。


「しゅっ!」


 ケイティが裏拳で炎の魔法を払いのけると、籠手こてに触れた瞬間に魔力の炎がかき消えた。

 籠手に擦り込んだ【トロールの骨】による効果だ。


 威力の低い魔法では効果がないと見たのか、ゴブリン・メイジが手元に大きな炎の弾を発生させた。

 多くの熱量を保持し、直撃でなくてもダメージを与えうる【爆炎球】の魔術に近い。


 それを見て、ラキアも手元に魔力光を発する小さな魔力弾を準備する。

 破壊系魔術の【相殺弾】である。


「そこ!」


 ゴブリン・メイジが【爆炎球】もどきを投射するのに合わせ、ラキアも【相殺弾】を放った。


 ふたつの魔力弾は、空中で互いに吸い寄せ合うように軌道を変え、衝突した。

 炎と魔力光が渦を巻いて混じり合い、あっと言う間に跡形もなく消え去る。


 魔力は互いに引き寄せ合う性質をもつ。

 また、異なる性質を付与された魔力同士が混じり合うと元の無害な魔力に戻ってしまう現象──【魔力の相殺】が発生する。

 それらを利用し、あらゆる破壊系魔術を無力化するのが【相殺弾】である。


「は? 馬鹿なの?」


 ラキアが呆れた声を上げたのは、ゴブリン・メイジが再び手元に【爆炎球】もどきを発生させたからだ。


【爆炎球】は消費魔力の多い魔術だ。それは魔術もどきの魔法であっても変わらない。

 ここで再び【爆炎球】を放てば、魔力残量が致命的なほど減ってしまい、それ以降の魔力回復に支障をきたすだろう。たとえ、それが魔素の濃い迷宮の下層であってもだ。


「もしかして、【相殺弾】を見るのは初めてだった?」


【相殺弾】は魔術師同士の戦いが一般化した近代に創作された魔術だ。

 魔界から召喚された魔物にとっては初見でも不思議はない。


 ゴブリン・メイジが再び【爆炎球】もどきを放ち、ラキアは先ほどよりも小さい【相殺弾】を放った。

 両者は再び中空で衝突し、消滅する。


「ケイティ、ユリシャ! 魔法は当分来ないわ!」


「心得た!」「ガッテン承知!」


 魔法を気にする必要がなくなり、前衛の動きが俄然がぜん大胆になる。


「さて……肝を冷やしなさい」


 ラキアは舌なめずりした。


【魔力の相殺】は厳密には『相殺』とは言い難く、両者の魔力量にある程度の差があっても成立する。

 ラキアは一発目の【爆炎球】を参考に、【魔力の相殺】が起こるぎりぎりの魔力で二発目の【相殺弾】を放った。

 つまり、この時点でラキアの魔力残量はまだ充分に残っている。


 ラキアは岩の陰から出て、【氷塊】の魔術をコボルトの群れに連射した。

【氷塊】とは名ばかりの、空気中の水分が凍った薄氷で覆われた冷気の魔力弾である。


「それ! それ! それぃ!! はぁー魔素が濃いわぁ。下層最高!!」


「ラキアさん、興奮しすぎです!」


 魔力弾を受けて慌てふためくコボルトたちを、ユリシャとケイティが次々と倒してゆく。


 進軍速度が一気に増し、女性陣は広間の中間地点にまで押し進んだ。




 このとき、アルバはすでに右側の壁伝いに広間の中間地点にまで進んでいた。

 敵の注意は女性陣に集中しており、ここまで一切敵に見つかっていない。


 女性陣が迫ったことで危機感を抱いたのだろう、ゴブリン・メイジが高台を捨てて壁伝いにアルバのほうへと移動を開始した。


 ゴブリン・メイジはラキアの魔術から身を守るために岩を盾にして移動しているが、アルバの位置からだと姿が丸見えである。

 近くに護衛するコボルトもいない。


 距離にして十歩程度。


 アルバは投剣を抜くと、鍛錬を思い出しつつ、思い切り踏み込んだ。


──ドンッ!


 目にも留まらぬ速さで投剣が空を切り、ゴブリン・メイジの顎の下に突き刺さった。

 頭部がだらりとありえない向きに垂れ下がる。頚椎けいついが寸断されたのだろう。


 そのまま、ゴブリン・メイジは倒れて動かなくなった。


「メイジを殺ったぞ!」


「【光あれ】!」


 アルバが声を上げるのと同時に、モナが恩寵を賜った。


 高台まで駆け上がったラキアが、手あたり次第に【氷塊】の魔術を投射し始める。

 逃げ惑うコボルトの群れへと身を躍らせるユリシャとケイティ。


 もはや、趨勢すうせいは決した。


 アルバは当初の予定どおり、入口側に戻りながら、孤立したコボルトを見つけては、遠ければ投剣で、近ければダガーで攻撃を加える。

 ほとんどのコボルトがケイティとユリシャに注意を取られており、アルバの攻撃は面白いようにコボルトの背中を捉えてゆく。


 コボルトの殲滅はあっけなく終わった。




「冷気の魔術で、コボルトがいい具合に瀕死ひんしだ。サバレン殿にちょうどよい。吾が呼んでこよう」


 そこかしこに転がっているコボルトを検分していたケイティが、そう言い残して広間から出てゆく。


 同じくコボルトの死骸を確かめていたラキアとモナは呆れ顔だ。


「ケイティでしょ、これ。……ひどいわね。原型留めてない」


「ユリシャさんの分も、見事に首と胴体がさようなら、ですわね」


「ちっちゃいのが悪い。首より下は低すぎて、斬りにくい」


 ユリシャがぶーたれた。

 ケイティに手加減を頼まれていたのに、この体たらくである。


「コボルトの魔石は、ゴブリンのと変わらんな。採取する価値なしだ。メイジの魔石はさすがにでかいな」


 投剣を回収がてらゴブリン・メイジから魔石を採取したアルバが、ラキアに魔石を手渡す。


「確かにいい大きさね。密封容器に入れておきましょ」


 魔法を使う魔物は体格に比して大きな魔石を備えている。

 ゴブリン・メイジの魔石は、これまで得た中でも最大級だ。


「じゃあ、俺はこの先を見てくる。サバレンの用事が済んだら、ついて来てくれ」


 アルバは早々に次の斥候に取りかかるべく、一人広間を後にした。

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