第五十三話 珍客
屋敷へ戻る道すがら、ふとローズのことを思い出し、丁度寄れる距離だったので足を向けた。
リュンとの特訓の合間に何度か様子を見には行っていたが、陽がほぼ暮れかけている今のような遅い時間に行ったことはない。
なのでいるかどうかはわからなかったが、なんとなくいるような気がした。
案の定、ローズは地面に座りながら種を植えた場所をじっと眺めていた。
俺が声をかける前に、ローズが顔をあげる。
いつもと変わらない無表情は、何度会ったところで何を考えているかわからないままだが、駆け寄って来てくれるあたり嫌われてはいないらしい。
「……まだ、芽、出ない」
「そろそろ一つくらい出てきてもいい気はするんだけどな」
「……待ちきれない」
そう言ってきらきらした瞳で畑を見つめるローズ。その姿がなんだか微笑ましくて、思わず笑ってしまった。
「だからって掘り返したりするなよ。芽が出てないだけで、根は張ってるかもしれないんだから」
「……わかってる。そんなことしない。楽しみ、だから」
気持ちは痛いほどわかるが、ローズのようにじっと見ているだけというのも中々に難しいような気がする。それほどまでに楽しみだということなのかもしれないが。
ただ、ここまで喜んでもらえると色々教えた俺も嬉しくなる。
ふと、ローズが俺を見て口を開いた。
「……何か、あった?」
まさに何かあった後だったのでどきりとしてしまう。
「どうして?」
「……わからない。ただ、なんとなくそう思った、だけだから」
ローズは聞き上手だし、これまで何度も愚痴を聞いてもらいはしたが、さすがに甘えすぎなような気がする。
よくよく考えてみればこんな少女に十九歳の男が愚痴るってどうなんだ。
曖昧にごまかそうとしたその時、ローズが俺の腕にしがみ付いてきた。
「どうし……」
「ここにいたんですね、勇者様」
振り返ると、俺の後ろに僧侶フランシスカが立っていた。
「……フランシスカか」
「まさか、わたくしの名前を覚えていてくださるとは思ってもおりませんでした」
心底意外そうに言うフランシスカ。
「そりゃそうだろ。使えないって理由で俺を追い出した奴らの仲間なんだからな」
別に覚えておきたいなんて思ってはいないが、アーレンたちに関して思うことはたくさんある。印象が強い分忘れられない。当然悪い印象だが。
俺の言葉に唇を引き結ぶが、すぐに気を取り直して口を開く。
「その件に関しましては、仕方のない判断だったと思います」
「やめろやめろ。ただでさえ気分が悪いのに余計気分が悪くなるような話するんじゃない」
話を蒸し返してああだこうだと言い合うなんてあまりにも馬鹿馬鹿しすぎる。
それに今の言葉だけで自分たちは悪くないと言う考えが透けて見えるからいくら話し合ったところで無駄の一言だろう。
「で、何しにきたんだお前は」
この戦いは無益だからやめましょうとか言い出す気しかしないんだけど。
そして、その期待をフランシスカは裏切らなかった。
「お願いがあって参りました。明日の戦い、どうか勇者様から辞退を申し出てはいただけないでしょうか」
「……お前、自分が何を言ってるのかわかってんのか?」
なんというか、ただただ疲れる。
説明してやるのすら面倒だが、どうやらフランシスカは本気でわかっていないらしいので言ってやる。
「お前は、自分が勇者だと認めてる俺に、アーレンのついた自分が勇者だって嘘を正当化しろって言ってんだぞ」
そんなことをしてやる義理は俺には何一つない。
そもそもアーレンが嘘をつきさえしなければこんなことになっていないんだから。
だが、俺の憤りはフランシスカには伝わらない。
「これは勇者様のためでもあるのです」
「俺のため?それをすることで俺に何か利益でもあるのか?」
「利益というわけではございません。ですが、少なくとも大きな怪我をするようなことはなくなります」
「それは俺がアーレンにボコボコにやられるって言いたいのか」
フランシスカが頷く。
「アーレン様もリリー様も、勇者様より遥かに経験を積んでおられます。ですから……」
要するにお前じゃ相手にならないと言いたいのだろう。言葉尻は丁寧だがそういうことだ。
「その割には、トロール一匹すらまともに相手にできなかったみたいだけどな」
その言葉に、フランシスカは目を見開いた。
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