5.冒険者は上層階を難なく進む

「そろそろ、頃合いでしょうか?」


 モナの問いかけに【鷹の目】の面々がうなずく。

 サバレン一行が出発してから、すでに四半刻は過ぎている。


「俺は、罠に印を付けながら、最初の広間まで進む。あそこまで脇道はない。魔物は先行したパーティーが片付けているはずだ。四人は少し後から来てくれ。広間で落ち合おう」


「分かったわ」「了解です」「心得た」「おっけー?」


 ほかのメンバーを迷宮入り口に残して、アルバは一足先に迷宮に入った。




 アルバは迷宮内の通路を足早に進む。


(前回から罠や敵の配置に変化なしか。スライムに消された罠の目印を付け直すだけで済む。楽なもんだな)


 途中、兵士たちが倒したのであろうゴブリンの死体を横目で見ながら、ほぼ何事もなく、最初の広間に続く狭い通路に到達した。


 通路を塞ぐようにしてガットロウが腰を下ろしている。


「よう」


 アルバに声をかけられ、ガットロウが少し驚いた顔をした。


「なんだ、もう来ちまったのか」


「まあな。そっちは?」


「今しがた、前衛が突入した。もうそろそろ終わるだろう。俺もちょうど腰を上げようとしていたところだ」


「全員無事か?」


「今のところはな。ただし、もう結構疲れてきてる」


「いやいや、まだ最序盤だろ?」


 アルバの呆れた声に、ガットロウは苦笑いする。


「正直、罠と敵襲にビクつきながら歩くだけで、こんなに疲れるものかと驚いている。久方ぶりになるが、斥候なしの迷宮はおっかないもんだな」


「おいおい、『剛腕ガットロウ』の名が泣くぜ?」


「お前だって聞いたことあるんじゃないか? 初心者のころは『ノミの心臓のガットロウ』だったんだよ。今でもよくからかわれる」


「『心臓にだけ毛が生えていない男』ってのは聞いたことあるな」


 鎧の隙間からのぞくガットロウの毛深い首筋を見ながら、アルバが言った。


 ガットロウは大げさに顔をしかめる。


「それは忘れろ。面白すぎる。また流行ったら堪らん」


「今なら『心臓と頭頂部にだけ毛が──」


「それ以上言ったら、ぶっ飛ばすぞ! ……さてと行くか」


 ガットロウは立ち上がると通路の奥へと歩き始めた。アルバもそれに続く。


 広間の中では兵士たちがおぼつかない手付きでゴブリンの死体から魔石を取り出していた。


「なんだ、もう来たのか? フフン、焦って吾輩らのすぐ後に出発したな?」


 アルバの姿を見つけて得意げに声をかけてくるサバレン。


 否定するのも面倒なので、アルバは無視を決め込む。


「無視するな!」


 そう言われても、付き合う義理はない。アルバはサバレンを無視し続けた。




 兵士たちが魔石を回収し終えたころ、広間に【鷹の目】の女性陣が到着した。


「どうだ! 我輩らはすでにこれだけの魔石を収集したぞ! 早くも勝負は決したのではないか?」


 サバレンが魔石を入れた革袋を持ち上げて見せるが、【鷹の目】の一行は苦笑いである。


「さて、【眠り姫】に会うためにも、先を急ぐとするか!」


 サバレンに急かされて、兵士たちは広間を出てゆく。

 その後ろをガットロウが追い、さらに後ろに【鷹の目】が続く。


 狭い通路を抜けると、道が二手に分かれている。


 サバレンが後ろを振り向いて、何か言いたげにしているが、道順を教えてやる義理は【鷹の目】の一行にはない。


「そちらが先でしょ? お好きにどーぞ。てか、とっとと決めちゃってよ」


 涼しい顔でラキアがサバレンを急かした。


「うむ。……こっちか? いや、こっちだ!」


 サバレンは当てずっぽうで道を決め、それに従って兵士たちが道を進んでゆく。


 ガットロウは【鷹の目】の面々の表情から何かを察したらしい。


「じゃ、また後でな。おっとそうだ。中層階の大広間にある【転移の魔法陣】な、使わないでおいてくれると助かる。多分、その辺りで引き返すことになりそうだ」


「えー、知らないわよ」


「ラキアさん! 分かりました。できる限り使用は控えます」


