9.神官論破

「分かったでしょ、あんたたち。とっととアルバに謝って、パーティー追放も取り消すのよ」


 ラキアの言葉に、デュンケルはハッと顔を上げた。


 アルバの追放を取り消す? これからも奴とパーティーを組む?

 ありえない。このまま奴の追放を取り下げたら、パーティーでの立場が悪くなるのはデュンケルたちのほうだろう。

 そんなことは認められない。そんなことになったら、『詐欺師アルバ』の思うツボだ!


「いろいろ……その……誤解があったことは認めるが……そいつの追放は決定事項だ。当事者を除くメンバーの過半数が賛成したんだから、パーティーの決まりにも則っている」


「あんたねぇ……いい加減にしなさいよ! そんなこと言うなら、モナと私の二人で、あんたら三人を追放するわ。当事者を除く過半数で決まるなら、零対二で決定でしょ? その上で、アルバを復帰させる」


「そんな馬鹿な話があるか!」


「いやいや、それは困るぞ! 斥候殿は吾のパーティーに参加するのだ!」


「ケイティさん、ここは控えて頂けませんか?」


 話に割り込んで来たケイティをモナが笑顔で制した。


「いや……だが、しかし、せっかく見つけた斥候……」


「大丈夫ですよ。もし三人を追放するなら、その後は、お二人と合流しますから」


「は?」


 唖然あぜんとするケイティの横で、ユリシャがポン、と手のひらを打ち据えた。


 ユリシャは前衛の三人、そして、アルバと後衛の二人を順々に指差しながら、ケイティの耳元で何かをささやく。


「ケイティ、ごしょごしょ……」


「ふむふむ……なるほど! 斥候だけではなく、後衛も手に入るわけか。それは上々!」


「しかも、パーティーランクも漏れなく付随? お得? お買い得?」


「待てこら! 何の話だ! そりゃパーティー乗っ取りだろうが!」


 デュンケルは話の内容をなんとなく察し、声を荒らげた。


「何よ、なんか文句ある?」


 こちらもモナの意図を理解したのか、ラキアがニヤニヤと笑いながら言った。


「大ありだ! そんなことが許されるわけないだろう! ……そうだ! お前の言うようなことが可能なら、一人のメンバーが残り全員をいっぺんに追放できちまうだろうが!」


 一度に複数のメンバーを追放できる、とすると間違いなく問題が生じる。

 たとえば、六人パーティーで、一人が五人のメンバーの追放を宣言、五人を当事者として除いたら、一人で過半数だ。すぐにでもパーティー乗っ取りが成立してしまう。


「確かに、ラキアさんの言う方法には問題があります。三人いっぺんに、ではなく、一人ずつ追放にすべきですね」


 意外にもデュンケルに加勢したのはモナだった。


 神官には秩序の番人としての側面もある。断罪や調停は神殿の仕事なのだ。

 神官であるモナが、法の抜け穴を突くような行為を許容できるはずはない。


【鷹の目】の現状に当てはめてみると、一人ずつの追放であれば、前衛三人のうちの一人を追放しようとした時点で残る二人が反対に回るため、過半数は超えない。

 したがって、前衛の誰かを追放することはできない。これならば、デュンケルも納得だ。


「そうだ! 追放するなら一人ずつだ!」


「ですから、アルバさんが追放される時点にさかのぼり、私とラキアさん、アルバさんの三人で、デュンケルさんを追放いたします」


「は?」


 ニッコリと微笑んで、デュンケルの追放を宣言するモナ。


 デュンケルはしばし言葉を失う。


「……いや、しかし、アルバはすでに追放済みだから……さかのぼるって、そんなんありか?」


