2.領主子息は暴走する

 サバレンの勘違い発言はさらに続く。


「しかも、そのアルバという男、聞けば幻惑系魔術の使い手だというではないか。おおかた【魅了】の魔術を使ってご婦人方をたぶらかしているに違いない! 故に、我輩が決闘にてそやつを成敗し、ご婦人方の名誉を回復する!」


 これまた、とんだ言い掛かりである。


 アルバの使う幻惑系魔術は【暗視】や【消音】など低級のものばかりだ。

【魅了】のように他人の感情を操作する魔術は、一流魔術師だけが使える高等魔術である。しかも、習得するだけで犯罪が成立する。


 サバレンが決闘という手段に出たのは、証拠がないので犯罪としては裁けないが、放置もできないので決闘にて断罪する、という理屈なのだろう。


「【鷹の目】のアルバ! 吾輩と決闘しろ。嫌とは言わせんぞ! お前が負けたら、そこのご婦人方から手を引け。そして、クルスターク領からも追放だ!」


 サバレンの持つレイピアの切っ先が、アルバの鼻先に突き付けられる。


 仁王立ちのサバレンに対して、まだテーブル席に座ったままのアルバ。

 はたから見れば、サバレンの態度は相当に威圧的だ。


 しかし、アルバは臆することなく、むしろその目は虚ろだ。


 またもや『追放』である。

 呪われているのだろうか。日頃の行いが悪いのか。

 アルバは思わず我が身を省みて、嘆息する。


 ガットロウがアルバの脇にすっと近づいて、耳元でささやく。


「アルバ、言いたくはないがな。貴族にとって、決闘の申し込みというのは、相当に重いものだ」


 ガットロウの多分に同情を含む声色は、アルバにとってはせめてもの救いだ。


「そうなのか」


「ああ。基本的に、その申し立てに間違いがあっても、仮に本人が間違いに気づいても、撤回されることはない。貴族は面子を重んじる。むしろ、相手から間違いを指摘されたら、決闘を申し込んだ側は意地でも勝とうとする。勝って、『間違いはなかった』ということにしようとする」


「そりゃ……困ったな」


「ああ、困った」


 アルバはサバレンへと視線を向けた。

 黒く塗り潰された目元から放たれる眼光は剣呑けんのん極まりない。


「……で?」


「な、何が?」


「で、どうするんだ? あいにく、俺は剣士でも騎士でも、まして貴族でもない。そんなものを向けられても、こっちの得物はこれだぞ?」


 鼻先に向けられたレイピアを事も無げに手甲で脇へとそらし、アルバは立ち上がった。

 鞘からダガーを抜く。


 刀身の短いダガーと、片手剣の中でも刀身が長く、切っ先で突く武器であるレイピア。リーチの差は歴然で、普通は勝負にならない。


 しかし、その場に居合わせた者たちの目には、逆の意味でと映る。


 決闘が始まった途端、アルバのダガーはその手を離れ、サバレンの喉元めがけて飛んでゆくに違いない。

 サバレンがそれをかわせるとは到底思えない。型通りの貴族剣術には、剣を投げてくる相手など想定されていないのだから。


「いや、そうだな……我輩も、不公平な勝負をしたいわけではない。うむ……とりあえず、剣は収めよう」


 サバレンはしどろもどろになりながらも、レイピアを鞘に収めた。

 アルバの視線に気圧され、そんな相手に抜身の刃を向けている状況に、さすがに危機感を抱いたらしい。


 アルバもダガーを収める。


「……で?」


 アルバは再びサバレンに問いかけた。


「ええと……」


「剣でないなら、殴り合いでもするか?」


「あ、それなら……しかし……」


「言っておくが、斥候だからな、俺は。戦いが本分ではない。確か、クルスターク家は武門の家系じゃなかったか? 戦闘職でもない冒険者を叩きのめして、面子は保たれるのか?」


 決闘なんて吹っかけておきながら、どうにも優柔不断なサバレンを見かねて、アルバはふと思いついた『逃げ道』を提示してみた。


 その『逃げ道』に、事を荒立てたくないガットロウが便乗してくる。


「そうですよ、サバレン様! 彼は戦闘職ではありません。敵を探したり、わなを見つけたり、鍵を開けたりするのが専門の斥候職です。冒険者なんて荒くれ者の集団のように思われがちですが、彼は違う。ダガーだって護身用でしかないんです。力ずくで彼を倒しても、弱い者いじめにしかなりません」


「そ、そうか? それもそうだな。じゃあ、仕方ないな。……えっ、戦闘職じゃないのか? え?」


 納得しているんだか何なんだか分からないが、どうやらこの線でサバレンを説得できそうだと、ガットロウは胸をで下ろす。


「いや、アルバっちは、そこまで弱くは──」


「はいはい、話がややこしくなるので、ユリシャさんはこっちでお菓子でも食べててくださいね」


「わーい?」


「私もお茶しよっと」「うむ、吾も頂こう」「新しいポットもらってきますね」


 余計な口を挟もうとしたユリシャをモナが制して、離れたテーブルへと誘導した。

 ラキアとケイティもそれに続く。


 サバレンは、先ほどから一人で何やらつぶやいている。


「……こういう時は……相手の得意分野……勝てば……へし折れるし、負けても……」


「ええと、サバレン様?」


 れ物に触るかのようにガットロウがおずおずと声をかけたが、無視される。


「跡取りがこんなんで、この街は大丈夫なのか?」


 アルバは、隣りにいたミュスカに小声で話しかけた。

 ミュスカは苦笑いを浮かべている。


「こう見えて、人望は結構あるのですよ。まあ、見目麗しい方なので、女性人気という側面もありますが。数年前の大幅な減税は、サバレン様が領主様を説き伏せたと聞いてます。それはもう領民は大喜び。余裕ができて買い物が増えたので、商人も儲けが増えたとか」


