10.それぞれの旅立ち

「もういい。いさぎよく身を引こう。デュンケル」


 そう言ったのは、長らく押し黙っていたガウスだった。


「! けど、ガウス!」


「考えてもみろ。アルバを追放して、その後どうする。斥候なしで迷宮攻略を続けるのか? 続けられるのか? それとも、お前の言うような、戦闘もできて、斥候もできる人間を探すか? そんな人間がおいそれと見つかると思うか?」


「う……」


 デュンケルは言葉に詰まる。

 少し前なら、狩人のアーガスや暗殺者のシトラを戦闘ができて斥候もできる人間だと信じ込んでいたときなら、迷うことはなかっただろう。


「俺には、アルバを追放しても、【鷹の目】がランクを落とす未来しか思い浮かばん。そうなったら、どのみちラキアもモナも抜けるだろう。後には、俺たち三人と落ちぶれた【鷹の目】の名前しか残らん」


「そんなことは……」


「俺たち三人が、田舎から出てきた三馬鹿に戻るだけの話だ。俺たちに実力があるなら、また上に登れるさ。【鷹の目】はラキアたちにくれてやれ。【鷹の目】がさらに上に行くか、落ちぶれるか、彼女たち次第だ。もっとも俺個人としては、【鷹の目】の初期メンバーという肩書が俺たちの重荷になるくらい、上り詰めるんじゃないかと思えるがな」


 デュンケルは長い沈黙の後、口を開いた。


「……本気なんだな、ガウス」


「ああ」


「……分かった。フォルクも、それでいいか」


「……俺にゃ、もう、何がなんだか分かんねーよ。二人について行く。それだけだ」


 三人は互いに手を貸し、肩を貸し合って立ち上がった。


 ラキアがデュンケルに声をかける。


「話は決まったようね?」


「ああ。【鷹の目】はお前らにくれてやる。せいぜい、潰さないように頑張ることだな」


「なに? 最後まで憎まれ口? 可愛くないわねー」


「残念ながら、ここまでこじれては、もう一緒にやっていくのは無理でしょう。共有資産の分配などは追々相談するとして、これからはお互いの道を行くということで、『円満解散』、ですね?」


 有無を言わせぬ笑顔で、モナが『円満』を強調する。


「円満なのかしらね、これ?」


「方向性?の違いで解散とか、よく聞くけど?」


「お互い納得している。吾等にも不満はない。故に問題なし!」


 半目のラキアに、どこか他人事のユリシャとケイティが答えた。


 モナがポンと手拍子で、その場を締める。


「さて、長くなってしまいましたが、撤収しましょうか」


「帰りも俺が先導しよう。特に何もないとは思うがな」


 アルバを先頭に、三馬鹿を殿にして、一行は迷宮の入口へと戻り始めた。




 帰路では、終始無言の男性陣に対し、女性陣は今後のパーティーの活動内容について話が弾んでいた。


 最初の広間を通り過ぎるとき、スライムに溶かされ始めたゴブリン二十匹の死骸を見て、デュンケルは「本当に全滅させたのかよ」と呟いていた。


 迷宮入口に到着したころには日が暮れていたため、今晩はここで野営し、明朝出立する運びとなった。


 疲れがまっていたのか、デュンケルとフォルクは食事後すぐに寝入ってしまった。


 ラキアは、ケイティとユリシャの過去の『やらかし』について、根掘り葉掘り聞いている。


 モナはガウスと資産の分配についての相談中。

 三馬鹿の財布を預かっているのは、三人の中で一番しっかり者のガウスなのだ。


 アルバは適当な木に登り、幹に身を預けて気だるそうに見張りをしていた。


「ちょっといいか?」


 アルバに声をかけて来たのはガウスだった。


「ああ。相談は終わったのか?」


「ちょうど借家に金を使ったばかりだろう? 共有財産も少なくてな、今回の戦利品全部と馬で手を打った。明日はここでお別れだ。俺たちは隣町を経由して、いったん里帰りする。デュンケルが街の連中に顔を見られたくないらしくてな」


「そうか。それで、俺に何か用か?」


「三人を代表して謝っておこうと思ってな。デュンケルとフォルクは、多分謝らないだろうから」


「……だろうな」


「……いろいろ、すまなかったな。結局、俺たちは田舎育ちの世間知らず、村の三馬鹿のままだったと思い知らされたよ。お前をパーティーに寄生してるなんて言ったが……多分、寄生していたのは俺たちのほうだ」