「ありです。私もラキアさんも、アルバさんが追放される現場にいなかったのですから、そこからのやり直しを要求します」


「だが、しかし……こちらが先にアルバを追放したんだから……」


「あら。でしたら、私たちがデュンケルさんを追放したのは昨晩のことです、と言ったらどうします?」


「は?」


「ですから、アルバさんが追放されるより先に、私たちがデュンケルさんを追放していました、と言ったらどうします?」


「う、嘘だ。そんなわけあるか!」


 デュンケルの言葉に、モナはニッコリと微笑むだけだ。


 神官は嘘がつけない。

 正確には、相手のためにならない嘘をつくと神に嫌われ、行使できる恩寵の総量が減る、とされている。

 だからこそ、彼女は仮定の話に留めているのだ。


「なるほどね。デュンケル、あんたはアルバより先に私たちが追放していたの。あんたたちはその場にいなかったから、知らなかっただけでね」


 嘘をつくことに呵責かしゃくがないのか、ラキアが平然と言い放った。


 反論しても、どっちが先かの水掛け論になることは、デュンケルにも理解できた。


「ぐ……ぐぬぬ」


 もはやデュンケルには、うなることしかできない。


「はい。そういうわけで、そちらがアルバさんを追放するなら、同時にデュンケルさんも追放です。そのまま両方が追放を繰り返したら、最後には誰もいなくなってしまいますよ? どうします? アルバさんの追放を取り消しますか? どうしてもアルバさんと組みたくないということでしたら、残念ながら【鷹の目】を抜けてもらうしか選択肢がありませんが……」


「な……。ばかな! なんで俺たちのほうがパーティーを抜ける話になるんだ!」


 モナの言い分は到底受け入れられるものではない。が、反論の足がかりが、デュンケルには見つけられない。


「そもそも、なんで俺が追放される! 俺は【鷹の目】のリーダーだぞ!?」


 苦し紛れにデュンケルが叫んだ瞬間、場が凍りついた。


「はい?」


「……あんたが、いつ、【鷹の目】のリーダーになったって?」


 魔界の地響きのような低い声で、ラキアがうなった。


「え? 何言ってるんだ? 俺がリーダーだろ?」


「そうね、確か、こう言ったことはあったわね。『前衛のリーダーは任せた』って」


「え? 前衛のリーダー?」


「パーティーの登録をしたとき、あんたらはパーティー名を決めた時点でどっかいっちゃって、ちゃんとリーダーを決められなかったのよね。それで、私とモナの二人で書類を書いたのよ。よく覚えてるわ」


 前衛三人組の中でリーダーは常にデュンケルだった。

 同じ村の出身で、幼馴染おさななじみでもある彼らにとって、それは幼少のころからの『当たり前』だった。

 だから、アルバが加入する以前の五人のうち、過半数を占める三人にとってのリーダーが、パーティーのリーダーになることは必然だった。


 デュンケルは当時の記憶を手繰り寄せる。

 確かに、ラキアとモナを交えてリーダーを決定したという記憶がない。


「私も覚えています。冒険者ギルドの受付さんに、まだリーダーは決めてないって言ったら、『後で変更できるから、取り敢えず一番身元がはっきりしている人の名前を書いておいて』って言われまして」


「で、モナの名前を書いたの。モナは神殿にも籍を置いているから、これ以上の身元保証はないってね。それっきり、リーダーの変更はしていないわ。だから、今も、書類上の【鷹の目】のリーダーは、モナよ」


「……嘘、だろ?」


 デュンケルは、今まで自分が勘違いをしていた事実を受け止め切れない。

 今まで、どれくらいの人に自分がリーダーだと吹聴しただろうか?


