第四十九話 どっちが本物?

「勇者様がお二人とは、一体どういうことでしょうか」


 なんというか、ややこしいことになってきたな。

 勇者第一主義のアリーシャからしてみれば当然納得できる状況ではないだろう。


「勇者様が二人……?」


 そんな声が集まっていた何人かの村人からちらほら聞こえ始める。


 一応大っぴらに公言したわけではないが、このリーフブリーズの村において俺は勇者ということで認識されていた。

 かといって何か特別な待遇を受けていたわけでもないが。多少なり余所者に向けられる目が緩和されたくらいか。


 だからこそここにきてこの疑惑は正直しんどいものがある。

 教会認定の証明を持っているアーレン達の方が圧倒的に説得力があるからだ。


 そのせいか、アリーシャの向けてくる俺への視線には厳しいものが混じっている……ような気がした。


「落ち着きなさいアリーシャ。あなたが発言していい場ではありません」


 ユーリカに対して頭が上がらないはずのアリーシャだったが、この時だけは引き下がらなかった。


「ですがユーリカ様。勇者を名乗る人物が二人ということは、どちらかが嘘をついているということに他なりません」


 俺は自分から名乗ったわけじゃないんだが。とてもそんなことを挟める空気じゃない。


「神聖なる勇者様の名を騙ること、それは命をかけて魔王と戦ってくださる勇者様に対しての何よりの侮辱です」


 もっと言ってやってほしい。

 だが、アーレン達はそんなことを気にした様子もなく、平然とアリーシャの言葉を聞いていた。

 果たして彼らにアリーシャ達を欺いているという自覚はあるのだろうか。ないんだろうなぁ……。


 アリーシャの言葉にアーレンが答える。


「誰と勘違いをしているのかわからないけど、僕たちは本物の勇者パーティだ。勇者の証である教会からの十字飾も持っている。これが何よりの証拠じゃないかな」


 アリーシャが俺を見るが、当然俺はそんなもの持っていない。

 証拠という意味ではアーレン達の方が優勢なのは間違いなかった。


 そこでようやくアーレンは俺に視線を投げてきた。


「それに、普通に考えてこんな農民くずれのこの男が勇者な訳ないじゃないか」


 アーレンは完全に俺を舐め切っているようだった。ゴブリー達も仕方ない人間を見るような目で俺を見ている。

 お前らにだけはそんな目で見られたくないんだけど。


 だが、ここで殴りかかったらそれこそ俺が嘘をついているのがばれて逆上していると捉えられかねない。


 何よりここで声を上げることはアーレン達にとって有利にしかならないとわかっていた。


 俺の武器は勇者としての特殊な能力だけ。それ以外に俺を勇者だと証明できるものはない。

 ユーリカはそれを知っているし、アリーシャも目の当たりにしているからこそ、俺とアーレンの双方を疑っているのだろう。


 だからこの場はユーリカのしようとしたようにあっさり流した方がいい。そうすればどちらが本物の勇者なのかは自ずとわかる。


 だが、そうはなりそうになかった。


「私は勇者様の力を目の当たりにしました。ですから正直に申し上げると、あなたが偽りの勇者であると思っています」


 アリーシャの瞳は俺ではなくアーレンを捉えていた。


 なんだろう、ちょっと嬉しい。これまでまともに味方をしてくれる人がいなかったからかもしれない。


 だが、俺を完全に無いものだと思っているアーレンはあくまで強気に言い返す。


「教会の証を持つ僕が偽物だと、君は言うわけだね。もし僕が本物の勇者だったなら、君は全人類の命を背負って立つ勇者を侮辱したということだけど、それでもいいのかな」


「そ、それは……」


「まともに装備もつけていない、それどころか武器の一本すら装備していない彼が勇者だと信じられる要素なんてない。君は騙されているんだよ」


 アーレンの言葉に周りの村人の視線がアリーシャに突き刺さる。それだけでも、村人のほとんどは俺の方が偽物だと思っているのだというのがわかってしまう。


 さすがに俺を庇おうとしているアリーシャをこのまま敵意ある視線に晒し続けるわけにはいかなかった。


「いい加減にしろ、アーレン」


 待ってましたと言わんばかりにアーレンが笑みを浮かべる。


「いい加減にしてほしいのはこっちなんだけどね。君がこんなところにいたおかげで余計な疑惑をかけられて本当にいい迷惑だよ」


 明かに挑発するような言葉をアーレンは使っている。

 当然乗ってやる気はないが、話に加わった時点でアーレンの思惑にはまってしまっているのであまり意味はない。


「でも、こんな偽物がいたんじゃ旅の邪魔になる。だから、どちらが勇者であるか白黒はっきりつけようじゃないか。彼女の言う勇者としての力が本当に君にあるのなら、それを証明して見せればいいだけだしね」


 アーレンの言う通り、俺が勇者であることを証明するためにはその力を見せるしかない。そしてそれを確認するのに一番手っ取り早い方法は直接戦うことだ。


 アーレンは俺と戦いになれば絶対に負けないと確信している。だからこそ戦う方向に持っていきたかったのだろう。


 俺の持つ野菜武器化の力は確かに計り知れない。トロールもユーリカの化ていたドラゴンもほぼ一撃で倒せるほどだ。

 だが、対人戦においては違う。


 たとえドラゴンすら一撃で倒せるほどの武器があっても当てられなければ意味がないし、何より攻撃する前に倒されたらそれで終わりだからだ。


 その点において、俺がアーレンに勝てる見込みはほぼないといっても間違いじゃない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る