6.斥候は過大評価される

 迷宮の中を進むアルバとその一行。


 足早に歩を進めるが、決してスタミナを消耗するような速度は出さない。

 何が起きるか分からないのが迷宮だ。救出に向かう側が、いざというときに疲れて走れなかったら本末転倒である。


 普段は一人先行するアルバだが、今回はパーティーの先頭を歩いている。

 罠や道の確認は最初の攻略時に、【シーカー】の排除は帰路で済ませたため、先行して行うべき仕事がないのだ。


 アルバは道案内がてら、前衛の二人に迷宮での注意事項を伝達した。


 それがあらかた終わると、今回の【鷹の目】の事情も大まかに説明する。

 ケイティとユリシャの二人は、さもありなんと、しきりにうなずいている。


「斥候の重要性を理解せんとは。少し前までの吾等と同じだ。耳が痛い」


 そして、聞いてもいないのに、今度はケイティとユリシャの事情を説明し出す。


 二人は冒険者を始める前には名のある師匠に師事しており、腕には相当に自信があったらしい。

 ところが冒険者を始めてみると、なかなかうまくいかない。迷宮攻略どころか、魔獣狩りで行き詰まる始末だ。

 それで、酒場で知り合った古株の冒険者に相談してみたそうだ。


「で、伝説のおっちゃんいわく、斥候が戦力は九割で……」


「自称・伝説の冒険者曰く『パーティー戦力の九割は斥候が担っている』」


「そう、それだ!」


 ケイティの話をユリシャが引き継ぎ、満面の笑みで相槌あいづちを打つケイティ。


「いや、さすがにそれはないだろう」「いくらなんでも九割はないわー」「え? 逆の一割じゃないんですか?」


 自身の戦闘力の低さを実感しているアルバは、ユリシャの語る斥候への評価に困惑した。モナの辛口評価のほうが的を射ていると思える。


「いや、それが実に理にかなっててな。奇襲は三倍で、三分の一の九倍?だから……ええと……」


 数字が絡むと途端に歯切れが悪くなるケイティに代わって、ユリシャが話を始める。


「基本、奇襲は三倍の戦力差を埋める。たとえば、こちらが一人のとき。先制攻撃で敵一人を無力化。混乱から立ち直る前にさらに一人を無力化。結果、三人目と一対一」


 左手に一本指を立て、右手に立てた三本指を一本ずつ折り曲げてゆくユリシャ。

 最後に残った一本指同士を交差させた。


「……そうなの?」


「俺に聞くな。まあ、なくはないが……」


「奇襲三倍則。ふむふむ、勉強になります!」


「おほん!」と、わざとらしい咳払いで私語をやめさせ、ユリシャが続ける。


「斥候がいると、こっちの奇襲が成功して戦力三倍。斥候がいないと、相手の奇襲が成功して戦力三分の一。つまり、斥候のありなしで、戦力は九倍の変化。九のうちの八が斥候のおかげ。故に戦力の九割が斥候。すごい! すごくね?」