「リーダーの話で思い出しました。確かギルドの規約では、パーティー内の話し合いで意見が半々に分かれた場合、決定権はリーダーに委ねられるそうです。それと、一度解散したパーティーでも、リーダーを含む半数以上のメンバーが再結集すれば、解散前の実績や資産を受け継げる決まりです」


「へぇ。それってつまり……リーダーのモナと私とアルバ、この三人でパーティーの解散を決定して、即、再結成すれば……」


「書類上は、私とラキアさんとアルバさんの三人で、新生【鷹の目】の誕生ですね」


「アルバも、それでいい?」


 当事者でありながら、いつの間にか蚊帳かやの外だったアルバに、突然ラキアが話を振った。


 アルバは一瞬だけ戸惑った様子を見せたが、すぐにラキアとモナに話を合わせることに決めたようだ。


「……パーティーは信頼関係が重要だ。互いの命を預け合うのだからな。俺から言えることは、もうそこの三人とは組めない、ということだけだ」


「じゃ、オッケーね。で、そうなると前衛職を絶賛募集中という流れになるわけだけど、二人はどう?」


 ラキアがケイティとユリシャに尋ねた。


「もちろん吾に異存はない。合流しよう」「しくよろ?」


「おいおい、デュンケル、どういうことだよ、わけ分かんねーよ。なんだよ、これ」


 いつの間にか自分たちが追放される側になっていて、すでに後釜の前衛まで用意されている状況に理解が追いつかず、慌てまくるフォルク。


 ガウスは考え込むように沈黙を続けている。


 そのときになって、デュンケルは切り札を思い出した。

 そう、アルバに言いくるめられているだろう二人を正気に戻すための言葉を。


「二人共、本当にそれでいいのか? そいつが、前にいた街でなんて呼ばれていたか知ってるのか? 『詐欺師』だ。『詐欺師のアルバ』って呼ばれていたんだぞ」


「? は?」「詐欺師?」


 ラキアとモナの表情が消える。どう反応していいのか分からない、と言った顔だ。


 皆が沈黙する。どことなく、白けた雰囲気が漂う。


 沈黙を破ったのは、ユリシャだった。


「……『虐殺者ケイティ』『壊し屋ケイティ』『お尋ね者ケイティ』『債務者ケイティ』」


 ユリシャはケイティをつつきながら、くっくっくっと笑った。


 不機嫌そうにケイティがユリシャに言い返す。


「『死神ユリシャ』『凶眼のユリシャ』『実体なきユリシャ』『亡霊のユリシャ』。『うろ覚えのユリシャ』なんてのもあったな。なんでユリシャには犯罪者風の通り名がない。吾が犯罪者ヅラしてるとでもいうのか?」


「わたしのほうは人間やめてます系?だし。犯罪者とどっちがまし?」


「だが、何というか、ユリシャの通り名は格好がいい気がする」


「『赤獅子ケイティ』はかっけー?じゃん。二人合わせてなら、『歩く破城槌はじょうつい』『死の暴風雨』『血塗れの鬼姫』もかっけーし。あ、わたし『殺戮さつりくの天使』が好き!」


「やめろ、こっ恥ずかしい」


 ケイティとユリシャのやり取りを聞いて、ラキアは肩をすくめる。


「ま、通り名なんてそんなものよね。はあ、バカらしい。あんた、今日から『見当外れのデュンケル』でいい?」


「なっ……」


 デュンケルの思考はもはや停止していた。

 何もかもが空回りだ。これ以上、何を言えばいいのか、さっぱり分からない。


「っていうか、二人の通り名が物騒すぎて、びっくりだわ。あんたたち、どんだけやらかしたの?」


「いやぁ、それほどでも?」「吾は特に……物はよく壊すが、それだけだ!」


「アルバさんは、さしずめ実力詐欺で、『詐欺師』ですか?」


「いや、そういうわけではないが。実力詐欺とは、どういう意味だ?」


 モナに尋ねられ、アルバが首を傾げた。


 ラキアがアルバを指差しながら、茫然自失の三人に話を振る。


「いや、だって、ねぇ。信じられる? この男、最初の広間でゴブリン二十匹、一人で全滅させてんのよ? しかも無傷で!」


「は?」「まじで!?」「!」


 斥候一人ではと予想していた難所をアルバが一人で、それも敵を全滅させて突破したという事実を突きつけられ──デュンケルたち三人の心が折れた瞬間だった。

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