第五十六話 裏切りの魔女

 少しすると、ざわざわとしていたギャラリーが徐々に静まり返っていくのがわかった。


 人並みを掻き分けてユーリカが姿を見せたからだ。


「どうやらお揃いのようですね。では、時間も頃合いですし、アーレン様対マサヨシ様の勝負を開始させていただきたいと思います」


 ユーリカの言葉が静まり返った広場に響くと、どっと歓声が湧いた。どうやら村の人々はほとんど集まってきているらしい。


 その一番近くで、アリーシャが祈るように手を組みながら、心配そうな瞳で俺達を見ていた。

 ほんといい奴だなぁあいつ。最初の印象が最悪だっただけに振り幅が大きいからなおさらそう思ってしまうのかもしれないけど。


 ユーリカの言葉に、アーレンが腰に下げていた剣を鞘から引き抜く。すらりとした長剣はよく手入れされているのか陽光にきらりと輝いた。

 魔法使いリリーも杖を構えていつでも戦えるといいたげだ。


「ちょっと待ってくれ」


 そんな中、俺はユーリカに向かって言う。


「どうされましたか?」


「悪いけど、俺の武器がまだ届いてないんだ。もう少し待ってくれないか」


 昨日野菜を頼んでおいた店主の姿はまだ見えていない。


「もしかして、そうやって勝負を引き伸ばしにしようって言うんじゃないだろうね」


 いかにもなセリフをアーレンが吐く。


「違うに決まってんだろ」


「まぁなんだっていいけどね。でも早くしてくれないかな。こんなところで無意味に使っている時間は僕達にはないんだ」


 盛り上がっていたところに水を刺したせいか、場の空気に嫌なものが漂い始める。主に俺に対するバッシング的な意味だが。

 案の定リュンは目をぐるぐるさせていた。よくこんな体たらくで任せろだなんだと言えたもんだ。


 すると、考える仕草をしていたユーリカがとんでもない提案をしてきた。


「確かにアーレン様のいうように、いつ来るともわからないそれを待つのは無為に時間を浪費するだけかもしれませんね」


「は?お前、何を……」


 だがユーリカの口は止まらない。


「ですが、このままではさすがに武器のないマサヨシ様が不利なのは明白。ですので、私が用意した同じ性能の武器で戦うというのはいかがでしょうか」


「それは……」


「僕は別にいいけどね。長い獲物ならなんだって扱えるし」


 アーレンはそう言うが、当然俺はそうはいかない。

 頼りの野菜武器がなければまともに戦えないのだ。いい勝負どころか、ボコボコにされて終わる未来しか見えない。


 だがそんなことよりも、それを知っているはずのユーリカがそんなことを提案してくること自体そもそもおかしい。


「待てユーリカ。お前、自分が何言ってるのかわかってるのか?」


「何かおかしなことを言いましたでしょうか?」


「おかしいも何も、そもそも野菜は昼に届くってお前が言ったん……」


 そこで俺の言葉は途切れる。

 真冬に山から吹き下ろしてくる冷たい風が背筋を吹き抜けるような感覚が襲ってきた。


 違うかもしれない、そうじゃないかもしれないという可能性を模索するが、どうしてもぬぐいきれない疑念。


 ユーリカが、こうなるように仕向けたのだとしたら?


 昨日、なぜいつも売られているはずの野菜が一つも売られていなかったのか。

 俺が事前に武器を用意できないようにするためだったんじゃないか?

 

 この場に野菜を持って来ると言っておきながら来ないのは、そもそもここに野菜が届けられることが最初からなかったからなんじゃないか?


 極め付けは、まるでこうなることを予想していたように予備の武器が用意されていたこと。


 それらが示す意図は、たった一つしかない。


 俺に野菜武器を使わせないためだ。


 そしてそのことを知っていて、そうならないように操作できる人間は、たった一人しかいない。


「……何を考えてる、ユーリカ」


 俺の敵意ある視線を真正面から受けても、ユーリカの余裕のある微笑は崩れることはなかった。

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