7.魔術弩砲
「【光あれ】!」
モナの宣言とともに天井近くに現れた光球が、広間全体を昼間のように照らし出した。
無言でも行使できる恩寵をあえて宣言するのは、味方への周知のためだ。
急に【光あれ】を行使すると味方の目がくらむこともある。
動きが鈍いトロールの攻撃は、かわすのは難しくないが、一撃でも致命傷になりうるほど重い。
念のため【光あれ】で視界を確保して、少しでも不安要素を排除する作戦だ。
広間の中央でトロールがのそりと起き上がった。
その身長は人の二倍近く、極端な胴長短足で、腕は地面に達しそうなほど長い。
灰と緑と茶の中間のような色合いの肌は、独特な光沢を帯びている。
トロールが戦闘態勢を整える前に、ケイティとユリシャがトロールを挟む位置に走り込んだ。
トロールの正面に立つ一人が回避に集中し、背後の一人が攻撃を受け持つ。トロールが振り返れば、つど、役割を交代する。
アルバ、ラキア、モナの三人はトロールから少し離れた位置に陣取った。
「まずは【浮力】で浮かせて……」
ラキアの前に置かれた古びた片手剣が淡い光に包まれた。
魔力の一部が光に変質して生じる魔力光だ。
水中で重い木の棒を手放したときのように、剣は不安定に向きを変えながら宙に浮かぶ。
「前後に最小出力で【引力】を配置っと……」
宙に浮いた剣の横に立ち、ラキアは両腕を広げた。
手の先の空間に【引力】の魔術を発動する。
剣が羅針盤の針のようにくるりと回り、揺れ幅を小さくしながら、やがて止まった。
「なにこれ、むずい」
ラキアは【引力】の位置を調整しながら、力の均衡を保つ。
位置がずれると、剣は勢いよく片側の【引力】に引き寄せられてしまう。
「そっか。【浮遊】に切り替えて……」
ラキアが剣を包む【浮力】を【浮遊】に切り替えると、剣の位置が安定した。
【浮力】の上位版である【浮遊】は物体を浮かせて任意に動かせる魔術である。
裏技的な使い方として、物体を定位置に保持することも可能だ。
これで【魔術
【引力】は極めて強い力で周囲の物体を引き寄せる魔術だが、出力を上げるまでに時間がかかるという欠点がある。
そこで、射出したい物体の前後に【引力】を配置して同時に出力を上げ、片方の【引力】を解除することで物体を射出しようというのが【魔術
「アルバ、照準よろしく。【引力】の出力を上げるのに一呼吸、その状態の維持は五呼吸が限界よ。狙えそうになかったら、すぐに言って。【引力】の出力を下げるから。魔力を多めに残さないと回復時間が長くなる」
「了解。発射態勢完了まで一呼吸か。先読みが必要だな」
「あと、出力を上げた後は踏ん張っていないと【引力】に引き寄せられるわよ。無理そうなら距離を取って。【引力】の効果は距離の二乗で弱まるから」
アルバは宙に浮いた剣の柄頭側に回って膝を折り、目の高さを剣に合わせる。
「先端を指四本分右へ。……よし。指二本分下へ。よし」
アルバの視線の先、片手剣の延長線上では、ケイティとユリシャが大立ち回りを演じていた。
トロールとケイティがにらみ合っている隙に、ユリシャが背後から二刀の軌道を交差させて
ポトリと肉が地面に落ちるが、トロール全体からすると
「グガルガァ!」
肉を削がれたことで、トロールの注意がユリシャに向く。
「おりゃ!」
注意がそれた瞬間を見逃さず、ケイティが
戦斧がトロールの膝の半ばまで到達して止まる。
「ゴガァ!」
ケイティに対してトロールが腕を振りかぶった。
「おっと!」
それを見て、ケイティはトロールの太ももを蹴って戦斧を引き抜きつつ後退した。
ケイティの眼前を間一髪でトロールの腕が通り過ぎる。
トロールはバランスを崩して、半ばまで切断された膝を床についた。
しかし、胴長短足すぎて、直接攻撃できるほど魔核の位置は下がらない。
打撃の重いケイティのほうが脅威と映ったのだろう、再び立ち上がったトロールは、注意をケイティに集中し始めた。
ユリシャが背後から再び肉を削ぐが、トロールは意に介さずだ。
戦いの様子を見ていたアルバはラキアに確認する。
「今の、膝をついてから立ち上がるまでの時間で足りるか?」
「行ける、と思う!」
「よし、方向はこのまま、指一本だけ下……ここだ! ケイティ! もう一度、膝だ!!」
「おうよ! ユリシャ!」
トロールの正面で手が出せないケイティがユリシャに振る。
