第五十四話 怪しい雲行き

「なぜそれを……?」


「カブの村は俺の故郷だからな。お前らが村の食料を巻き上げようとしたのも、トロールに襲われる村を見捨てて逃げ出したのも、全部知ってるんだよ。見てたんだから」


 フランシスカは何も言い返してはこない。さすがに言葉が見つからないようだった。


「勇者を名乗りたいなら好きにすればいい。でも、お前たちは勇者を名乗ったくせに村を見捨てた。それが俺は許せない」


 命をかけて戦って、それでも無理だったのならまだわかる。仕方なかったんだと思えるかもしれない。

 だが、アーレンたちは無理だとわかるなり我先にとさっさと逃げ出した。


 もしも野菜武器の力がなかったら、親父もお袋も他のみんなも死んでいたかもしれない。そう考えるとぞっとする。


 だからこそ、そんな非道な奴らの頼みなんて聞きたくないし、手を貸したいなんて思うわけがない。


「戦うのをやめさせたいなら簡単だろ。アーレンが嘘をつくのをやめればいい。それだけだ」


「……それは、できません」


 溢すように言葉を口にするフランシスカ。


「だったら話はここで終わりだ。さしずめお前がここに来たのもアーレンの差し金なんだろ?」


 一番気の優しそうなフランシスカにやらせるあたり、アーレンの性根の悪さがわかるようだ。


「…………」


 何も言い返してこないということは図星なんだろう。


 俺の気が変わらないことが分かって、フランシスカはその場を後にしようとする。

 だが、一歩踏み出したところで止まった。


「申し訳ないと、思っております」


「悪いと思ってるならアーレンが嘘をついてるって証言してくれ。できないなら悪いなんて言うな」


 気を揉んでいるこっちが馬鹿に見えてくる。


 悲しそうな顔を見せたフランシスカだったが、息を吐くと小さな声で呟くように言う。


「……アーレン様は遠距離からの攻撃が不得手です。魔法攻撃は特に」


「…………」


「リリー様は炎と雷の魔法の使い手ですが、補助魔法は使うことができません。近接戦闘も苦手としております。ですから……」


「待て。なんでそんなことを教えてくれるんだ?俺はお前らにとって敵なんだぞ?そんな、味方の弱点を教えるみたいなこと……」


 フランシスカが言っていることが本当かどうかはわからない。あえて嘘の情報を流すことで俺を混乱させる狙いかもしれない。


 俺の不審がる様子を横目で見て、フランシスカは目を伏せた。そしてぽつりと呟く。


「これは私なりの…………いえ、なんでもありません」


 そう言って、フランシスカはそのまま振り返らずに去っていった。


 その背中を見送っていると、後ろに隠れていたローズがくいっと袖を引っ張ってくる。


「……さっきの話、たぶん、嘘じゃない」


「嘘じゃないって……フランシスカの話のことか?」


 ローズが小さく頷く。


「どうしてそう思うんだ?」


「……わからない。でも、なんとなく、そう思う。あの人は、嘘つきじゃない」


 まさか本当に心が読めるなんてことはないだろうが。

 でも、ローズの言葉にはそう思ってしまうような不思議な力が秘められているような気がする。


「まぁ、話半分くらいには聞いておくよ」


「……もしかして、信用、されて、ない?」


 相変わらずの無表情だが、どこか怒っているようなローズの視線が俺に突き刺さる。


「いや、違うぞ?別にローズの言葉を疑ってるわけじゃなくてだな」


「……でも、話半分って、言った」


 もちろんフランシスカの話を、という意味ではあるのだが、それを信じないこと=ローズの言葉を信用しないという図式が成り立ってしまう以上そういうことになってしまう。


 俺は手を上げて降参のポーズをとった。


「わかった、信じるよ。全面的にな」


「……うん」


 小さく頷いた後、ローズが再び袖を引っ張ってくる。。


「……お兄ちゃん」


「なんだ?」


「……気をつけて、ね」


 ローズが何について気をつけろと言ったのか、この時の俺はまだ知る由もなかった。

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