6.冒険者は中層階を難なく進む

 その後も順調に迷宮攻略を進めた【鷹の目】の一行は、中層階へ到着した。


 中層階に降りて最初の広間は、前回の攻略で一日目の野営地に使った場所であり、オークが五匹ほどいることが分かっている。


 オークは、人間と同等の体格をした豚面の鬼である。

 ゴブリンより個体としては強力だが、群れの団結は弱く、連携はあまり取ってこない。

 こちらの実力さえ足りていれば、御しやすい相手だ。


 ちなみに豚面だが特に鼻が利くわけではない。

 魔界は常に悪臭が立ち込めているため、魔物の多くは鼻が利かないと言われている。


 オークにも当然ながら【シーカー】はいるが、ゴブリン・シーカーとは違い、活発には動かない。

 また、敵を見つけても、味方を呼んだり味方の元へ逃げ帰ったりはせず、踏みとどまってその場で戦おうとする。

 もっとも戦いに際して叫び声を上げるため、結局は近くにいるオークを呼び寄せることになる。




 例のごとく一人先行したアルバは、通路に出っ張った柱状の隆起の陰に身を潜めていた。


 広間のほうから近づいて来る足音を合図に、【消音】と【迷彩】を発動する。


 一匹のオークが、アルバのすぐ横を通り過ぎてゆく。


 次の瞬間、背後からオークへと飛びついたアルバは、片手で相手のあごを持ち上げつつ、ダガーでその首を掻っ切った。


 オークが音を立てて膝から崩れ落ちる。


 アルバはオークの顎を掴んだまま、オークに足を絡ませて、もろともに壁際へと転がる。

 その状態で身じろぎせずに数呼吸。広間のオークに動きはない。


 その場に死骸を残し、アルバは【消音】を発動し直すと、広間の入口まで進んで内部の様子を確認した。




 その後、仲間が待機している場所へと取って返したアルバは、床に簡単な図を描いて、広間の様子を説明する。


「前回と同じだな。二十歩四方の四角い広間の真ん中に、オークが四匹。こん棒持ちと、剣と盾持ち、槍持ちが二匹。入口と出口は互い違いに広間のすみにつながっていて、通路からは射線が通らない」


