第四十七話 負け続けるもの
ユーリカに連れられて外に出る。
「で、どうするんだ?」
当然リュンのことである。
そもそもリュンをアリーシャと戦わせたのは、勝って自信をつけさせる目的があったからだ。
結果は言わずもがな、自信をつけさせるどころかリュンは意気消沈してもう浮かんできそうにもないほどに落ち込んでいる。
今日の勝負は完全に逆効果だったわけだ。
そんな思いを込めての問いかけだったのだが、ユーリカは特段気に留めた様子もなく微笑んでいるだけだった。
「そうですね。マサヨシ様と一緒に努力すればもしやと思ってはいたのですが、やはりあの子には少々荷が重すぎたようです」
少々どころじゃないと思うけど。
ユーリカの次に魔法に長けていると言われているアリーシャに、火球しか使えないリュンが挑むのは元々無謀だったかもしれない。
それは薄々感じてはいたし、ユーリカであればなおさらわかりきっていたことだろう。
「だからどうするんだって聞いてるんだ。このままじゃ二ヶ月ちょっと後に俺と旅に出るのはアリーシャになる」
「そうですね」
他人事のように答えるユーリカに違和感を覚える。
「そうですねって……勇者のお供にならなきゃ立ち直れなくなるって言っていたのはお前だろ。このままじゃ部屋から出てこないかもしれないぞ」
付き合いは短いが、リュンの落ち込みようはこれまでで一番振れ幅が大きい気がする。
アリーシャと戦う前までは落ち込んでいてもおちょくるようなことを言えば反論くらいはしてきたのに、今はうんともすんとも言わない。
心が折れてしまった可能性は否定できない。そうなればもう自信をつけさせるなんて夢のまた夢だろう。
だが、ユーリカはあっけらかんと口にした。
「あの子は立ち直りますよ。寝て起きればまた元に戻ります」
「そんなことないだろ。だってあんなに……」
「大丈夫です。でも、だからこそ大丈夫じゃないんです」
「……どういうことだ?」
ユーリカのいっていることが分からず首を傾げてしまう。
そんな俺を見て、ユーリカはゆっくりと言葉を紡いだ。
「あの子がアリーシャに負けることはわかっていました」
負けることがわかっていたということは、自信を失うであろうことも見越していたということだ。
それじゃあユーリカの元々の希望と真逆のことをしていることになる。
「わかってたならどうして……」
俺がその続きを言う前に、ユーリカが首を振って遮った。
「あの子は戦う前から負けていたんですよ。勝負をすることが決まってからあの子が考えていたこと……なんだかわかりますか?」
「……いや」
なんとなく想像はできるが、俺はそう答えた。
「私は弱い。私は負ける。私は勝てない。私は何もできない。私は駄目な人間なんだ……そんな、後ろ向きなことばかりです」
ユーリカといえど人の心を読むなんてことはできないだろうが、今のリュンを見ればユーリカの言っていることは間違いじゃないような気がしてしまう。
「あの子は負けることが癖になっている。そうなって当然だと思い込んでいるんです。だから、今日の勝負で負けたことからもすぐに目を逸らしてしまう。自分の中でなかったことにしてしまうんです。そうすれば、痛くありませんから」
そこで、ユーリカの言っていた言葉の意味を理解する。
誰かに何かで負けた時、悔しさをバネにして次に生かそうとする人がほとんどだろう。それが本気で負けたくないものだったらより一層努力するはずだ。
だが、リュンはそれをしない。
その根底にあるのは、どうせやっても自分は駄目なんだという逃げの心だ。
そして、そう思ってしまう原因は自分を信じることができないからに他ならない。
だからこそユーリカはリュンに自信をつけさせようとしているのだ。
「あの子の自信のなさは折り紙付きです。どんな小さなことでも、少しでも無理だと思えばすぐに諦めてしまう。だからこそ、マサヨシ様にお手伝いをお願いしたんです」
「…………」
「マサヨシ様がいなければ、あの子は勝負をすることもなく逃げ出していたでしょう。あの子がアリーシャと向き合えたのは、自分と対等に接してくれるマサヨシ様に失望されたくなかったから。それだけです」
今もそうだが、勝負が決まった日もリュンは布団にくるまって泣いていた。そのあといつもと変わらないやりとりをしたので気にしなかったが、何もしなければあのままずっと泣き続けていたとでもいうのだろうか。
でもそれはなんだか想像できなかった。
元気に言い返してきたあの姿を見ているからなおさらに。
「その思いをバネにして努力をすれば、少しでも自信を持ってくれるかもしれないと思ったんです。騙すつもりはありませんでした。申し訳ありません」
そう言ってユーリカは頭を下げるが、どうにも怒る気にはならなかった。
その時だった。
「ユーリカ様!大変でございます!」
ローブ姿の壮年の男が大慌てでこちらに向かって走ってきた。
「どうしたのですか?」
相当急いで走ってきたのか、両膝に手をついて何度か深呼吸をして呼吸を整えると、男は焦った様子で言った。
「ゆ、勇者様が……勇者様御一行がお見えになられました……!!」
その名前を聞いた途端、俺の中に嫌な予感が広がっていった。
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