3.前衛三人組は宝箱を発見する

 目の前の床に蛍光塗料で描かれた大きな矢印が、左の壁に空いた穴を指している。


「なんだ、こりゃ?」


 フォルクが間抜けな声を上げた。


「左の穴に入れ、という指示だろうな。前は、こんな矢印はなかったよな?」


「ああ」


 デュンケルはガウスに確認した。こういうときフォルクは当てにならない。


「つまり、奴が帰りがけに描いたってことだ。どう思う?」


「どうとは?」


「俺たちに追放された奴が、わざわざご丁寧に、こちらに行けと言っている、ということだ。親切心からの行為だと思うか?」


「罠だと?」


「そう考えるのが妥当だろうな」


 神妙な面持ちで言葉を交わすデュンケルとガウス。


「んじゃ、こっちっつーことで」


 フォルクがわざわざ二人の背後に回って、正面の道へと背中を押す。


「まあ、違ったら戻りゃいいだけだ」


「そうだな」


 三人はカンテラの明かりを頼りに、緊張感なく暗い道を進む。


 すると、前方に照明がひとつ見えてくる。

 照明の下には、見慣れた金属枠の木箱。

 宝箱だ。


 迷宮で見つかる宝箱は実に不思議な代物だ。

 中身は冒険者の遺留品とおぼしき装備品だったり、太古の遺物だったりする。

 しかも、太古の遺物のほうは一度回収してもいつの間にか補充されているのだ。

 一説には、宝箱は迷宮のどこかにある宝物庫とつながっていて、そこから太古の遺物が補充されているとも言われている。


「この宝箱には見覚えがないな。違う道だったか」


「そのようだな」


「やれやれ、自分を追放した人間に正しい道を教えていたのか。盗賊のくせに案外お人好しだな。それとも……この宝箱を俺たちから隠したかったのか?」


 デュンケルは自分の推理が正しいのではないか、という予感めいたものを感じた。


 フォルクが宝箱に飛びつき、ふたを開けようとするが、開かない。


「あんだぁ? 鍵がかかってるぞ?」


「……なるほど。奴はこの宝箱の鍵を開けられなかった。だが、中身を俺たちにくれてやるのは惜しいと考えた。だから、わざわざ道しるべを残して、俺たちがこの道に入らないように誘導した、ということか。宝箱の解錠もロクにできない三流盗賊は、他人様の分け前が増えるのがしゃくなんだろうさ。……いや待てよ。こういうことが過去にもあったとしたら?」


 感じていた違和感がひとつにつながり、真実が見えてくる。


「そうか! あいつ、斥候に時間がかかると言っておきながら、実はその間に脇道にある宝箱をこっそり開けて、中身を自分の懐に入れていたのか!」


 分かってしまえばどうということはない。これですべての辻褄つじつまが合う。に落ちる、とは正にこういうことを言うのだろう。


「で? どうする? 宝箱を壊してみる?」


「そうだな。できるかどうか、試してみよう」


 宝箱に抱きついてはしゃぐフォルクに、デュンケルは同意した。

 フォルクはいそいそと背中の両手剣を抜くと、大上段に振りかぶる。


「いや、ちょっと待て! それだと枠の金属に当たって、最悪刃が欠けるぞ!」


「げぇ。そうか。なら、こうだ、な!」


 フォルクは剣を逆手に持ち替えて、宝箱の木製部分へと突き立てた。

 しかし、切っ先はほとんど刺さっていない。


「もっと踏ん張らにゃ駄目か。よっせーの、せりゃ!!」


 フォルクのこん身の一撃によって、切っ先が深々と宝箱に突き刺さる。


「げぅ、抜けねえ!?」


「おいおい……」


 フォルクは宝箱に足をかけ、顔を真赤にして剣を抜こうとする。

 剣がゆっくりと動き出し、次の瞬間にはすっぽ抜けた。


「わぇ、あぶな!」


 剣はフォルクの手を離れ、派手な音を立てて床を転がった。

 フォルク自身は勢いのままに尻餅もちをつき、そのまま肩で息をしている。


「結構難しいな、これ」


「そうだな。バールのようなものでもあれば、いけるんじゃないか?」


 大盾を壁に立てかけ、腰を落としたガウスが、宝箱をで回し始めた。


 と、不意にガウスの動きが止まる。

 その視線の先には愛用の大盾がある。


 分厚くて硬い木材を金属枠で強化した、ガウス自慢の盾だ。そうそう壊れるものではない。

 たとえ、両手武器の一撃を何度も受け止めたとしても。


 ガウスは大盾と宝箱を見比べた。

 そうだ、そんな簡単に壊れてもらっては困るのだ。


「なんてこった。ただの木箱とはわけが違──がっ!?」


 ガウスが呆然として立ち上がった瞬間、その背後の暗闇から巨大な何かが出現し、ガウスを跳ね飛ばした。

 大柄なガウスの体が宙を舞い、そのまま鈍い音を立てて床に激突する。


「な、……オーク!?」


 フォルクは慌てて両手剣を拾おうとするが、剣に手が届く前に、オークの振るうこん棒がその背中にたたきつけられる。


「ぐきゃぇ!!」


「この!」


 デュンケルは慌てて槍を構え、フォルクに追撃を加えようとするオークを攻撃した。

 オークは棍棒で槍を払い除け、デュンケルに向き直る。


 デュンケルは目の端で二人の様子を確認する。

 致命的なダメージではなさそうだが、しばらく動けそうにない。


 デュンケルは注意を正面のオークに戻した。


 このオークは一体なんだろうか。あっという間に二人を戦闘不能にされた。

 オークから奇襲を受けたのはこれが初めてだ。こんなことが起こりうるだろうか?

 もしかしたら戦闘力が格段に高い変異体なのだろうか? だとしたら、俺で勝てるだろうか?


 疑問が駆け巡り、デュンケルの思考はまとまりを欠いてゆく。

 そのために、単に剣が床を転がった際の大きな音で、近くにいたオークが呼び寄せられた、という単純な事実に思い至らない。


 混乱が頂点に達し、デュンケルの頭の中は真っ白になる。


 結果的には、それが幸いした。


 オークが棍棒を振り上げた瞬間、デュンケルは無心で、数え切れないほど繰り返してきた鍛錬の型を、ただ体が覚えているままに繰り出した。


 その一撃は、あっさりとオークの心臓を貫き、その生命を奪った。


「へ?」


 オークが音を立てて崩れ落ちるのと同時に、デュンケルはその場にへたり込んだ。




 ほどなくして、地に伏せていた二人が動き出し、デュンケルもようやく我に返った。


 二人の負ったダメージは思いの外、深かった。


 万が一を懸念し、虎の子の魔法薬を使って、二人を万全の状態に戻す。

 往路でも使用しなかった魔法薬を消費することになろうとは、完全に予想外である。




「結局何だったんだ? このオークは?」


 オークの死体から魔石を抜き取りつつ、フォルクが尋ねた。


 デュンケルは返答に困る。


「……ただのオークだよ、多分な」


「ただのオークに二人もやられたのか? マジでぇ?」


「ともかく、戻ろう。この道は未踏破だ。奥に何がいるか分かったもんじゃない」


「へいへーい。結局、宝箱も壊せずじまいかよ」


あきらめろ。あの箱は簡単には壊せまい。オークの魔石で我慢しろ」


「くっそーう」


 あまり時間をかけて、中層階の魔物まで補充されては厄介だ。

 三人は先を急ぐことにした。

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