3.支部長は胃が痛い

「すまん!」


【鷹の目】の面々を前に頭を下げているのは、ギルト支部長のガットロウである。


 ガットロウの後ろでは、四人の兵士が馬から荷を下ろす作業を行っており、その作業を手伝おうとするサバレンを兵士たちが執拗しつように止めている。


 ここは【眠り姫の迷宮】の入口に設営された野営地である。


【鷹の目】のメンバーは、これから迷宮を攻略すべく、準備を整え終えたところだ。


 そこへ、後から到着したサバレン一行が『自分たちが準備を終えるまで、迷宮に入ることはまかりならぬ』とイチャモンを付けてきた。


 ぶっちゃけ、サバレンを無視して迷宮に入っても良かったのだが、まずはガットロウの話を聞こう、ということになった。


「結局、説得は失敗したのですね?」


 モナが弱り顔でガットロウに尋ねた。


 ガットロウは困り果てた顔で、しきりに頭を掻いている。


「ああ。聞く耳持たずだ。迷宮に入れるパーティーは一度に一組だけ、二組以上なら合同パーティーを組むこと、というのは冒険者が対象の規約だからな。この国では、ギルドが迷宮攻略の独占契約をまだ取れていない。とどのつまり、部外者が迷宮に入るのを制限する手段が一切ないわけだ」


 魔物と罠に満ちた危険な迷宮は、同時に魔石の宝庫でもある。

 欲をかいた領主が自前の兵で迷宮攻略を行い、多数の死傷者を出し、結局は兵の治療費や遺族手当で足が出た、なんて昔話には事欠かない。


 いつのころからか、迷宮攻略は命知らずの馬鹿に任せて、死ねばそれまで、生きて帰った奴から魔石を買い取るのが利口なやり方、というのが常識になった。


 領主たちはこぞって迷宮に関する一切の権利を放棄した。権利に付随する管理義務のほうが重くのしかかることになったからだ。

 そうして迷宮は、誰もが許可なく立ち入れる場所になった。


 やがて、迷宮攻略を行う命知らずの馬鹿は冒険者と呼ばれるようになった。

 彼らはギルドを立ち上げ、ついには国に対して迷宮攻略の独占権を要求するに至る。


 迷宮攻略の歴史は長くも短い。

 多くの灰色領域を残したままの、いまだ黎明れいめい期と言えた。


「最後の望みは領主様に止めていただくことだが、あいにく数週間は不在だそうだ」


 ガットロウの説明に打つ手なしと悟ったのか、一同押し黙る。


「それにしても、パーティー同士で迷宮攻略競争なんてわけの分からない発想が、どこから出てくるんだか」


 沈黙に耐えかねたのか、ラキアが呆れ果てた声を上げて無理やり話題を変えた。


 ガットロウが恨めしそうにアルバを見る。


「斥候勝負なんて言うから、てっきり森での隠れんぼか、鍵の早開けなんかで済ませられると思ったんだが……」


「すまん」


 素直に謝ったアルバの横で、ユリシャが腕を組み、下手くそなアルバの声真似をする。


「『索敵は隠れんぼとは違う。鍵も早く開ければいいというわけではない』キリッ」


「だから、スマンかった。失言だった!」


「ほんと、馬鹿よねぇ」


「あっはっは。アルバ殿にも失敗はあるさ。むしろ吾の目には【眠り姫の迷宮】という名が決定的だったと映ったが?」


 ケイティの指摘に、モナとラキアも同意する。


「確かに……何か鬼気迫るものがありましたわ」


「【眠り姫の迷宮】と聞いた直後は完全に常軌を逸していたわよね」


「まあ、【眠り姫の迷宮】という名は、吾が聞いても興味をそそられるが」


「その【眠り姫】は、実存?健在?するの?」


 スタークの街に来て間もないケイティとユリシャは【眠り姫】に興味津々だ。


「もちろん、実際に存在する。自慢じゃないが、五年くらい前には俺自身この目で見ている。最後にここを攻略したパーティーが、半年くらい前だったか、現存を確認している。お前らも期待しておけよ」


 ガットロウはスタークの街では古株であり、数年前までは現役の、しかもギルドの支部長に収まるほどの凄腕すごうでの冒険者であった。

 当然ながら、スターク近傍の迷宮はほとんど攻略済みである。


 なおこの話、アルバ、ラキア、モナの三人はすでにである。

 放っておくと、また長話が始まりかねないと感じたアルバは、話をぶった切るべく、先ほどから浮かんでいた疑問を口にする。


「ところで、わざわざ謝るためだけに、支部長自らここまで来たのか? いつも忙しそうにしているのに?」


「説得に失敗した手前、一言もなしとはいかんだろう? まあ、謝罪はついでで、俺はあちらのパーティーに同行するつもりだ。あいにく腕の立つ奴で、手が空いているのがいなくてな。俺自身が出張ってきた。あれを見て、放ってはおけまい?」


