1.斥候は決闘をいどまれる

「見つけたぞ、【鷹の目】のアルバ! 貴様に決闘を申し込む!」


「断る!」


「即答!?」


 ある日の昼下がり。辺境領クルスタークの中心地スタークの街にて。


 冒険者ギルドの一角で、マスクを器用にずらしながら、菓子をかじりつつ、お茶をすする、目元を黒く塗り潰した異様な風体の男が一人。


 そこに突如現れたのは、金髪碧眼へきがんに仕立ての良い服を着た、およそこの場に相応しくない貴族風の美青年。


 青年は何の前触れもなしに、マスクの男に決闘をいどんだ。


 そして断られた。


 それが、今の状況である。




 その日、アルバは仲間とともに冒険者ギルドを訪れていた。


 訪問の目的は、【鷹の目】のメンバー交代にまつわる諸々の手続きと、例の追放騒動があった迷宮を新規メンバーで攻略するための申請である。


 普段なら事務手続きはモナとラキアに任せ切りなのだが、今回のメンバー交代に関してはアルバにも意思確認や事実認定が行われる可能性が高かったため、同行せざるを得なかったのだ。


 メンバー交代についての手続きはすでに完了した。


 ほかのメンバーは二階の応接室で迷宮攻略に関してギルド職員と面会中である。

 モナがパーティーの代表。ラキアがご意見番。ケイティとユリシャは迷宮攻略の初心者として、ギルドからの注意事項の申し渡しで居残り。


 一人お役御免となったアルバは、一階の受付窓口に併設された飲食スペースで時間を潰している最中であった。

 この後、全員で迷宮攻略に必要な物資の買い出しに向かう予定になっている。


 この飲食スペースでは、ギルド加入者に菓子とお茶が無料で振る舞われている。

 なにせ冒険者は血の気が多い。受付で長く待たされるだけで騒ぎ出す輩も少なくないため、大人しく待ち時間を潰してもらうための措置である。


 そう、少なくともギルド側は、この場所で騒ぎを起こして欲しくない。

 受付係の愛想笑いを除けば、むしろ公的な役所に近い雰囲気すらある場所なのだ。


 そんな場所で、声高らかに決闘をいどんで来たこの青年は、間違いなく空気の読めない大馬鹿野郎である。

 そしてアルバは、『しばらくは馬鹿の相手は願い下げだ』と心から思ってる。


 そんなわけで、アルバはこの青年を無視することに決めた。


「貴様、決闘を拒むとは卑怯ひきょうだぞ! 正々堂々と吾輩わがはいと立ち会え!」


「…………」


「おい、聞こえておるか! 無視するでない!」


「…………」「あの…」


「? おーい、もしかして耳が聞こえておらぬのか? いや、そんなはずはない。先ほどは即答で断っておったしな」


「…………」「あの……サバレン様?」


「貴様、我輩を無視するとはいい度胸だな? 我輩を知らぬのか!」


「…………」「サバレン様、サバレン・ギュル・クルスターク様!」


「くっ! きさまぁ! もうよい、不埒ふらち者め、無礼討ちだ! ここで成敗してくれる!!」


「…………」「おやめください! サバレン様!」


 堪忍袋の緒が切れたのか、金髪の青年──サバレンが腰に吊るしたレイピアを抜いた。


 その直後、ギルド受付のお仕着せを着た妙齢の女性が、アルバとサバレンの間に割って入る。

 先ほどから再三、サバレンに呼びかけて無視されていた女性だ。


「む、邪魔立ていたすか! 貴様、何者だ!」


「冒険者ギルド職員のミュスカと申します」


「なにゆえ、そやつをかばう! 貴様も討たれたいか! いや、もちろん、女性に手荒な真似をするつもりはないぞ?」


 ミュスカに対して荒々しく怒声を上げつつ、後半は急速にトーンダウンするサバレン。


 性根は悪くない奴なのかと一瞬思ったアルバだが、サバレンの目線がミュスカの顔、胸、腰を往復しているさまを見て、あきれる。

 ただの助平野郎のようだ。


 まあ、ミュスカはこの街でも屈指の美貌を誇るので、ある程度は致し方ないのかもしれないが。


「なりません。彼に手を出せば、タダでは済みませんよ」


「何? そやつに何かあるのか? やはり、そやつ……ゆう──」


「サバレン様、彼はクルスターク領の領民ではありません」


「は?」


「彼はこの領の領民ではないのです。ですから、無礼討ちにはできません。たとえあなたが、ご領主様のご子息であったとしてもです」


 見れば、ギルドの外に領主の家紋が入った馬車が止まっている。馬車の脇には護衛らしい兵士の姿も見える。


(姓からして、まさかとは思ったが、領主の子息かよ……)


