4.斥候は後衛組と合流する
「おっそーい! って、なんで一人? ちょっ、それ血じゃない!?」
アルバが迷宮入口に到着すると、乱雑に置かれた荷物の中から甲高い声が聞こえてきた。
魔術師のラキアだ。
いかにも魔術師然とした黒マントに身を包んだラキアは、整いすぎた顔立ちとつり上がり気味の目元のせいで、すましていれば冷たい印象を与える。
一方で、顔見知りに対しては表情が豊かで、むしろ人懐っこい一面を見せる娘だ。
「アルバさん!? 大丈夫なんですか? お怪我は?」
小荷物を抱えたまま、荷負い馬の陰から顔をのぞかせたのは、神官のモナだ。
落ち着いた雰囲気の
初見で冒険者だと信じる者は少ないだろう。
「怪我はない。これは返り血だ」
「とりあえず、【清め】ますね」
「すまない」
モナがアルバに駆け寄り、【清め】の
恩寵は神官が起こす神の奇跡である。
『実際に奇跡を起こしているのは神である』という理屈で、神官たちは『恩寵を賜る』と言う。
神官の信心の度合いによって、一日に賜れる恩寵の総量は決まっている。
【清め】は最も消費の軽い恩寵のひとつであり、斥候であれば気兼ねなく賜ることができる。
匂いに敏感な魔獣は多く、一部の魔物も鼻が利くため、斥候が血の匂いをさせていては仕事にならないからだ。
アルバも普段から返り血を浴びないように極力注意している。
幻惑系魔術に【消音】はあっても【消臭】が存在しないのは、斥候にとっては悩みどころである。
「あんたが返り血を浴びるなんて、ただごとじゃないわね。ところで残りの三人はどうしたの? まさか!?」
「いやいや、三人は無事だ。多分……十中八九、無事なはずだ」
最悪の事態に思い当たって
「ええい、もう、早く説明しなさいよ! 何がどうなってるの!?」
「……ええとだな、要するに、俺は三人にパーティーを追放された」
「はあ!? なにそれ」「ええ? なんですか、それ!?」
「順を追って説明しよう」
アルバはここに至る成り行きを説明した。
話が進むに連れ、ラキアの眉尻はどんどんつり上がり、逆にモナの眉尻はどんどん下がってゆく。
「馬鹿だ馬鹿だとは思っていたけど、底抜けの馬鹿だったとはね!」
「一体全体、何を考えているのでしょう。嘆かわしいです」
「いや、まあ、何だ。俺にも反省の余地はある。そう責めてやるな」
予想どおりの反応を返す二人に、アルバは苦笑せざるを得ない。
「取りあえず、三馬鹿が帰ってきたら、とっちめてやる!」
ラキアが迷宮入口の通路をにらみつけた。そろそろ三人が到着してもいい頃合いだ。
しかし、待てど暮らせど、三人は一向に姿を見せない。さすがに皆、不安になってくる。
「ちょっと……まずくない?」「大丈夫でしょうか」
「脇道にでも迷い込んだか? 上層階で後れを取る連中ではないはずだが。中層階にも敵の多い脇道はなかったはず。解除できていない罠も多いから、あるいは……」
アルバは荷物置き場から自分の背負い袋を見つけて、予備の装備を取り出し始めた。
「ちょっと、何のつもり!?」
「迎えにゆく。放っておくわけにもいくまい」
「いや、ちょ、無理でしょ。もう中層階の魔物も復活し始めてるから。あんた一人じゃ無理、無理! ミイラ取りがミイラになるわよ!」
迷宮に入る支度を整えてゆくアルバに対し、ラキアが必死の形相で制止した。
アルバの単独行動を止めるべく、モナも思いつくままに言葉を発する。
「三人で行きましょう! 一人よりはマシです」
「駄目だ。斥候だからな、俺は。前衛役は務まらない。敵に見つかったら、前衛のいない魔術師と神官では消費の大きい守りの恩寵に頼るしかなくなる。俺一人なら、敵に見つからずに三人の所までたどり着ける可能性が高い」
「でも、三人が怪我していた場合、私が必要では?」
「予備の魔法薬を全部持ってゆく。むしろ、ラキアやモナの身を守るために恩寵を消費してしまったら、いよいよ回復の手立てが足らなくなる可能性が高い。恩寵が残っているなら、魔法薬で回復した者が怪我人をここまで担いで帰ればいいだけだからな」
「それなら、街に戻って応援を!」
「今からじゃ、戻ってくるのに二日はかかる。手遅れになるのが落ちだ」
「そんな……」
装備を整え終えたアルバは、迷宮入口に向かって歩き出す。
と、不意にアルバは振り返った。
その直後、荷物置き場の中心に
「何? 魔獣じゃないわよね?」
ラキアとモナが周囲の森を警戒する。
迷宮の近くは魔素が濃いため、魔獣が住み着きやすい。
事実、この森にも多くの魔獣が徘徊している。