 謝罪を受け入れるわけでもなく、沈黙で返すアルバ。


 ため息をついて、その場を離れかけたガウスに、アルバが声をかける。


「……冒険者、続けろよ」


「なんだ? やぶから棒に。里帰りするからといって、やめる気なんてないぞ?」


「ゴブリンのは、思った以上に見えない傷を残す。ゴブリンの前に立っただけで、ぶり返して、立ち上がれなくなった奴を知ってる」


 アルバは、誰かを思い出すように、夜空を仰いでいる。


「そうか……そうだな。確かに、思い出すと手が震える。心しておくよ。しかし、お前に心配されるとはな」


勿体もったいない、と思っただけだ」


「勿体ない?」


「お前らの腕が、な。お前ら三人の連携は見事だ。三人そろえば、熟練の冒険者だと勘違いするほどにな」


「……勘違い、していたのか?」


「……多分、俺も、お前たち自身も、パーティーの全員が、勘違いしていた。だから、全部を分かっていると思っていた。戦術も、分担も、迷宮も、全部」


「ああ……なるほどな。そうか」


「だからな……お互い様、ということだ」


 最後の言葉は、アルバなりの謝罪の受け入れなのだろうと、ガウスは理解した。


 二人は、話の内容をみ締めるように、しばし沈黙する。


「お前も、これから大変だな、アルバ」


 最後に軽い話で終わらせたかったのか、ガウスが少しおどけたように言った。


「……何がだ?」


「あの二人だよ。ラキアとの話を脇で聞いていたんだが、あれが本当なら俺たちより問題児だぜ? それに二人とも女だしな」


「女の前衛は珍しいが、腕は確かだぞ?」


「いや、そうじゃなくて……もしかして、気づいてないのか?」


「何がだ?」


「あのなぁ、俺たち三人が抜けて、女二人が入る。後に残る男はお前一人だ。知ってるか? そういうのをハーレムパーティーって言うんだぜ?」


 アルバは慌てて幹から身を起こす。眉間みけんには深いシワが寄っている。


 後衛職には女性も多いが、前衛職はほぼ男性で占められている。

 しかも、前衛はパーティーに二人以上が原則だ。そうしないと、挟撃きょうげきや包囲された場合に対処できない。


 つまり、パーティーには男性が二人以上いることが一般的なのである。


 それ故に、男性が一人しかいないパーティーは、ハーレムパーティーと揶揄やゆされる。

 パーティーで唯一人の男性は、『複数の女性を囲っている色情狂しきじょうきょう』あるいは『複数の女性に飼われているペット』扱いだ。


 もちろん、揶揄している側もそれを事実と捉えているわけではない。

 ことあるごとに同業者に犯罪者めいた通り名を付けては喜ぶ、冒険者とはそういう輩だ。

 要するに、からかうネタになれば、事実などどうでもいいのだ。


「なんてこった……。おい、ガウス、お前だけでも……」


「それじゃあな、アルバ、頑張れよ。このところ、やり込められてばかりだったからな、少し清々したぜ」


 ひらひらと手を振って、笑いながらガウスは戻っていった。




 夜が明けた。


 早寝した分だけ早起きしたのだろう、デュンケルとフォルクは未明には起き出して荷造りを終えたようだ。

 朝食を済ませるとすぐに、三人は出立すると言い出した。


 戦利品を馬の背に乗せ、自分たちの荷物を背負ったデュンケル、フォルク、ガウス。それを新生【鷹の目】の五人で見送る。


「それじゃあな、ラキア、モナ」


「お元気で」


「『見当外れのデュンケル』が、見当を外さずに、無事故郷にたどり着けることを祈ってるわ」


「アルバも、達者で」


「ああ」


 結局、アルバに挨拶したのはガウスだけだった。

 デュンケルとフォルクはアルバを見ようともしない。


「そうだ、最後にひとつ聞いていいか? 最近になって、二人とも俺たちを避けるようになってただろ? あれはどうしてだ?」


 去り際になって思い出したのか、突然デュンケルがラキアとモナに尋ねた。


「え? いや、避けてないし」


「心当たりがありませんが?」


 二人共、本当に思い当たることがないのか、困惑している。


「いやいや、避けてたって! 近づくと、すっと離れるんだよ。で、アルバの野郎にはそんな態度は取らないし」


 フォルクが身振り手振りまで交えて力説した。


 フォルクの言葉に心当たりがあったのか、二人の態度が急に不自然になる。


「あ……。いやいや、あれはなんでもないわよ」


「そうそう、なんでもないですよ」


「ごまかすなよ。最後なんだから、正直に教えてくれ。モナ!」


 神官のモナは嘘がつけない。デュンケルはモナに詰め寄った。


「どうしましょう、ラキアさん」


「あーもう、本人が聞きたいってんだから、言っちゃうわよ! まったく、どうして最後に、こんなこと言わせるかな。せっかく、さり気なく気づいてくれるように気を遣ってたのに!」


