9.冒険者はお荷物を抱え込む
「こいつ一人を魔法陣で送り返すってのは……無理だな」
ふんぞり返っているサバレンを指さして、アルバが自問自答する。
「無理ね。私かあんたが連れてくしかないわ」
【転移の魔法陣】は内側から魔力で起動する必要がある。
この場にいる魔力持ちはラキアとアルバだけだ。
さすがに、二人のいずれかを欠いた状態で迷宮攻略を続けるのは無理がある。
「この広間に投棄?放置?すれば?」
なぜかうれしそうにユリシャが提案した。
確かに【大広間の主】が復活するまでは、ここは安全地帯である。
「彼がここで大人しく救助を待つとは思えませんが……」
「勝手に先に進もうとするんじゃないか?」
モナとアルバが懐疑的な意見を言った。
【眠り姫】に執着している様子のサバレンが、大人しくこの広間に留まるとは思えない。
「じゃ、こうしちゃえ!」
「うわ、無礼者! 何をする!」
止める間もなく、ユリシャがサバレンを拘束してゆく。両手首と両足首を縄で
「フガー! フガ、フガフー!!」
「これで、万事解決?」
サバレンの言葉にならない抗議を無視して、満足気にドヤ顔をしたユリシャにケイティがダメ出しをする。
「待て、ユリシャ。この状態では万が一【大広間の主】が復活したとき、サバレン殿が戦えない!」
戦ってもまず勝てないし、それ以前に領主子息に対してこの処遇はいかがなものか、とアルバは思ったが、誰も突っ込まないので放っておく。
「【主】が復活する前に、ガットロウがこいつを回収しに来るでしょ」
投げ遣りなラキアの発言を、アルバは即座に否定する。
「いや、それはないな。兵士たちは鎧も武器も捨てちまってる。今、迷宮の入口にいる面子の中で魔物相手に戦えるのは、ガットロウと装備のいらない魔術兵だけだ」
「……言われてみば、確かにそうね」
すでに上層階の魔物は復活している頃合いだ。上層階で手間取れば、中層階の魔物も復活する。
つまり、実質二人だけで本道の敵をすべて排除し、この広間に到達しなければならない。
さすがにそれは無理がある。
「ガットロウさんが街まで戻って応援を呼ぶにしても、取って返すだけで二日はかかりますね」
迷宮攻略の時間を含めれば最低三日はかかる。【大広間の主】の復活までは到底間に合わない。
「俺たちが迷宮攻略を終えた後で、ここに引き返してきたとしても、【主】の復活までに間に合うかどうか分からないな」
つまるところ、サバレンをこの広間に残していっても、【大広間の主】が復活する前に誰かが救助に来る当てがない。
【主】が復活した時点で、サバレンは間違いなくあの世行きだ。
「ってことは、結局、こいつを連れてここで戻るか、こいつを連れて迷宮攻略を続けるか、その二択ね」
ラキアがうんざりとした顔で結論を述べた。
おそらく、迷宮の入口でガットロウも同様の結論に達し、胃を抑えて
彼の採れる手立ては、【鷹の目】がサバレンを連れて無事に戻るよう祈ることだけである。
「……多数決でも取るか?」
「そうね。取ってみる?」
アルバがため息交じりで提案し、ラキアが同調した。
「では、迷宮攻略を諦めて戻る、に賛成の方、挙手を」
モナの問いかけに、アルバとケイティの手が挙がる。
「さすがに腐っても領主の息子だ。危険な目に合わせるわけにもいくまい」とアルバ。
「部外者を同伴しての戦闘は避けるべきだ」とケイティ。
「では、サバレン様を連れて迷宮攻略を続行する、に賛成の方」
ラキアとユリシャの手が挙がる。
「貴族だろうが領主の子息だろうが、危ない橋を自分から渡ったのよ。危険な目にあっても自業自得だわ。こっちが遠慮する必要なんかないでしょ? 本人が最深部に行きたがってんのよ。むしろ、連れてゆくことに感謝して欲しいくらいだわ」
ラキアは吐き捨てるように言った。
少し呆れてモナが呟く。
「ラキアは本当に、貴族が嫌いですねぇ?」
「ふん。そんなのモナが一番分かってるでしょ!」
「はいはい。それで、ユリシャさんも続行に賛成なんですね?」
「はーい。そのほうが面白そう?」
「お前なぁ……」
今度はケイティが呆れている。
「二対二なら、リーダーのモナに一任だな」
アルバの言葉を受け、皆の視線がモナに集まる。
「第一案は【転移の魔法陣】が使えるようになるまで丸一日ここで待つ方法。ただし、最悪もう一度【大広間の主】との戦闘になります。第二案は歩いて入口まで戻る方法。この場合、上層階の魔物は復活しているので、突破するのに半日はかかるでしょう。先に進む場合、最深部まではおそらく一日弱。これを第三案とします」
理解度を確認するように、モナが四人の顔を見る。
四人ともうなずいて、モナに先を促す。
