5.前衛三人組は死を覚悟する

「「「あっ!」」」「ギョッ?」


 その瞬間、三馬鹿はゴブリンと見つめ合っていた。


 そこは広めの直線の通路で、照明が等間隔に並んでいる。

 その照明の光の中に、ひょっこりとゴブリンが出てきたのだ。


「ギャギョギュギョァー」


 奇妙な叫び声を上げるゴブリンを三人は呆然とながめている。

 彼らは、このように叫ぶゴブリンを見るのが初めてだった。


 やがて通路の奥が騒がしくなり、数匹のゴブリンが闇の中から姿を表した。


「この程度の数、どうということはねえ!」


 三人は各々の得物を構えた。


 だが、襲って来るかと思われたゴブリンの群れは、なぜか距離を取って、それ以上は近づいて来る気配がない。


「何だ?」


 不審に思った瞬間、何かがデュンケルの頬をかすめてゆく。


「弓か!」


 どうやらゴブリンたちの背後の闇の中に、弓を持ったゴブリンが何匹か控えているようだ。


 ここは照明のついた直線の通路で、天井も十分に高い。

 三人は自分たちが射的の的になっていることに気づいた。


「ちっ。突撃!」


 大盾を構えたガウスを先頭に、三人はゴブリンの群れへと突進する。


 三人の認識では、ゴブリンの弓兵は大した脅威ではない。


 小柄なゴブリンが使う短弓は、そもそも威力に乏しい。

 その上、腕が悪いのか、手入れが悪いのか、矢は的外れな方向へかっ飛んでゆくか、ヘロヘロと低速で飛んでくるのが常だ。

 たとえ鎧のない場所に食らったとしても、服越しであればかすり傷程度で済む。

 だが、近づかないことには、そのかすり傷がどんどん増えてゆくのだ。


 三人の突進に対し、八匹ほどのゴブリンが槍を構えて横一列に並んだ。

 それは訓練を積んだ兵士のような、統率の取れた動きだった。


 さすがに槍衾やりぶすまへ突撃するわけにもいかず、三人はたたらを踏む。


 そこへ、狙いすましたかの如く、何本もの矢が飛来した。

 いつものヘロヘロの矢ではなく、明らかな殺傷能力を伴った矢の雨だ。


 デュンケルは、先ほど、頬をかすめていった矢の速度も、その正確な狙いも、けして偶然ではなかったことに気づいた。


「こいつら全部、変異体なのか!?」


 ガウスが大盾で矢を防ぎ、残る二人はガウスの陰に入って矢をやり過ごす。


 飛来する矢が途切れるのを見計らって、デュンケルは盾の陰から飛び出した。


 だが、それを待ち構えていたかのように、ゴブリンの槍が迫ってきた。

 その槍を退いてかわし、槍の隙間からゴブリンを突き殺そうと一歩踏み出す。


 だが、槍持ちゴブリンたちはすでに大きく後退していた。

 ならば、とデュンケルが詰め寄ろうとした瞬間、再び矢が飛来する。


 堪らず、デュンケルは再び盾の陰に逃げ込んだ。


 フォルクもデュンケルと同じく、ゴブリンを一匹も仕留められないまま、再び盾の陰に逃げ込んでくる。その目は驚愕きょうがくで見開かれている。


「ちょっ、マジ? 何だこいつら!」


 彼らは、いまだかつて、ここまで統率の取れたゴブリンの群れと戦ったことはなかった。

 それに、ここまで強力な矢を放ってくるゴブリンとも遭遇したことはない。


「ぐぁっ!! 足を……!」


 ガウスの悲痛な叫びが響いた。


 見れば、ガウスは足に槍の一撃を食らっていた。

 大盾の陰から近づいたゴブリンが、盾と地面の隙間から槍をねじ込んだのだ。

 強すぎる矢の威力に気を取られ、ゴブリンの接近に気づけなかったのだろう。


「こ、後退だ……」


「ええっ!」


「後ろに脇道があった。そこに入れば、矢は防げる。ガウスに肩を貸せ!」


「りょ、あい!」


 あまりの事態に、フォルクもろれつが回っていない。


 大盾を構えたまま、おぼつかない足取りのガウスを、フォルクが引きずってゆく。

 デュンケルはフォルクの前に出て槍を振り回し、矢を弾く。


 三人と距離を合わせるようにゴブリンが前進する。

 突撃して来ないゴブリンに違和感を覚えながらも、デュンケルはこれ幸いと後退を続ける。


 三人は、ほうほうの体で脇道へと入った。

 足に深手を負ったガウス。後退中に防ぎ切れなかった矢で傷だらけのデュンケルとフォルク。三人とも肩で息をして満身創痍そういである。


 曲がり角に矢が当たる音が数回響いた後、矢の飛来が収まった。


 ここまで来れば通路も狭まっている。脇道の入口で槍兵を押し留めさえすれば、その後ろから矢を射掛けられる心配はない。


 デュンケルは安心感で腰砕けになり、後ろに数歩よろめいた。


 その瞬間──


「駄目だ! デュンケル!」


 フォルクの叫び声とともに、デュンケルは何かを踏み込んだ感触を覚えた。


 足元に視線を落とすと、床にでかでかと蛍光塗料で注意喚起の目印が描かれている。

 デュンケルは目印を見落とし、自らが『間抜けじゃなきゃ引っかからない』と断じた罠のパネルを踏み込んだのだ。


 見る見る間に、壁の隙間からピンク色の煙が湧き出てくる。


「吸うな!」


 そう叫んで袖口で鼻と口を覆うが、すでに息が上がっている状態で、呼吸を止め続けられるわけもない。


 口の中で甘ったるい味がした。


「がっ、げぇ」「げほ、げほ」「ぐ……がぁ!」


 三人の手から次々と得物が離れ、音を立てて床に落ちる。

 間違いなく麻痺まひ毒だ。


 ゴブリンたちは脇道の外から遠巻きにこちらを見ている。

 その顔は嘲笑でゆがんでいる。


 おそらく奴らは麻痺毒のことを知っている。

 だからこそ、こちらが完全に動けなくなるまで、近づく素振りを見せないのだ。


 信じ難いが、ゴブリンたちはわざと自分たちをこの場所に追い立てたのかも知れない。その思いつきにデュンケルは歯ぎしりした。


 やがて、三人とも膝をつき、床に崩れ落ちた。もはや生けるしかばねだ。


 毒の煙の中をゴブリンたちが近づいてくる。


 デュンケルは死を覚悟した。


 だが、ゴブリンたちは三人に止めを刺さなかった。

 残忍な笑みを浮かべながら、槍の穂先で執拗しつように三人の体を小突いてくる。


 いつだったか知り合いの冒険者が『ゴブリンは底意地が悪い』と言っていたのをデュンケルは思い出した。

 ゴブリンたちは三人をいたぶって遊んでいるのだ。

 おそらく麻痺が解けても失血で動けない程度まで、時間をかけて傷つけるつもりなのだろう。


 どうしてこんなことになったのか。どこから間違っていたのか。

 この状況は、単に不運が重なっただけなのか?

 もし、ここにアルバがいたら、この状況は回避できたのだろうか?

 それとも、この状況すらアルバが仕掛けた卑劣な謀略なのか?


 絶望の中でデュンケルの思考は空回りを続けた。

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