 ラキアは観念したように、大きなため息をついた。それから、意を決して顔を上げ、腰に手を当てると、びしっと三人を指差した。


「あんたたち、臭いのよ!」


「は?」


「臭いの、体臭が! 男臭いの!! 最近、どんどんひどくなってた! 何なの? 筋肉増えたから? 稼ぎが良くなって、肉ばっか食べてたから?」


「ええぇ……」「まじでぇ……」「…………」


 望みが絶たれた、とでも言いたげな表情の三人。ここ最近見せた中でも一番に情けない顔である。

 特に、ラキアとモナに淡い好意を抱いていたフォルクとガウスのダメージは計り知れない。


「いや、でも、男臭いってんなら、アルバだって」


「アルバは臭くないもの」「アルバさんは臭くありません」


「斥候だからな、俺は。魔物の中には鼻が利く奴もいる。日頃から体臭には気をつけている」


「そんなぁ。そんなことで……俺たちは……」


 三人の落ち込みようがひどいため、ラキアとモナも気まずくなり、フォローを入れ始める。


「……ま、これから気をつければ大丈夫よ! 事実、アルバは問題なくできてるし。それに、気にするのは多分女性だけだし」


「そうですよ。日々の節制、健康的な生活、常に清潔を心がける。神官なら男性でも当たり前にできてます。皆さんにだってできます! それに近づくのを避けるほど酷かったのは、鍛錬の後なのに体も拭かずに食堂に入ってきたときですとか、明らかに一週間以上服装が変わっていなかったときですとか、野菜に一切手を出さずに肉とお酒ばっかり飲み食いして酔い潰れた翌日ですとか……」


 本人は励ましているつもりなのだろうが、モナの発言が重なるほどに、三人は立ち直れなくなっくゆく。

 子供のころから男三人でつるんでいたために、彼らには体臭に関する気遣いなど今まで無縁だったのだ。


「実は、ラキアとモナが三人を追放した原因?だったり?」


「やめろ、馬鹿!」


 薄笑いを浮かべるユリシャの口をケイティが塞ぐ。


「ああ……分かった。すまなかった。俺たちが悪かった。じゃあ、行くわ……」


 がっくりと肩を落とし、背中に悲壮感を漂わせながら、三人は去っていった。




 三人を見送った後、新生【鷹の目】の五人も、出発の準備を始めた。


 各自、自分の荷物をまとめた革袋を背負う。


 ラキアは荷物が重いのか、【浮力】の魔術を使っている。


 炊飯道具などの共有物は、元々荷物が少なかったケイティが背負っている。まだ余裕がありそうな表情だ。


「そういえば、アルバの通り名の『詐欺師』って結局何が由来なの?」


 ふと、ラキアが思いついたように聞いてきた。


「よく分からん。心当たりがない」


「やっぱり、実力詐欺?」


「違う、と思う。仕事の後に言われ始めたわけじゃない。確か、休日に冒険者仲間に出くわして、それからだ。素顔だったからか、相手はこちらに気づかなくてな。少しちぐはぐな会話になって……」


「素顔? ……そう言えば、見たことない」「確かに……」


 ラキアとモナが呟き、その言葉にユリシャが瞳を輝かす。


 次の瞬間、ユリシャはアルバの背後に回り、電光石火の早業はやわざでアルバのマスクを外していた。


「これ、なーんだ?」


 マスクを摘んで、プラプラと揺らしてみせるユリシャ。


「え? ちょ、待て! いつのまに!」


「モナ、【清め】」


「はい」


 慌てるアルバを尻目に、ラキアがモナに指示を出した。


 モナが【清め】をアルバの顔めがけて使うと、アルバの目元を黒く染めていた墨が、きれいに消えてゆく。


 そこに現れたのは、予想外に幼く見える、紅顔の美少年と呼ぶにふさわしい風貌ふうぼうだった。


 一瞬固まっていた四人は、次の瞬間声を合わせた。


「「「「詐欺だわ!」」」」


「いや、だから、何がだ!」


 マスクを通さないアルバの声は、思いの外、高く澄んで響くのであった。




第一話完

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