第五十一話 違和感

「待て、ユーリカ」


 屋敷へと帰ろうとしている背中に声をかけると、ユーリカは足を止めて振り返る。


「さっきのあれは本気で言ってるのか?」


 もちろんリュンを俺と一緒に戦わせると言うことについてだが、ユーリカは躊躇いなく頷いて答えた。


「もちろん本気です。アリーシャとの勝負では力を発揮することができず負けてしまいましたが、マサヨシ様と一緒に戦うとなればもしかしたら……」


「何度やったってうまくいくわけないだろ。俺が一緒だからとか、そんなの関係なくあいつは何もできないまま終わる」


 今日のアリーシャとの戦いを見れば誰でもそう思うだろう。

 なにせ、リュンは戦うどころか一歩も動けなかったのだから。勝負をするとかしないとか、そう言うレベルじゃない。リュンに戦いは向いていないとしか言いようがない。


 だが、ユーリカは考えを変えるつもりはないとでも言うかのように微笑むだけ。


 その様子に違和感を覚える。


 いや、違和感という意味で言えば、アーレンたちがこの村にやってきたときからそうだった。


 ユーリカは村人に信頼を寄せられている。ユーリカが言う言葉であれば、根拠なんてなくても頷かせてしまうほどに。


 だから、あの場で俺が本当の勇者であるということも口にできたはずなのだ。それであの場を収めることも不可能じゃなかったはず。


 だがユーリカはそれをしなかった。

 それどころか、勝負を推奨し、証人になるとまで言いだした。まるで俺とアーレンが戦うのを歓迎するかのように。


 この戦いを利用しようとしているのはもはや疑いようがない。

 そしてユーリカがそうしようとする理由はひとつしか考えられなかった。


 だからこそ俺は口を挟まないわけにはいかない。


「たとえ戦ったとしても、あいつがどうにかなるとは思えない。ただ無意味に自信を失くすだけだ。それはリュンをただ貶める結果にしかならない。それがわかっているのに、それでもやらせるっていうのか、お前は。あいつがただ悲しむだけだっていうのに」


 それを無理やりやらせるというのは、それはもはや思いやりでも何でもない、ただの嫌がらせでしかない。


「あの子は私にはない才能を持っているんです。それを、自信がないからという理由で捨て置くのは許されません。あの子はやれば出来るんです。ただやり方を知らないだけで。それを教えるためならば、私はどんな試練だろうとあの子に科します」


「無理強いしたところで力が発揮できると思うか?何より、あいつはアリーシャに負けたことで今どん底にいる。自信なんて一欠片もない。そんな奴がまともに戦えるわけがない。結局また同じ繰り返しになるだけだ」


 負けて、自信を失って、見ない振りをする。

 そこに成長なんてあるわけがない。それを繰り返してきたからこそ、今のリュンがいる。

 そう言ったのは他でもない、ユーリカだ。


「マサヨシ様をこの村にお呼びした理由は魔王を倒す力をお渡しするため。そしてその力はリュンが持っている。リュンに自信をつけさせることはあの子のためでもあり、ひいては世界に平和をもたらすためでもある。どうして反対されるのか、私にはわかりませんね」


「……話にならないな」


 ユーリカは頑なだった。

 何を言ったところで聞いてもらえる気がしない。


「マサヨシ様はいつからあの子にそんなに優しくなったんです?」


「優しくしているつもりなんてないししてやるつもりもない。ただお前のやり方はおかしいって言ってるんだ」


 いくら嫌いな奴でも、無意味に傷つけられるのを黙って見ていられるほど性根は腐っちゃいない。


 それに、これは俺が蒔いた種でもある。


 アーレン達にパーティを抜けろと言われた時、もっとちゃんと話し合っていればこんなことにはならなかったかもしれない。

 さっきにしても、もっとうまく立ち回っていればこんな大事にはならなかったかもしれない。


 だから、関係のないリュンを巻き込むのは気が引けるというだけだ。

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