「第一案は一番時間がかかる上、危険度は未知数。【主】が出現するのか、出現したとして前回と同じトロールなのかも分かりません。第二案が一番速く、危険度も比較的低い。しかし、ゴブリンとの戦闘という労働に対して、対価がまったく発生しません。第三案は危険度が一番高いですが、迷宮攻略を達成でき、多くの対価が発生します。こうしてみると、どれも一長一短ですね」
なるほど、と皆が納得する。
「しかし、第三案以外のふたつ、つまり迷宮攻略を諦めて戻る選択には、重大な問題があります」
モナを除く四人は
全員がモナの次の言葉を待つ。
「おそらく、ここで迷宮攻略を中断して戻ると、クルスターク家が破滅します」
「「「「はい?」」」」
あまりにも突拍子もない内容に、モナを除く一同が困惑する。
「パーティーには迷宮攻略の
「あーそう言えば、そんな規約があったわね」
記憶を呼び戻そうとしているのか、ラキアがこめかみに指を当てて呟いた。
「そうなると、私たちは正直に事実を述べるしかありません。少なくとも、リーダーの私は嘘がつけません」
「神官だものね」
「その結果、今回のサバレン様の所業がギルド本部に知れることになります。同時に、中央神殿にも話がゆくでしょう。何しろ『貴族子息の行動によって、迷宮攻略が中断させられた』という案件になりますから」
合点がいったのか、ラキアがポンと掌を打ち据える。
「あー、それは駄目だわ。うん、やばい。貴族による冒険者ギルドへの妨害行為。神殿が一番怒るやつだわ」
「? そうなのか」
世事に疎いケイティがラキアに尋ねた。ラキアが解説する。
「神殿、というか、神様は迷宮攻略を推奨してるの。魔物をバンバン倒して、魔術をバンバン使って、魔素をバンバン消費して、この世界から魔素を減らしましょう、というのが神様の方針なのよ。ほら、魔素は魔界由来で、神気とは相容れないものだから。そのために、神殿は冒険者ギルドと協力体制を敷いているわけ。それを貴族が妨害した。貴族は国を背負ってる。最悪、国が神様に逆らったと解釈されて、聖戦勃発で国が滅ぶ」
「ひええ~」
悲鳴を上げている割に、ユリシャの顔はうれしそうである。
戦争には加担しない神官たちも、聖戦となれば話は別だ。
普段は使えない天罰系の恩寵まで解禁された日には、一夜にして国が亡くなる。
「まあ、聖戦はさすがに起きませんけど。国はすべての責任をクルスターク卿に負わせることでしょう」
ラキアの見解をモナが訂正した。
「そうね。お取り潰しになるか、家が残ったとしても、神殿にそっぽ向かれちゃ貴族社会じゃやっていけないわね。確かに破滅だわ。実行犯のサバレンは廃嫡の上、よくて幽閉か貴族籍抹消。最悪、急病による死亡ってことで処理されるわ」
「……つまり、ここで引き返しても、結局彼は無事ではすまないと?」
「そうなりますね」
モナの返答にケイティはしばし思案し、意見をひるがえす。
「では、吾も攻略続行に変える」
「仕方ないな……」とアルバもケイティの翻意に同調する。
「では、全員一致ということで。よかったですね、サバレン様」
モナの視線の先では、拘束されて猿ぐつわを噛まされたサバレンが、床の上で右へ左へと
自分の『やらかし』の重大性を認識している態度とは到底思えない。
「今の話聞いてました? 大人しくして頂かないと、『急な病でお亡くなり』ですよ? 【眠り姫】の所まで連れて行ってあげますから、道中も良い子にしていてください、ね?」
モナの声色に、その場にいる全員は室温が下がったのかと錯覚する。
モナの言わんとしていることを理解した、というより、単にその威圧感におののいた様子で、壊れたように首を縦に振るサバレン。
「じっとしていろ」
アルバはダガーを抜くとサバレンの両手両足の縄を切った。
自分で猿ぐつわを外し、サバレンが立ち上がる。
「貴様ら、吾輩にこんなことをして、ただで済むと──」
「もう殺っちゃう方が、一番手っ取り早くね? 証拠隠滅? 即時解決?」
サバレンの目の前で、二刀を抜きざま、手元でくるりと回転させて、ユリシャがニヤリと笑う。
普段からやたらと鋭い眼光が、ひときわ剣呑にきらめく。
サバレンが固まり、ぎぎぎっと音が聞こえて来そうなほどぎこちなく、ユリシャから顔を背けた。
「……ええと……うむ、吾輩を【眠り姫】の元へ連れて行ってくれるなら、すべて不問といたそう。うむ。先を急ごうではないか」
サバレンに見えない所で、ユリシャが声を出さずに腹を抱えて笑っている。
楽しそうで何よりだ。
サバレンという大荷物を抱え込んだまま、【鷹の目】は迷宮攻略を続行することになった。
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