8.冒険者は兵士達を待ちわびる

 トロールを倒した後、【鷹の目】は【大広間】でサバレン一行を待っていた。


 この先、【トロールの骨】を背負って進むのは荷が重いため、【転移の魔法陣】で骨だけを迷宮入口へと送ってしまう予定だ。

 しかし、ガットロウに『【転移の魔法陣】は使わないでおいてくれ』と頼まれているため、ここで足止めを食らっているのだ。


「少し早いですけど、今日はここで野営でしょうか」


【刻のお告げ】を賜りながら、モナが告げた。


【刻のお告げ】は、恩寵の使用限界が更新される深夜十二刻まで、あと何刻あるかを神に問うものだ。恩寵というよりは神託に近く、恩寵としての消費はない。

 時刻を知るすべがない迷宮内では重宝するが、神に何度も問いかけるのは不敬だとして、神官は乱用を嫌う。


「なんなら『骨を入口まで送っといて』って伝言を残せばいいんじゃない?」


 ラキアの提案に、アルバが反論する。


「向こうのパーティーが途中で引き返す可能性もあるぞ」


「あー、そしたら骨もここに置きっぱなしか。取りに戻る前に、スライムに溶かされちゃうわね。何かうまい手はないかしら?」


 一同、無言である。


「とりあえず、食事だけ済ませましょうか?」


「賛成だ。腹が減っては良い案も浮かばん」


 食事を提案したモナに、大食漢のケイティが目を輝かせて賛同した。




【鷹の目】は少し早めの夕食を摂った。


 しかし、食事を終えても、サバレン一行は姿を現さない。


 野営用の毛布に腰を下ろし、食事後のお茶をすすりながら、皆、ぼんやりと広間の入口を見ている。


 ケイティだけは脱いだ革鎧を喜々として布でこすっている。【トロールの骨】を少量だけ削り出して自前の手入れ用ワックスと混ぜたものをり込んでいるのだ。

 この先の下層階には魔法を使う魔物もいるため、その対策である。


「もう、絶滅?全滅?してたりして?」


 さして深刻でもない様子で、ユリシャが不穏なことを呟いた。


「ガットロウがいるんだし、全滅する前に引き返すだろう」


「そうよね。私たちが先行してるんだし、敵がいない道を選べば、ここまで辿たどり着けるはず。前にも後ろにも安全な道が確保されているのに、全滅はないわよね」


 ユリシャの予想をアルバとラキアが否定した。

 が、モナが別の見解を示す。


「収集した魔石の価値での勝負、と言ってましたので、あえて脇道に入って、積極的に魔物狩りを行っている可能性も否定できませんよ?」


 ラキアとアルバは顔をしかめる。

 考えたくないが、ありえない話ではない。


「上層階と中層階の魔物を全部狩り尽くすのに、どんだけかかるかしら?」


「いやいや、脇道には基本的に少数の敵しかいない。全部狩り尽くすにしても、本道の敵は俺たちで始末しているんだから、そこまで時間は掛らないはずだ」


「それもそうね」


「うむ。仕方ない。なんなら吾が見てこよう」


 ケイティが手入れをしていた革鎧を置いて腰を浮かせかけた、まさにその瞬間、アルバは遠くから近づいてくる足音に気づいた。


「どうやら来たようだぞ」


 一同が注目する中、広間の入口から見える通路の壁がカンテラの光で照らし出され、それに続いてサバレン一行が広間に入ってきた。


 腕を怪我しているらしい魔術兵を先頭に、鎧を脱がせた兵士を背中に載せたガットロウ、大荷物を担いで顎を出しているサバレン、そして同じく鎧を脱がせた兵士を背負った弓兵と続く。