 ガットロウが背後で準備を整えている兵士たちを指差す。


 槍と盾を持ち、腰に片手剣を装備した兵士が二人。

 弓と矢筒を担ぎ、やはり腰に片手剣を装備した弓兵が一人。

 黒マントの魔術兵が一人。


 槍と盾の前衛兵二人で敵の攻撃を防ぎ、弓兵が遠距狙撃と魔術師の護衛、魔術兵が広範囲攻撃と支援、といった構成だろう。

 全体のバランスは悪くない。

 と言うより、これが軍隊の作戦なら理想的な尖兵せんぺいの班編成だと思える。


 だが、迷宮攻略では理想的とはほど遠い。


 まず弓兵が頂けない。

 体格や担いでいる強弓を見る限り、魔力持ちではないだろう。『魔力と筋力は両立しない』からだ。

 つまり【暗視】が使えない。


【暗視】が使えない射手は迷宮内ではあまり役に立たない。魔物が暗がりに逃げんだらお手上げになるからだ。

 魔術兵に【照明】の魔術を使ってもらう手もあるが、魔術兵にかかる負担を考えると現実的ではない。


 次に、神官がいない。

 誰か一人でも重傷を負えば、その時点で撤退するしかない。


 しかし、これは致し方ないだろう。

 神官には『聖戦以外の戦争には加担しない』という制約があるため、恩寵おんちょうを使える兵士は存在しない。

 また、神殿はギルドの後援者でもあるため、今回のようにギルドの意向にそぐわない行為に対して人材を貸し出すこともない。


 そして、やはりというか、斥候がいない。

 魔術兵なら【暗視】や【消音】は使えるだろうが、隠密技能や罠の知識など持っているとは思えないので、斥候にはなりえない。


 さらに、何にも増してまずいことに、兵士たちは皆、目が死んでいる。


 領主お抱えの兵士たちが領主子息に逆らえず、駆り出されたと言ったところか。

 しかも、迷宮なんて未知の場所にいどまなくてはならない。

 そりゃあ士気も下がろうというものだ。


「確かに、罠にはまって全滅する未来しか見えないな」


「勘弁してくれ! 領主の息子を見殺しにしたなんてことになったら、おおごとだ」


 アルバの不穏な発言に、ガットロウが悲鳴を上げた。手が胃の辺りに伸びている。


「では、ガットロウさんが、あちらのパーティーを先導するのですか?」


「いや、向こうは、わざわざ人数を合わせてきたんだ。俺が手を貸しちゃあ、公平な決闘にならないだろう。後ろから付いてって、罠に気づいていなければ注意する。むしろ軽めの罠にはまって、適当に怪我して、早々に断念してくれることを期待してるよ」


「怪我させちゃって大丈夫なの?」


 ラキアが半笑いでガットロウに問いかけた。完全に面白がっている。


「万が一のために、ギルドの金庫から最上級の魔法薬を持ってきた。これで何とかならなけりゃ、もう知らん!」


「投げ遣りはいかんぞ、ガットロウ殿。注意散漫になる」


 ケイティが大真面目にガットロウに忠告した。


 そんな話をしていると、荷降ろしと準備が終わったのか、サバレンが近付いてきた。


「さて、各方、準備は済んでおろうな」


 無理やり待たせておいて、この態度である。


「ルールは心得ておるな。戦利品の総額が高い方が勝ちだ。ただし、こちらは鍵開けができる者がおらぬから、宝箱から得た物は除く。つまり、魔物から得た魔石の価値で勝負だ!」


 サバレンは当初『迷宮の最深部に先に到達した方が勝ち』というルールを主張していたが、最終的にこのルールに落ち着いた。

 ガットロウの説得が功を奏した結果だ。


 ただでさえ危険な迷宮をスピード優先で駆け抜けるなど、命がいくつあっても足らない。

 冒険者が脇道を無視して先に進むのは、単に下層階のほうが実入りがいいためだ。

 迷宮攻略の目的はあくまで迷宮内の資産を持ち帰ることにある。


「ルールも何も、決闘自体、受けるともなんとも言っていないんだが?」


「うるさい! 黙れ! これは決定だ!」


 揶揄やゆするアルバに、サバレンはまるで駄々をこねる子供のように喚いた。


 サバレンとアルバを面と向かわせているとろくなことにならないと考えたのか、ガットロウが割り込んでくる。


「サバレン様、わたくしも、そちらのパーティーに同行させていただきます。もちろん、決闘に手出しはいたしません。あくまで万が一の保険とお考えください。ただし、危険と判断しましたら、即座に介入いたします。決して無理はなさらないように」


「うむ。ガットロウ殿は多くの迷宮を制覇した歴戦の強者と聞く。さぞかし強いのだろうな。当てにしている」


 サバレンの発言は、アルバにとって意外なものだった。

 貴族は冒険者を侮りがちで、訓練を受けた兵士に劣ると考えている者が多い。

 社交辞令だとしても、少々ほめすぎである。


「さて、それでは、どちらのパーティーから迷宮に入りますか? 迷宮内の通路は狭いので、さすがに同時とは行きませんが」


「うむ……」


 ガットロウの問いかけに、サバレンが黙り込む。これまた、何も考えていなかったらしい。


「ええと……【鷹の目】はすでに一度、中層階まで攻略を終えております。彼らを先に行かせれば、上層階はすんなり通れると思いますが……」


 ガットロウが遠慮がちに提案する。


「ふむ、【鷹の目】に地の利があるわけだな? ならば、こちらが先行しても卑怯には当たるまい。先に魔物を狩りつくされても、文句は言うまいな!」


「あ、いや、そうではなくて……」


 当てが外れたのか、ガットロウが困惑している。


【鷹の目】が先行すれば、後続は魔物が排除されて罠にも目印が付いた状態の迷宮を歩ける。

 ガットロウほどの経験者ならば【鷹の目】の残した痕跡こんせきを追うのはたやすく、道に迷う心配もない。


 おそらくガットロウの目論見では、安全な道を適当に歩いた後、危険度の少ない罠なり敵なりに誘導して、早々に迷宮攻略を諦めてもらう筋書きだったのだろう。


「よし! では行くぞ者共!!」


 サバレンが意気揚々と先頭を歩き出し、その後に死んだ目の兵士たちが続く。


 殿は、がっくりと肩を落としたガットロウである。


「じゃ、お先に……」


「ま、頑張れ」「気を付けてねー」「お怪我のないように」「ご武運を!」「ご安全?に~」


【鷹の目】の面々に見送られて、ガットロウの背中が迷宮の中へと消えていった。

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