「オークは猪突ちょとつ猛進なのよね。誘ってやれば、通路まで誘導して各個撃破が可能だと思うけど……」


「体当たりを止められるでしょうか?」


 ラキアとモナがケイティを見る。


 元メンバーで盾使いのガウスなら、正面からオークの体当たりを止めることができた。

 だが、ケイティは仮にも女性だ。

 現状、ケイティ自身の荷物に加えて、アルバの荷物全部とラキアの荷物の半分を軽々と運んでいたとしても、一応女性である。


「なんでしたら【力を授けよ】の恩寵を賜りますか?」


【力を授けよ】は対象の筋力を大幅に向上させる恩寵だ。

『筋力が増す』といえば単純だが、ラキアに言わせれば、これまたデタラメな効果だそうだ。


 筋力を増すなら、それに耐えうるだけけん靭帯じんたいも強くする必要がある。

 骨も強くしないと骨折の危険性が増す。

 血流も向上させないと力を持続できない。それには心肺機能の強化も必要になる。

 つまるところ、肉体のすべてを強化する必要がある。


 さらに言えば、全身の筋力が増すということは、相対的に自分の体重がいきなり軽くなるようなものだ。本来なら慣れるまでは思いどおりに動けない。

 ところが【力を授けよ】は賜った直後から普段と変わりなく行動できてしまう。

 つまり、肉体操作に関する神経なり認識なりも補正されていることになる。


 仮に同じことを魔術で行おうとすれば、同時にいくつの魔術を行使する必要があるのか、どれだけ膨大な魔法陣になるのやら、考えるだけで途方に暮れるそうだ。


「いや、オークの身体能力は大男と大差ないと聞く。貴重な恩寵を浪費するまでもない」


 そう言い切るケイティ。


 一応、アルバからも対案を提示する。


「こういう手もある。俺が先に広間に侵入するから──」


 話し合いの結果、アルバの案が採用された。




【消音】と【迷彩】で気配を消したアルバは、広間に入り、壁伝いに出口側へと回り込んだ。


 オークたちは部屋の中央付近で座り込み、アルバに気づく気配はない。


 アルバが出口近くに到達したとき、広間に近づく女性陣の足音に気づいたのだろう、盾持ちのオークが立ち上がった。同時にほかのオークものそりと動き出す。


 すぐさまアルバは、盾持ちのオークの膝裏と、残るオークの右肩を狙い、続けざまに四本の投剣を放った。


「ヴムォ!?」


 突如背後から攻撃されたオークたちは、痛みと驚きで声を上げた。

 投剣は狙いどおりの部位に深々と刺さっているが、致命傷にはほど遠い。


 オークたちは慌てて振り返り、視線を彷徨さまよわせるが、何も見つけられない。

 その時点で、すでにアルバは死角となる出口通路に身を潜ませていた。


──ジジッ


 一瞬、虫の鳴くような音とともに、広間全体が明るくなった。

 広間の入口に立ったラキアの手から、盾持ちのオークの背中へと稲妻が走る。


 音を立てて、盾持ちのオークが倒れた。

 ほかのオークは混乱状態だ。


 その隙に、入口から入ってきた二本の光跡が、左右へと別れてオークに迫った。

 ケイティとユリシャが腰に吊るしたカンテラの光跡である。


 右肩に投剣を受けて鋭さの欠けた棍棒の一撃を軽々と避けて、ユリシャはオークの懐に入った。


「シャ!」


 裂帛れっぱくの気合とともに双剣の交差する斬撃が脊髄せきずいの隙間を捉え、刃が何の抵抗もなくオークの首を素通りする。


 次の瞬間には、ひらりと身を捻ったユリシャの脇を、オークの首が落ちていった。


「てりゃ!」


 槍持ちのオークへ鋭い先制攻撃を仕掛けたケイティの戦斧せんぷは、防御のために掲げられた槍をへし折り、オークの左肩を深々と切り裂いた。


「ふんっ! おりゃ!」


 ケイティはオークの膝を蹴りながら戦斧を抜き、つんのめったオークの後頭部へ向けて再び戦斧を振り下ろす。


 頭蓋骨を割られたオークの顔が地面に叩きつけられた。


 最後に残ったオークは、ようやく混乱から立ち直るが、すでに左右を挟まれている。

 どちらかを向けば、もう片方に背中をさらすことになる状況で、槍を大きく振り回すほかに手立てがない。


「はい、お終い」


 ラキアが再度【雷電】を放ち、最後のオークはあっけなく絶命した。


「ご苦労さまです」


 戦闘を終えて一息つく一同を、モナが笑顔でねぎらった。


 この戦闘では、モナはまったくの出番なしである。


 だが、神官の恩寵は切り札であり、温存してこそ意味がある。

 迷宮攻略の鍵は『どこまで恩寵を使わずに進めるか』にあるというのが冒険者の常識だ。


「オークを瞬殺か。予想以上だな。奇襲をかける必要すらなかったんじゃないか?」


 中層階の魔物をものともしないケイティとユリシャの戦いぶりに、アルバが感心する。


「オークは背格好が人に近い。慣れたものだ」


「ゴブリンとか首の位置が低いから、逆に違和感?あるかも?」


 相手の首を落とすのが基本らしいユリシャの発言に、モナとラキアは苦笑いである。