 前衛兵二人が行動不能、一人が軽傷という、惨憺さんたんたる有様である。


「よう。お待たせしたかな?」


 ガットロウが軽口を叩くが、その声にはいつもの覇気がない。

 モナが一行に駆け寄る。


「大丈夫ですか?」


「あんまり大丈夫じゃないな。モナ、悪いが恩寵をもらえるか? 自力で街まで戻るにはキツい怪我だ」


 アルバは一行の様子を見て、これまでにモナが使った恩寵と、兵士の治療で使うであろう恩寵を概算した。

 今日の恩寵は間違いなく使い切るだろう。ならば、ここでの野営が決定だ。恩寵なしで先に進むなどありえない。


 傷ついた兵士をモナに預け、難儀そうに腰を下ろしたガットロウにアルバは歩み寄った。


「何があった?」


「きっかけは罠だ。サバレンが罠にかかって死にかけて、魔法薬を使い切った。のっけから切り札を切らされちまった」


 当初からの危惧きぐが的中したらしい。

 ガットロウも注意はしていただろうが、五人分の一挙一動を見守るのはなかなかに難しい。


「その後、ただでさえ慣れない迷宮で疲労が溜まってたところに、守るべき領主の息子を死なせかけたってことで、兵士たちが萎縮いしゅくしてな。結局、凡ミスをやらかして、中層階の途中で前衛が崩れた。それで俺が手を貸す羽目になったんで、決闘は判定負けだとサバレンを説得してあきらめさせた」


 どうやら、馬鹿げた決闘騒ぎはこれで決着したらしい。

 あっけない幕切れだが、アルバとしてはありがたい。


「いろいろ考えたが、怪我人を背負って引き返すより、【大広間】を目指した方が早いと判断してな。お前らの痕跡をたどって、ここまで来たわけだ。合流できれば、モナに治療してもらえるしな。鎧も武器も粗方捨ててきた」


