第五十八話 強がり

「それでは改めて、これよりアーレン様対マサヨシ様の決闘を行います。剣士と魔法使いのどちらも戦闘不能にした方が勝利。ただし、相手を死亡させるのだけは禁止とし、それ以外はルール無用といたします」


 ユーリカから渡された鉄の剣を持ち、リュンと共に広場の中央から離れる。


「大丈夫か?」


 大丈夫でないことはわかり切っていたが、ガチガチとロボットのような動きで隣を歩いているリュンに声をかける。


「だ、だだだだだ大丈夫じゃないですぅ……」


 てっきり強がってくるものかと思ったが、素直に心中を零すあたり相当余裕はないらしい。


 大勢の注目が集まっている状況に加え、負けたら仲間にもペナルティがあるなんて話を聞けばそれも仕方ないかもしれない。


 どうするべきかずっと考えていた。

 こんな状態のリュンでは、戦いに参加するどころかまともに魔法を使うこともできないだろう。

 であれば、無闇に危険に晒すよりも、最初から白旗をあげさせた方がいいのかもしれない。

 ルール無用である以上、魔法使いが降参を選ぶことも許容されるはずだ。


「始まったら遠くに逃げろ」


「え?」


「その場に突っ立っていたら狙われる。でも遠くに逃げれば戦意喪失したと思って標的からは外してくれるかもしれない」


「それは……でも、それじゃあ……」


 言いたいことはわかる。

 俺に野菜武器がない以上、勝率は限りなく低い。その上魔法使いまで抜けたら勝ち目はほとんどない。


 だが、それがわかっていたところでどうしようもないというのも事実だった。

 リュンと二人で戦おうが俺一人で戦おうが、団栗の背比べにしかならない。それならせめて、余計な傷を負わせないようにするのが今できることだろう。


「元はと言えば、アーレン達との因縁は俺にも原因がある。だから、こんなことに巻き込んで、お前には悪いと思ってるんだ」


 そう言って、俺はリュンに頭を下げた。


 迷惑をかけられまくっているリュンに頭を下げるのは正直抵抗があるが、それでも通さなければならない筋はある。


 それをぽかんとした顔で見ていたリュンだったが、すぐに両手を顔の前でぶんぶんと振る。


「や、やめてくださいよ。マサヨシさんにはたくさんお世話になってるんです。そんなこと言われるようなこと、あたしには何も……」


 少しだけしゅんとしてから、顔を両手で二、三度叩くと、笑顔を見せる。


「大丈夫です、任せてください!あたしは大魔法使いの孫なんですよ?必ずマサヨシさんのお力になってみせますから!」


 杖を持つ震える手も、おぼつかない足取りも、青ざめた唇も、白い顔も、どこを見ても大丈夫でないことは明白だった。


 怖いのだろう。いや、怖いに決まっている。これは魔法学校でやっているような試合じゃない。尊厳と罰を賭けた決闘だ。相手は殺意さえ持って襲いかかってくる。


 それでもリュンは、精一杯強がって、虚勢を張って、逃げ出さず、俺の力になってくれると言っている。

 その想いを、俺は少なからず嬉しいと感じていた。


「……わかった。でも絶対に無理だけはするなよ」


「はい!」


 一定の距離まで離れると、互いに向かい合う。


 アーレンはすでに剣を構えており、開始の合図ですぐにでも切りかかってくるつもりのようだ。

 リリーにしても、杖を構えて魔法を撃つ体制をとっている。


 深呼吸をした。

 落ち着いているわけではない。心臓は早鐘のように鼓動を打っているし、剣を持つ手も緊張でうまく力が入っていない。

 とてもリュンのことを馬鹿にできない体たらく。


 人に刃を向けたことはない。

 それどころか、まともに対人戦をしたのも、せいぜい親父と拳を交えての大喧嘩をしたことがあるくらいだ。

 野菜武器もない、頼れる仲間もいない。

 それでも、負けるわけにはいかない。


「それでは、始め!」


 剣の柄を強く握り込むと、地面を蹴って駆け出した。

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