「ほいさ! と言いたいけど、パゥワ?が足りない!」
「【力を授けよ】!」
モナが恩寵を発動し、ユリシャの頭上に淡い光輪が出現する。
「なんか来たー? どっせい!」
ユリシャが二刀の剣先を重ね、トロールの膝裏に食い込ませた。
さらに体を捻って肩で刀身の背を押す。
ユリシャの体ごと押し出された刃が、トロールの膝裏を通り抜け、大きな切り欠きを作った。
トロールの上半身がぐらりと傾いだ。
ダメ押しとばかりに、ケイティが戦斧をトロールのもう一方の膝へと振るう。
「指一本、左! 発射準備!」
ラキアがふたつの【引力】の出力を爆発的に増加させた。
空気中の
同時にラキアの体が淡く光る。
自らに【浮遊】を使って【引力】に逆らっているのだ。
アルバは投剣を一本抜いて床の石畳の隙間に打ち込み、それを掴んで踏ん張る。
アルバの視線の先で、両膝を傷つけられ、自重を支えきれなくなったトロールが膝から崩れ落ちた。
その瞬間、トロールの胸の中央が、剣の延長線上と重なる。
「発射!」
アルバの号令と同時に、ラキアは剣にかけていた【浮遊】を解除し、同時に柄頭側の【引力】を一気に強めた。
剣が勢いよく後ろへと下がり、柄頭が塵の渦の中心を通る。
柄頭が接触したことで魔力が散乱し、柄頭側の【引力】が強制解除された。
塵の渦が一気に解ける。
次の瞬間、切っ先側の【引力】だけに引き寄せられる形となった剣が勢いよく加速した。
剣の切っ先が塵の渦を貫き、塵が爆散する。
ふたつ目の【引力】も強制解除され、ラキアとアルバは尻もちをつく。
──ヒュン!
──パン!
──ガキン!
風切り音が広間に響き渡り、ほぼ同時にトロールの脇の下が内部から破裂した。
目にも留まらぬ速さで飛
「やったか!」
しかし、狙いがわずかにそれていた。
大きく開いた傷口の底に魔核が露出している。
「まかせろ!」
ケイティがふさがり始めたトロールの傷口へと戦斧を投げつけた。
投
戦斧が魔核に食い込んだ。
その瞬間、傷口を塞ぐべく動き出していた肉が動きを止める。
トロールの巨体がゆっくりと傾いで、どう、と倒れた。
衝撃で、トロールの肉だったものが形を失って流れ落ちる。
アルバ、ラキア、モナの三人はほっと息を吐く。
前回の泥仕合に比べれば、あっと言う間に勝負が付いたという感じだ。
「ああ! またやってしまった!」
突如、響き渡ったのはケイティの悲鳴だった。
その手に握られた魔核の裂け目から、見事に真っ二つに割れた魔石が露出している。
これでは価値が半減だ。
「ま、『壊し屋ケイティ』だし?」
ユリシャがによによと笑う。
「大丈夫ですよ、ケイティさん。そもそも、魔核を攻撃する
「そうなのか?」
情けなく
普段のイケメンっぷりはどこへやらである。
「はい。トロールはその性質上、魔石を無傷で手に入れるには、少しずつ肉を削るしかないんです。それはもう、長い時間をかけて」
「それに、どっちかと言うと【トロールの骨】のほうが貴重だし。むしろ、肉を削いでくと、それに合わせて骨も小さくなってくから、魔核を潰した方が実入りがいいのよ」
トロールの残した骨へと歩み寄って、その状態を確認しながら、ラキアが言った。
「骨はそんなに貴重なのか?」
ケイティも骨へと視線を移し、不思議そうに問うた。
「そりゃそうよ。これ、【魔力耐性】物質の塊よ。肉のほうは水になって耐性がほとんどなくなるけど、骨は固形のままで残るの。知らない? 【魔力耐性ワックス】」
「! 鎧や盾に塗り込むだけで【魔力耐性】が上昇するアレか!」
ケイティが
【魔力耐性ワックス】は前衛職には
ギルドが専売している幾多の謎アイテムの中でも有名な物のひとつだ。
「じゃあ、これ、宝の山?みたいな?」
ユリシャが骨を拾い上げてしげしげと見ている。
「ま、これは回収せざるを得ないよな。それで前回は【転移の魔法陣】が重量過多を起こしたわけだが」
骨を見ながら、アルバは前回の騒動を思い出す。
最終的に三馬鹿の取り分とした荷の大部分は、この【トロールの骨】である。
今回は、トロールの肉をほとんど削いでいないので、そのぶんだけ骨も大きい。
相当な額になるだろう。
(こいつを戦利品の総額に含めていいなら、もう決闘の
今も騒動の
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