 これはまた、最大級に厄介なのに絡まれたと、暗澹あんたんたる気分になるアルバである。


「領民でないから何だと言うのだ! 平民には違いあるまい!」


「ご領主の支配権が及ぶのは、ご自分の領地とその領民までです。彼を傷つけることは、他家の領民、つまり他家の資産に手を出すのと一緒。そうなれば戦争です」


「!? そうなのか?」


「はい。そうなのです」


 ちなみに、冒険者はどこの領地にも属していない。

 仕事がなくなれば国境すらまたいで移動する流れ者。基本的に定住しないのが冒険者だ。


 ただ、それだと流民扱いになってしまい、いろいろと面倒事が起こる。

 そこで神殿主導で冒険者による相互救済組織が作られた。それが冒険者ギルドである。


 各国にある冒険者ギルド本部の本部長は一代限りの准貴族に任じられており、冒険者は建前上、その庇護ひご下に置かれる。

 領地なき領民というわけだ。


 冒険者ギルトは大陸全土で十数カ国にまたがる組織だ。

 実際には一枚岩ではないものの、本部長十数人からなる准貴族連合が形成されている。

 しかも、魔獣狩りや魔石の供給を冒険者に頼り切っている手前、国すらも冒険者ギルドを無下にはできない。


 冒険者ギルドとは、とてもじゃないが、いち地方領主が太刀打ちできる勢力ではないのだ。


「……戦争は、まずい」


 さすがに戦争と言われては、サバレンも引くしかない。


 実際に戦争になるかは分からないが、この大馬鹿野郎を止めるにはそのくらい言わないと駄目だと、ミュスカは判断したのだろう。


「何の騒ぎだ?」


 騒ぎを聞きつけたのか、冒険者ギルドの支部長であるガットロウが二階から降りてきた。


 ギルド幹部の多くは引退した冒険者である。

 ガットロウもその口で、現役時代からは幾分しぼんだが、それでも充分にむくつけき筋肉達磨だるまひげ親父である。


 ガットロウの後に【鷹の目】の女性メンバー四人が続く。

 四人を見つけたサバレンの瞳が輝くのを見て、アルバは嫌な予感しかしない。


 ガットロウは、サバレンが手にしている抜身のレイピアを見て、ぎょっとした。


「おい、ミュスカ、一体全体、どういう状況だ?」


「それが、サバレン様がアルバさんに決闘を申し込まれまして……」


 ミュスカの返答に、ガットロウが険しい表情を浮かべ、アルバを見る。


「何をやらかした? アルバ」


「さっぱり分からん。こっちが聞きたい」


「サバレン様。アルバが何か失礼をいたしましたか?」


 サバレンは領主の息子で、一応貴族だ。

 准貴族であるギルド本部長とは違い、支部長であるガットロウは平民である。下手に出ざるを得ない。


「そやつは、領内の公序良俗を著しく乱している!」


「はあ。それで具体的には?」


 公序良俗、と言われてガットロウは弱り目だ。

 何しろ、冒険者という輩は社会不適合者の集団である。公序良俗を持ち出されると、何も言い返せない場合が多い。


 ガットロウの手が無意識に胃の辺りに伸びる。


「そやつは、そこの見目麗しき四人のご婦人方を囲い、ハーレムを作っておると聞く。実にうら……けしからん! 領主の子息として、断じて見過ごせん!」


 サバレンの発言に、場の雰囲気が一斉に白けた。


 言葉には出さないが、その場にいるほぼ全員の顔に『おいおい、こいつ冗談を本気にしてるぞ』と書いてある。

 例外は「見目麗しき? われが?」と頬を染めているケイティと、「新たなるバカ出現?」と完全に面白がっているユリシャだけだ。


 アルバは死んだ魚のような目で、途方に暮れていた。


 ただでさえ、男一人女四人のハーレムパーティー誕生は、ギルドの話題を独占状態だ。

 ここ数日は好奇の目にさらされ、何度となくからかわれている。


 数日前からアルバに与えられた新しい通り名は『絶倫のアルバ』である。

 しゃらくさいことに、『特定の分野』に限らない『絶倫』本来の意味は『抜群』と同じ、最高級のめ言葉である。

 よって『特定の分野』として反応したら負けであり、甘んじて受け入れるほかない。


 最悪なのは、当事者であるはずの女性四人が、半ばそれを面白がっていることだ。


「……やれやれ」


 アルバは深く嘆息した。

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