「九分の八は……大体八割九分か。あれ? 本当に九割がた斥候のおかげじゃん」


 ラキアは納得したらしい。魔術師は理屈やら計算やらに傾倒しがちだ。


「そんなわけで、吾等は斥候を欲したが、一向に得られん」


「斥候は貴重。しかもソロ?はいない。そんで、パーティーも移籍したがらない」


「それは、まあ……」


 アルバは曖昧あいまいに答えた。


 実際、斥候職は貴重だ。なんだかんだで身につけるべき技能が多く、なかなかモノにならない。


 そして、戦闘力の低い斥候職が一人で活動することは、ほぼない。

 例外は、魔物が一匹もいない、いわゆる【死んだ迷宮】専門の冒険者。昔の言葉で言う【盗掘】を生業とする者のみだ。


 しかも役割が他の職種と違いすぎて、今回の騒動のようにパーティー内で軋轢あつれきを生みやすい。

 現在所属しているパーティーで問題なく活動できているなら、おいそれと移籍はしないだろう。


「それで、どうしてアルバさんに行き着いたのですか? どなたかの紹介かしら?」


 モナが素直な疑問を投げかけた。


 言っては何だが、アルバは目立つ存在ではない。というか、目立ったり、自身の功績が表立つことはあえて避けている。

 今回の騒動も元を辿たどれば、アルバが三馬鹿に自分の貢献度をアピールしていなかったことが原因のひとつとも言える。


「うむ。駆け出しのパーティーなら勧誘の余地ありだと判断した。短期間でランクを伸ばしている一番のパーティーが【鷹の目】だ。だから吾は【鷹の目】に会いに来た」


「アルバさんに会いに来た、ではなく?」


「【鷹の目】が一番なら、そこに一番の斥候がいるのが道理だ。何しろ斥候が九割だからな!」


 自分の思いつきをドヤ顔で披露するケイティ。


 どうもケイティの中で斥候幻想が肥大化しているようだ、とアルバは感じた。

 買い被られたままでケイティのパーティーに参入しても、苦労する未来しか見えてこない。


 ここはひとつ、ケイティの斥候幻想を訂正しておこう、とアルバが口を開きかけた、そのとき──


「血の匂い。この先」


 ユリシャが呟き、その直後に強烈な血の匂いが漂い始めた。


 すでに一度、この行程を経ているラキアがアルバに尋ねる。


「この先の広間にゴブリンの群れがいるはずよね?」


「戦闘の必要はない。すでに全滅しているはずだ」


「全滅?」


 ラキアが怪訝けげんな表情を浮かべた。




 狭い通路を抜け、一行は広間に出た。


 さして広くない広間の中には、二十匹ほどのゴブリンの死体がひしめいている。


 アルバは【辛子玉】の微粉が残っていることを懸念したが、どうやら杞憂きゆうのようだ。

 見れば、床はゴブリンの血と、薄っすらと湧き出し始めたスライムで湿っている。

 これなら、床に落ちた微粉が再び舞うことはないだろう。


 ちなみに、スライムは【生きている迷宮】に備わった機能のひとつであり、魔物の死骸を分解する清掃係だ。

 稀に、魔物の死骸から【魔核】を取り込んで魔物化することもあるが、基本的には無害である。


「ちょっと、アルバ。これってあんたが全部殺ったってことで、間違いない?」


 ここまでの行程に脇道はひとつもない。これが行方不明の三人の仕業なら、もう彼らに出会っていなければおかしい。

 必然的に、これをなし得るのはアルバしかいない。


「ほお、これを一人で。さすが一番の斥候だ。ますます欲しくなったぞ!」


 ゴブリンの死体とアルバを見比べて、満面の笑みを浮かべるケイティ。


「いや、俺が全部殺ったわけじゃない。むしろ、ほとんどが同士討ちだ」


「同士討ち? ゴブリンが? 聞いたことないぞ?」


 ケイティが首を傾げた。ゴブリンは仲間内で喧嘩はしても、殺し合いまではしない。


「ああ。ちょっと特殊な方法で、うまく同士討ちを起こさせた」


「? あんたが幻惑系魔術を使うのは知ってるけど、この数の魔物を一度に操る魔術って……」


「いやいや、魔術じゃなくてだな」


 ラキアは、何かと魔術に関連付けたがる癖がある。

 自分のショボい魔術を過大評価されそうになって、アルバは慌てて否定した。


「魔術でないなら、何だって言うのよ?」


「うむ、吾も興味があるな」


「秘技? スキル? ギフト? 異能? 超能力? 必殺技? チート?」


「ちゃうわ!」


 約一名とんでもない方向に過大評価を始めたため、思わずアルバも言葉が乱れた。


「みなさん、追及しては駄目ですよ。これはアルバさんの『取って置き』に違いありません。そういうものは、仲間であっても隠しておくものです」


「「「おーなるほど」」」


 アルバとしては別に【辛子玉】について説明してもよかったのだが、皆がモナの言葉に納得してしまったため、言い出す機会を逸してしまった。


「ところで、この部屋、なんかほこりっぽくない? 鼻がムズムズする」


「確かに吾も……くちゅん!」


「へくちぇ!」


「私は、なぜか涙が……」


「長居は無用だ……先を急ごう」


 なんとなく、話を濁してしまうアルバだった。

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