第五十七話 決意

「ど、どういうことですか?マサヨシさん?おばあちゃん?」


 視線を交差させる俺とユーリカを見て、リュンが不安そうな声を上げる。だが、今はそれにかまってやっている余裕はない。


「こいつらと組んでるのか」


「いいえ、アーレン様達は関係ありません」


 そう言うユーリカだが、信じれそうにはなかった。


 ユーリカの、リュンを大切に想う気持ちは確かに嘘偽りなかった。たとえ接した時間が短くともそれだけは確信している。

 だから信用していたし、頼りにもしていた。そんな奴が悪い人間な訳がないと勝手に思い込んでいた。


 だからこそどうしてこんなことをするのかが全くわからない。

 ユーリカの意図が何一つ見えてこない。

 アーレンと戦う上で俺を不利にして何か意味があるのか?


 アーレンを見る。

 いつも通りのイケメン顔で、どこか面倒臭そうにしてはいるが特に変わった様子は見られない。

 こいつのいやらしい性格ならばニヤついていても良さそうなものだが、それがないと言うことは本当に何も知らないのか?


 何にしても、野菜武器がなければ俺は負ける。

 野菜武器の能力の一番の弱点は、それ自体がなければ何もできないということ。今更ながらにそんなことを思い知らされる。


「なにぐずついてるんだい?まさか持ち前の武器じゃないと戦えないなんて言い出すんじゃないだろうね。これは仮にも勇者をかけての戦いだろう?どんな状況でも戦えなきゃ意味がないじゃないか」


 もっともらしいことを言うアーレン。悔しいが言い返す言葉が見つからない。

 仮にここが魔物との戦いの場だったら武器がないから戦えないなんて言っていられないのだから。


 だが、負けると分かっている戦いにわざわざ出向いてやるほど俺は馬鹿正直じゃない。

 嵌められた上でタコ殴りにされるなんて割りに合わなすぎる。


 だが、俺が口を開くよりも早く、ユーリカが周りに聞こえるように声を発した。


「これはただの決闘ではございません。女神ディアナ様の化身である勇者を賭けた神聖なる戦いです。当然、名を騙った不届き者にはそれ相応の報いを受けてもらわなければなりません。それほどまでに、勇者の名を騙る罪は重い」


 いつもであればもっと言ってくれという場面であるが、ことここに至ってはただ俺の首を絞める言葉でしかない。


 この勝負においては強い方が本物の勇者であるという図式が成り立っている。つまり負けた方が偽物の烙印を押されるのだ。

 村人も、よもや全人類の命を背負って立つ勇者があっさり負けるとは思わない。負けたら全て終わりだ。


「報いって?鞭打ちでもされるのかな?」


 アーレンがユーリカに問いかける。


「自分が勇者であるという嘘が二度とつけないよう、舌を切り落とします」


「なっ」


 これには流石のアーレンも絶句する。


「さ、さすがにそこまではやりすぎじゃないか」


「これは、教会と話し合って決定されたことです。嘘だと思うのなら、確認していただいても構いませんが」


 そう言って、ユーリカは懐から手紙を取り出すとアーレンに手渡す。

 フランシスカがそれを見て、目を丸くしていた。


「確かに、教会からの手紙です。間違いありません」


 かつて勇者パーティの一員だったユーリカであれば教会と繋がりがあっても何らおかしくはない。

 だがそうであればなおさら俺が本物である事は疑いようがないはずなのに。


「お待ち下さいユーリカ様!こんなの、あんまりです!」


 聞こえてきた声はアリーシャのものだ。


「勇者様は万全ではありません!それなのに、そのようなものを賭けた戦いなど……」


 アリーシャが言い切る前に、その足元に一本の光の矢が突き刺さった。

 

 静寂が広場を包む。空気が一瞬にしてひりついたものに変わっていた。


 構えた杖をゆっくりとおろしながら、ユーリカは淡々と言葉を紡いでいく。


「黙りなさいアリーシャ。あなたの意見など誰も聞いてはいない。それでも口を出すというのであれば、教会の意に背く反乱分子としてあなたを処分します」


「そんな……」


「もういいだろ」


 俺がそう言うと、ユーリカはアリーシャに向けていた視線を俺に寄越す。


「それは、戦う準備ができたと受け取ってもよろしいですか?」


 ただ勇者という名前を譲るだけなら俺にとってなんのデメリットもない。だから逃げてやろうという考えもなくはなかった。


 だがこうなってしまってはそうもいかない。逃げたらそれだけで負けにされてしまうのだろう。


「お前のことだ。俺が絶対に逃げられないような細工をしてるんだろ?」


 俺の言葉に、ユーリカは微笑を浮かべる。


「細工なんてとんでもない。負けた方の仲間にも、偽の勇者に協力した罰を受けてもらうという、至極当然のことをしてもらうだけです」


「う、嘘でしょ!?」


 声を上げたのはリリーだ。

 そんな話は聞いていないと驚きに見開かれた目が語っていた。


 アーレン達が罰を受けるのであればそれは当然の報いだ。勇者の名前を騙ることがそれほど重いことであると知らなかった自業自得でしかない。


 だがリュンは違う。

 こいつは何もしていない。罰を受けなければならないことなんて何一つしていない。

 そんな奴がこんなことで罰を受けるなんて許されていいわけがない。


 何より俺の不始末が起こした事でもあるのだから、それを防ぐのは俺の責任だ。


 もはやアーレンと戦う以外に残された道はなかった。

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