「ほう、領民にはありがたい話だな」


「ただ、ここだけの話、税収が減ったせいで領主様のお台所事情は火の車らしく、近いうちに破綻はたんして、お取り潰しになるかも、とのうわさも……」


「結局考えなしかよ!」


 辺境に位置しながらも、クルスターク領は存外に栄えている。


 冒険者ギルドが発足して十年余り、いまだ迷宮特需に陰りは見えない。

 最近では、迷宮を多く抱える辺境と王都ばかりが繁栄を極め、それ以外の地域で空洞化が起き始めていると聞く。


 さらに迷宮を求めて集まった冒険者が、武者修行とばかりに魔獣を狩るため、辺境特有の魔獣被害すら最小限に留まっている。


 代々の領主であるクルスターク家は武門の家系ということもあり、質実剛健で手堅い領地運営を続けている。

 お抱えの兵士も練度が高く、治安も安定している。

 現当主のクルスタークきょうもなかなかの人格者らしく、民の信頼も厚い。


 はたから見る限りでは、クルスターク領に不安要素はない。

 あるとすれば、目の前にいる領主子息くらいなものだ。


「よし、決めたぞ!」


 何やらぶつくさと呟いていたサバレンが、急に大声を上げた。


「そいつが斥候だというなら、ここは、斥候勝負としよう」


「はい!?」とガットロウの声が裏返る。


「相手に有利な状況で勝つ、これこそが武門の誉れというものだ。我輩とそやつで、斥候の技量勝負といこうではないか!」


 サバレンを除く全員が、一斉にポカンと口を開けた。

 貴族が斥候の技で勝負? 正直、わけが分からない。


「斥候勝負と言いますと、森でお互いに隠れて先に相手を見つけるとか、鍵の早開け勝負などでしょうか?」


 ガットロウがサバレンに尋ねた。


「ふむ、そうなるのか?」


 サバレンは首を傾げている。

 やはり、自分で言い出しておいて、何も考えていなかったようだ。


「索敵は隠れんぼとは違う。鍵も早く開ければいいというわけではない」


 アルバが不満を口にする。

 彼は彼なりに斥候の仕事に矜持きょうじを持っている。お遊びと一緒にされては堪らない。


 責めるような視線を向けるガットロウを見て、アルバは自分の失言に気づいた。

 せっかく事を穏便に済ませようとしていたガットロウの気遣いを完全にふいにした格好だ。


「……スマン」


 素直に謝ったアルバにため息をつくと、ガットロウはサバレンに言う。


「サバレン様、実は【鷹の目】には早々に攻略しなければならない迷宮がありまして、決闘につきましては、後日あらためて相談させていただくわけには参りませんでしょうか?」


【鷹の目】が迷宮攻略を急いでいるのは事実である。


【生きている迷宮】では倒した魔物はいずれ再召喚される。

 前回の攻略から数日を経ているため、魔物はすでに再召喚済みだ。今回の場合、そちらは致し方ない。


 問題は、時間経過とともに通路の配置すら変化することがある点だ。

 そうなると、前回得た道順や敵の配置の情報すら意味を失ってしまい、攻略の手間が大幅に増えてしまう。

 それだけは避ける必要があった。


「何? そうなのか?」


「はい。西の森にある、通称【眠り姫の迷宮】を攻略──」


「【眠り姫の迷宮】!?」


 サバレンの体がわなわなと震えている。一体何事かと、ガットロウは慌てふためく。


「あの……サバレン様? いかがな──」


「それだ!! 【眠り姫の迷宮】! ああ、何ということだ!」


 サバレンは感極まった様子で、拳を握りしめ、天を仰いでいる。


「吾輩もその【眠り姫の迷宮】へ行くぞ! 決めた!」


「え? あの……どういうことで?」


 ガットロウは腰が引けるくらい、おたおたとしている。

 筋肉達磨の髭親父が、みっともないことこの上ない。


「何だ? 何か問題でもあるか?」


 問題しかない。

 領主子息が迷宮に入るなど、危機管理上、問題しかない。


「ええと、その……あの、決闘の話は、どこへ?」


 ガットロウも混乱しているようで、決闘から逸らしたはずの話を、再び決闘の話に戻してしまっている。


「うん? そうだ! 決闘だ! その迷宮で決闘すればいい。迷宮攻略が冒険者の本分なのだろう? ならば、迷宮攻略で勝負だ! お互いのパーティーで同時に迷宮にいどみ、どちらが先に攻略するかで勝負だ!」


 サバレンが鼻息荒く宣言する。


 ガットロウは頭を抱えている。

 その横で、ミュスカも頭痛を感じたのか、額を押さえている。


 先ほどまでは面白半分に事の成り行きを見守っていた【鷹の目】の女性陣も、迷宮攻略に差し障りそうな事態にいたっては、笑い事では済まされない。


【鷹の目】の面々は皆一様に、この上なく面倒くさそうに顔をしかめるのであった。

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