結界には魔獣避けの効果もあるため、ほとんどの魔獣は警報に引っかかる前に退散する。
ただし、その効果はあくまで『魔獣が近づくのを嫌う』程度であり、絶対ではない。
一方で、魔獣が徘徊する森に分け入って冒険者に
ほどなくして、下草を踏み分けながら、二つの人影が近づいてきた。
ともに女性。身なりからして冒険者のようだ。
「おー、ついた。見つけたぞ【鷹の目】!」
先を歩く全身革鎧の女性が大きな声で呼びかけてきた。
燃えるような赤毛が、
背が高く、手足も太く、肩幅も広い。
それなのにゴツいというより、しなやかと表現したほうが相応しく見えるのは、その腰が意外にほっそりしているからだろう。
後ろを歩く部分鎧の女性は、まるで影の中に潜んでいるかのように存在感が薄い。
赤毛の女性の存在感が強すぎるためか、彼女自身が赤毛の女性の影そのもののようにも見える。
その影の中から、紫色の瞳だけが恐ろしく鋭利な光を放っている。
「「「誰?」」」
アルバ、モナ、ラキアの三人は、わけが分からないといった表情で、互いの顔を見た。
どうやら、誰一人顔見知りではないらしい。
「
「「「はあ?」」」
「ケイティ、意味通じてないから。わたしたちには斥候が必要。だからスカウト?ヘッドハンティング?しに来た。【鷹の目】の斥候に、ぜひ、パーティーに加わってほしい」
やたらと言葉足らずな赤獅子ケイティに、眼光鋭いユリシャが補足を加えた。どうやら彼女らはアルバを雇いたいらしい。
とはいえ、そのためにわざわざ街から半日かけて迷宮くんだりまでやって来るというのは、はっきり言って奇行である。
好意的に取るなら、熱意の表れなのかもしれないが。
「まあ、【鷹の目】は追放になったし、別に構わんが、今は立て込んでて……」
「何!? お前が斥候か!? それで追放だと? それじゃあソロというやつか!! これは
皆が一斉に口を開くものだから、もはや大混乱である。
「ともかく!!」
普段からは想像もつかないような一喝で、アルバがその場を制した。
「俺は今から三人の救出に向かう。話は帰ってからだ」
「救出? 何の話だ?」
状況をまったく理解していないケイティとユリシャは首を傾げている。
そんな二人の姿を上から下へと見つめていたラキアは、ぽんと手を
「そうだ! あなたたち、前衛でしょ?」
「ああ。見てのとおり、吾は
二人はそれぞれ自分の得物の柄を握り、少しだけ掲げてみせた。
「なら、緊急依頼よ! 今から私たちといっしょに迷宮に入って!!」
「「はい?」」
ラキアの思いつきを理解して、モナもぽんと手を叩く。
「なるほど! 前衛二人に魔術師に神官、斥候までそろえば、理想的な編成ですね。仮に前衛がへっぽこのポンコツだろうと、残り三人が優秀なら何とかなります。これで三人を救出に行けますね、アルバさん!!」
「なんか今、吾等ひどい言われようをされなかったか?」
「ナチュラル?天然?にディスられ?」
アルバは、二人の体格や身のこなしを観察し、力量を推し量る。
魔獣が徘徊するこの森を二人だけで平然と突っ切ってきたことからも、腕は確かだろう。
「
「ふむ、何やらよく分からんが、斥候殿の頼みとあらば断れんな。手を貸そう」
「緊急性?の救出任務? 了解した。冒険者ギルトは相互援助?が鉄則。断る理由はない」
「だが、吾等は迷宮攻略については初心者だ。問題はないか?」
「迷宮用装備?も準備してない」
腕を組んで難しい顔をするケイティ。ユリシャも少し不安そうな顔をしている。
てっきり迷宮攻略の経験があると踏んでいたアルバは、すこし意外そうな顔をする。
「そうなのか? ……いや、問題ない。迷宮といっても、攻略済みの行程だ。足らない部分はこちらで補う。装備も予備がある」
「なら構わん」
「よっし! なら決まりね。ちょっと待って。今装備を整えるから!!」
「大変、大変!」
ラキアとモナが大急ぎで荷物から装備を引っ張り出し始めた。
「迷宮内では斥候の俺が先を行く。俺が指示したら、その場に待機して前に進まないこと。それだけは守ってくれ。あと、解除できていない罠には蛍光塗料で目印が付けてある。その場所には、触れない、近づかないが原則だ。目印については道中説明する。戦闘になったら、敵を後衛に近づかせないことだけ気をつけてくれ。こちらの後衛は──」
準備が整うまでの間、アルバは迷宮に入るための事前知識を二人に伝えるのだった。
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