第五十五話 勝負の日

 勝負当日の朝。


 昨日ユーリカが言っていたように、リュンは実にあっけらかんとした様子で朝食の場に姿を現した。


「お前、大丈夫なのか?」


 俺がそう問いかけると、リュンはいつのものように快活そうな笑顔を見せる。


「はい、一晩寝たらすっきりしました。あ、今日の勝負のことだったら何も心配はいりませんよ!この大魔法使いに任せておけば偽物なんてちょちょいのちょいでやっつけてやりますから!」


 いつものように調子のいいことを口にしながら朝食を食べ始めるリュン。

 その様子からは、昨日アリーシャに徹底的に負けたことなどもはや気にしていないように見える。


 いや、違うか。

 リュンは全てなかったことにしたのだ。自分の中で、アリーシャに負けたことはもはや遠い過去の話になっている。

 そうすることで……そうしなければ、心を守ることができないから。


「アリーシャの魔法一発でのされたやつが何言ってんだ。はっきり言ってお前は戦力に数えてない。精々痛い目を見ないように逃げ回ってるんだな」


「あ、あれはちょっと油断しただけですから!あたしがちょっと本気を出せばアリーシャなんてイチコロですから!」


 『やればできる、やらないだけで』理論を振りかざしてくるリュン。今時の無職でもそんなこと言わない。


 だが、負けた話に触れても気にした様子はない。むしろ笑話にしてしまいそうな勢いである。


 ここまで来ると確かにユーリカが危惧するのもわかる。挫けてもすぐに前を向けると言う意味ではいいのかもしれないが、成長はまるでない。ただ逃げているだけにしか思えない。

 だからこそユーリカはリュンに厳しくあろうとするのだろう。


 同じ食卓を囲んでいるユーリカを見てみるが、いつものことだと言うように黙々と朝食

を口に運んでいた。


 じっと見ていたせいか、視線に気付いたユーリカが微笑を浮かべながら小首を傾げる。


「どうかされましたか?」


「いや、なんでもない」


 口調もいつもと変わらず穏やかでふわっとした印象。特段リュンの言動に腹を立てている様子はない。

 だが、昨日のやりとりをしたせいか、その普段通りの穏やかさがどこか恐ろしいと感じてしまう。


 するとユーリカは思い出したように言った。


「そうそう、先程野菜売りの方が見えて、お昼丁度に勝負の場に直接持っていくと言っていましたよ」


「そうか」


 正直なところ、野菜が入ってこないと言うのがこの勝負を行う上で一番危惧していたことなので、ほっと胸を撫で下ろす。

 野菜武器がなければまともに戦うなんてことできそうもないしな。


 情けない話だが、戦闘という意味において俺はアーレン達の一歩も二歩も遅れをとっている。

 加えてこっちの魔法使いはポンコツだ。

 昨日のアリーシャとの戦いを見る限り今回も立っているのがやっとだろう。


 今更あれこれ考えたところでもはやどうすることもできない。


 俺の野菜武器の力で乗り切るしかないという答えが出ている以上、あとはもうなるようにしかならない。


ーーー


 勝負の場に赴くと、昨日とは比べるべくもないほどにギャラリーが集まっていた。


 昨日のリュンとアリーシャの戦いが不完全燃焼だったからか、見たことのある顔もちらほら見受けられる。


「やぁ。ちゃんと逃げずにやってきたんだね」


 人垣を分けてアーレン達が姿を見せる。その中には当然フランシスカの姿もあるが、俯いたまま地面を見つめているだけで視線をこちらに寄越そうとはしなかった。


 ローズの手前ああは言ったが、あの言葉を鵜呑みにできるほど俺はフランシスカのことを信用していない。はっきり言って罠である可能性の方が高いと思っている。


 それにもし本当だとしても、リュンがまともに動けるとは思えないのであまり意味はない。

 フランシスカに対する見方は多少変わるかもしれないが、そうなったところでだからなんだという話だ。


 アーレンと会話をする気もなかったので無視すると、アーレンは俺の後ろに隠れてびくついているリュンへと視線をやった。


「その子が昨日ユーリカさんが言っていたリュンちゃんだね」


 話題を振られるとより一層体を縮こまらせる。

 リュンはまごうことなき陰の者、つまり陰キャである。仲間を引き連れてワイワイやっている明らかに陽キャなアーレンなんかは特に苦手なタイプだろう。


 そんなリュンの様子を見てアーレンが笑う。


「これはまた、随分と強そうな魔法使いを連れてこられてしまったみたいだね。もしかしなくても、負けてしまうかもしれないよ」


 そんなことは一ミリたりとも思っていないと馬鹿にしたような口調が告げていた。


「ほ、本当ですか!?あたし、強そうに見えますか!?」


 だが、その太すぎる針に釣られてしまうお馬鹿さんが俺の仲間だというのだから、もうどこかに頭をぶつけて気絶したくなる。


「んなわけあるか。嫌味に決まってんだろうが」


 さすがに突っ込まざるを得ず、そんなやりとりを見てアーレン達は笑った。


 あぁ、もうまじむかつく。

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