 オークの死骸から魔石を回収し、一行は広間を後にした。




 ケイティとユリシャが予想を上回る戦力であることが実証され、【鷹の目】による中層階攻略はより速く、より大胆になってゆく。


 やがて一行は、アルバにとって苦い思い出の場所、追放を言い渡されたあの広間に到着した。

 前回、二日目に攻略を断念した場所に、一日目で到達したことになる。


 この広間には【転移の魔法陣】が併設されている。

 多くの迷宮に似たような広間が散見され、それらは総じて【大広間】と呼ばれている。


 一人先行して広間の内部を確認したアルバは、引き返して四人と合流した。


「残念ながら、【大広間のぬし】は前回と同じだ」


「げぇ、最悪……」


 ラキアが顔をしかめた。


【大広間】には大型の魔物が一匹だけいることが多く、それらは【大広間の主】と呼ばれる。


【主】は、時として何種類かの魔物が交代で召喚されるため、ラキアは前回とは違う魔物が召喚されていることを期待していたのだろう。


「まあまあ。もう一度【トロールの骨】が採れるのですから、頑張りましょう」


「トロール? 珍しいな。話でしか知らん。どのような魔物だ?」


 興味津々のケイティに、ラキアが嫌そうな顔をしながら説明を始める。


「トロールは半妖精、魔術用語では半魔法生物と呼ばれるものよ。実体はあるけど、魔核以外は骨代わりの硬い芯と少し柔らかい樹脂みたいな肉だけでできてる。血管とか、内臓とか、筋肉と言った器官がないの。まるで泥人形よ。ここにいるのは巨人型だけど、大きさも形も個体によってさまざま。共通点は団子っ鼻ってことくらいね」


「なにゆえ団子っ鼻!?」


 ユリシャが頓狂とんきょうな声を上げる。

『食いつくところ、そこかよ!』と突っ込みたくなるが、確かにおかしな共通点だ。

 団子っ鼻が種族特性なのだろうか。


「問題は、肉を斬ってもダメージが与えられないこと。血も出ないし、痛覚もあるかどうか怪しい。しかも斬ったところはすぐに塞がるし、たとえば腕を斬り飛ばしても、体のほうの肉が移動して新たな腕になっちゃう。さらに、その肉もどきは【魔力耐性】が高いの」


 魔力はそれ自体は無害であるが、さまざまな性質を付与することで攻撃に使える。

 たとえば、炎の魔術は魔力に炎の性質を付与して投射する。


 魔力は物体に衝突すると散乱するが、付与された性質は維持される。炎の魔術を盾で防げば、魔力は散乱しながらも盾の表面を焼く。

 ところが稀に、触れた瞬間に魔力を無害な性質に戻してしまう物質が存在する。そういったものを【魔力耐性】がある、と言う。


 仮に【魔力耐性】のある物質で盾を作り、その盾で炎の魔術を防げば、盾に触れた瞬間に魔力は無害化されて盾の表面を焼くことはない。

 盾の損耗は、炎の魔術が触れる寸前に間接的に熱であぶられるだけで済んでしまう。


「つまり、物理攻撃も魔力攻撃も効きにくいと。ふむ、難敵だな」


 ケイティが険しい顔をした。ラキアが説明を続ける。


「本体は胸にある魔核ね。そこから切り離した肉は二度と本体に戻らない。つまり、肉を削いでいけば体は段々小さくなるし、魔核を潰せば一撃で倒せる。さらに言えば、頭の中身も樹脂が詰まっているから、基本的には馬鹿で動きも鈍い」


「だとすると、刺突武器で魔核を狙うのが効果的か」


「そうなんだけど、巨人型だと武器が魔核まで届かないの。しかも肉が意外に硬くて、射撃はいしゆみでも威力不足。【力を授けよ】の恩寵じゃ、弓の威力は上がらないしね」


「ならば、武器が届くまで、肉を削るしかない?」


「そう。前回はそれで行ったけど、ホント泥仕合だったわ。前衛三人がめちゃくちゃ時間かけて少しずつ肉を削って、最後は【力を授けよ】で強化した槍使いの一撃がようやく魔核に届いた、って感じ」


 前回のことを思い出したのか、ラキアがげんなりした顔になっている。


「今回はを試してみますか?」


「ええ。そのつもりよ」


とは」


 怪訝な顔で尋ねたケイティに、モナは得意げに答える。


「ラキアの必殺技、【魔術弩砲バリスタ】ですわ!」


「必殺技じゃないって! 恥ずかしいから、やめて!」


「【魔術弩砲バリスタ】?」


「……前回手間取ったから、何かいい方法はないものかとモナと相談してるとき、思い出したのよ。昔、【魔術弩砲バリスタ】ってのを本で読んだことがあるって。魔力に耐性があるなら、直接魔術で攻撃するんじゃなくて、魔力を物理力に変換して攻撃すればいいわけ。要するに、適当な物体を魔術で打ち出せばいいのよ。打ち出す物は、鋭くて頑丈がんじょうで適当な長さがある物がいいわ」


「それで、これか」


 アルバが荷物から古びた片手剣を取り出す。ここに来る途中で、ラキアがオークの武器を拾ってきたものだ。


「で、役割分担だけど──」


 作戦会議を経て、【鷹の目】はトロール退治に乗り出すのであった。

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