 ガットロウはがっくりと頭を垂れて、深くため息をついた。


「……ご苦労さま」


 ねぎらいの言葉以外、アルバには思いつかない。


「ああ、まったくだ!」


 しかし、再び顔を上げたガットロウは、いつものふてぶてしい面構えに戻っていた。

 切り換えの速さも、冒険者として生き抜くコツだ。


「ところで、アレな」


 ガットロウが指差したのは【トロールの骨】だ。


「随分でかいな。ほとんど削らずに倒したのか?」


「ああ。ラキアの秘密兵器だ。【魔術弩砲バリスタ】とか言ってたか」


「ほう。すごいな。ほかの魔術師にも教えてもらえば、ギルドの収入に……って無理か」


「無理だな。剣を浮かせて、自分も固定して、【引力】をふたつ。よほど魔力制御がうまくないとできない芸当だ。でな、【トロールの骨】で思い出したんだが、問題がある」


「ん?」


「兵士たちは全員【転移の魔法陣】で帰るつもりなんだろ?」


「ああ、もちろん」


 迷宮には【転移の魔法陣】が付き物だ。

 よほどのことがない限り、帰りは【転移の魔法陣】で迷宮入口へ直行するのが冒険者の常識だ。


【転移の魔法陣】は迷宮の内部から外界へ出るための近道だと言われているが、真実は定かではない。

 常に迷宮の深い所から浅い所への一方通行で、逆向きのものは発見されたことがない。迷宮が作られた目的が外敵を阻むことだとすれば、至極当然と言えるだろう。


「実は前回、【鷹の目】の六人と【トロールの骨】で、魔法陣が作動しなかった。重量過多だ。ちなみに、骨は今回のほうがでかい」


 ガットロウが人数を確認するように、モナの治療を受けている兵士たちを見る。


「俺を入れて六人だな」


「だな。どうする? 武器も鎧も少ないし、野営道具もここに捨てていくなら、ギリギリいけるかも知れないが」


「まあ、試すだけ試してみるさ。動かなかったら、俺が残る。お前らに付き合って、最深部の魔法陣で一緒に帰ればいい」


 現在分かっている【転移の魔法陣】の使い方は、内側から魔力で起動する方法だけだ。

 つまり、使用には魔力持ちが最低一人は必要になる。

 ガットロウは魔力持ちではないので、一人では【転移の魔法陣】を使うことができない。


「それに、もう一度【眠り姫】を拝むのも一興だしな」


 顎を撫でながら、ガットロウはにやりと笑った。


「観光かよ。支部長の仕事はいいのか?」


「一日くらいはな。ミュスカが優秀で助かる」


「部下任せかよ。……治療が終わったら、すぐに戻るのか?」


「うーむ。お前らはここで野営だろ? 結界があるとはいえ、魔獣の森で一晩明かすより、ここで野営した方が安全だよなぁ」


 魔獣避けの結界は魔獣が嫌う性質があるだけで、絶対ではない。

 一方、迷宮の魔物は縄張り意識が強いため、ほかの魔物の領域へ侵入してくることはない。

 再び【大広間の主】が補充されるまで、この広間は安全地帯である。


「って言うか、野営道具をここに捨ててくなら、ここで野営するしかねえじゃねえか」


 結局、ガットロウはこの広間で一夜を明かすことに決めた。




 野営の間のわずかな時間ではあったが、兵士たちは【鷹の目】の面々と随分と打ち解けた。


 普通、貴族に仕える兵士は冒険者を快く思っていない連中が多い。

 しかし、彼らは迷宮攻略を経験したことで、冒険者への認識が随分と改まったようだった。


 もっともアルバだけは蚊帳の外だったので、単に女性陣に下心があっただけかもしれない。


 問題児のサバレンは、終始何かを思案している様子で、アルバに絡んでくることはなかった。

 あるいは決闘に負けたことで何かを言われるのが嫌で、アルバを避けていたのかも知れない。




 翌朝、一行は早々に荷物をまとめた。


【トロールの骨】が転がされた【転移の魔法陣】の中に、兵士四人とサバレン、そしてガットロウが入る。


 ガットロウは足元に食料と迷宮攻略用の備品をまとめた背負い袋を置く。

 重量過多で魔法陣が動かなかった場合、その背負い袋を持って魔法陣を出るためだ。


 ラキアが、魔法陣の外から魔術兵に【転移の魔法陣】の起動方法を教える。


「──あと、転移の瞬間は目眩めまいを起こすことがあるから、全員注意してね。操作する人間は転移の前に必ず声がけすること」


「それじゃ、いっちょ動くか試してみるか」


 ガットロウが魔術兵に視線を送った。

 魔術兵は【鷹の目】の面々に頭を下げる。


「いろいろお世話になりました。【トロールの骨】は、きちんと梱包こんぽうして、皆さんの荷物に加えておきますので」


 ほかの兵士も魔術兵にならって頭を下げた。

 サバレンだけが無言でそっぽを向いている。


 魔術兵が魔法陣の一部分へ魔力を注ぎ込むと、魔法陣が淡い魔力光を放った。

 転移の準備が整った証だ。


「いきます!」


 魔術兵が声がけをする。


 次の瞬間、サバレンがガットロウの足元の背負い袋をひったくり、魔法陣を飛び出した。


「おい!」


 ガットロウが慌てて手をのばすが、その手がサバレンに届く前にかき消える。


 兵士四人とガットロウの姿が消え、広間には【鷹の目】の面々とサバレンだけが残った。


「さて、お前たち! 吾輩を【眠り姫】の所まで護衛してもらおうか! これは、領主子息としての厳命である」


 先ほどまでの大人しい態度が嘘のように、サバレンが不遜ふそんに宣言した。


「まじか」「ばかなの?」「さすがにこれは……」「なにゆえ?」「おほー」


 困惑している者、あきれ果てる者、怒り心頭な者、状況を理解できない者、珍獣を見ている気分の者、【鷹の目】の面々は、皆一様に二の句が継げなかった。

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