「おう。すまんな」


 ガットロウが去った後、【鷹の目】の一行はサバレンが選んだのとは逆の道へと進む。

 つまり、こちらが正しい道である。


「じゃあ、俺は先行する。後はいつもどおりに」


「アルバ殿の背中が見えたらいったん停止。待機の印があったら、その場で待機。で間違いないな」


「ああ。それでいい」


「いってらっしゃーい?」


 アルバとの本格的な別行動は今回が初めてとなるケイティは、用心深く確認を入れる。

 一方、ユリシャは緊張感なく、ひらひらと手を振ってアルバを送り出した。




 アルバは四人と別れて、一人足早に通路を進む。


(こっから先は魔物がまだ生きてる。しかし、敵の位置も【シーカー】の行動範囲も把握済み。まだまだ気楽なもんだな)


 途中、【シーカー】を何体か排除しながら、罠に目印を付け、解除できる罠は解除し、分岐路に進むべき方向を記して、アルバはどんどんと先に進む。

 この辺りの【シーカー】は脇道の群れに属しているため、排除してしまえば群れの本隊は無視できる。


 やがて、アルバは中間地点で直角に曲がった広めの通路に到達した。


(ここは……前回、三馬鹿が重傷を負わされた場所だな)


 たいした日数が経ったわけでもないのに、随分と懐かしく感じる。


 ゴブリンから察知されない位置に待機の印を残し、アルバは【シーカー】を狩るべくと暗闇へと身を投じた。




 二匹の【シーカー】を排除し終え、アルバが待機場所へ戻ると、すでに女性陣が到着していた。


 アルバは状況を説明する。


「角のくぼ地にゴブリンが十五匹。うち、弓が七匹。ラキアに一撃かましてもらえば、混乱している間にケイティとユリシャが斬り込めるだろう」


 ラキアが【側撃雷】を使うことを提案し、一行は手筈を確認する。


【側撃雷】は複数の標的に伝播でんぱする雷撃系の魔術である。

 致命傷は与えられないが、多数の敵をしびれさせて動きを鈍らせることができる。

 ただし、敵味方の区別なく雷撃が伝播するため、混戦ではまったく使えない。


 消費の大きい【側撃雷】だが、ほかの魔術師とは違い、ラキアは使用をためらわない。

 先制攻撃が同時に勝負を決める一撃になると確信しているからだ。


 再び一人で先行したアルバが目標を指示し、ラキアが号令とともに【側撃雷】を放った。


 次の瞬間にはケイティとユリシャが窪地へと突撃し、その間にアルバは【側撃雷】を受けて棒立ち状態の弓兵を投剣で無力化または弱体化してゆく。


 ケイティとユリシャが窪地へと到達して五呼吸に満たないうちに、勝敗は呆気なく決した。


「魔石はどうする?」


 ゴブリンの死体から投剣を回収しながら、アルバは一応皆に聞いてみる。


「いらないでしょ」「時間の無駄ですよねぇ」「不要」「いらんちゃ!」


「だよなぁ」


 魔石とは魔力の源である魔素が結晶化したものである。

 魔素が薄い地上では魔力源としての価値がある。


 魔石は、その表面から魔素が少しずつ昇華してゆくため、放っておくと次第に小さくなって、いずれは消えてしまう。

 体積当たりの表面積が大きいほど、つまり粒が小さいほど、昇華は速くなり、寿命は短くなる。


 そのため、小さい魔石をたくさん集めても、同じ重さの大きな魔石ひとつより、価値はずっと低くなる。

 ゴブリン程度の魔石では、街に戻るころには重さが半分くらいになるまで昇華するため、一握り幾らで買い叩かれるのが落ちだ。


 ちなみに、魔素を密封できる容器に入れれば、ある程度は昇華を防げる。

 ただし、密封容器は高価かつ重量がある。【鷹の目】でも手のひらに乗る大きさの容器をひとつ用意するのがやっとだ。


 つまるところ、ゴブリンの魔石は取るだけ時間の無駄、ゴブリンとの戦闘など何の実入りもなく、避けるに越したことはないのである。


【鷹の目】は実入りのある中層階をめざし、先を急ぐことにした。

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