第四十六話 真実は残酷
「ファイアボール!!」
リュンが魔法を放つのと雷槍が当たるのはほぼ同時だった。
土埃が巻き上がったかと思うと、雷槍の残滓が迸って辺りに散らばる。
もうもうと広がる土煙でどうなったのかは窺い知れないが、誰もがアリーシャの勝利を疑わなかった。
だが、ユーリカは勝負の終了を宣言しない。
ギャラリーから困惑した声が広がる中、土煙の中から突然火球がアリーシャに向かって飛び出した。
速度はさっきよりも遅く、弾数もひとつだけだが、今までで一番大きな抱える程もある火球。おそらく雷槍で貫いても簡単には消えないだろう。
リュンが最後の力を振り絞って撃ち出したものだと言うのは誰の目にも明らかだった。
だが、アリーシャに動揺はない。
「アクアシュート」
アリーシャが唱えると、杖の先から水の球が放たれ、火球へ向かって飛んでいく。
大きさはリュンが撃った火球とほとんど同じ。
火は水に弱く、それは魔法においても変わらない。
火球は水球に当たると、水蒸気を上げてすぐに消え去ってしまった。
だが、違う。
リュンの狙いは魔法で倒すことではない。
「!?」
火球と水球が消え去った後、突如としてアリーシャの前にリュンが姿を現した。
大きな火球で視界を塞ぎ、その間に接近していたのだ。
突然のことにアリーシャは動けない。
魔法使い同士で戦う場合のセオリーにはない行動なのだから困惑するのも当然だろう。
アリーシャが優等生であればあるほど、そんなことは絶対にあり得ないとよく分かっているはず。
魔法で劣るリュンが付け入る隙はそこしかなかった。
氷を溶かすために自分に向けて火球を撃つとは思わなかったが。リュンは俺が思っていたよりもずっと、この勝負に対して真剣だったのかもしれない。
「これで……!!」
大上段に構えた杖を勢いよくアリーシャに振り下ろす。
「っ!!」
リュンの攻撃はアリーシャが咄嗟に杖を前に出したことで防がれてしまう。
だがそれすらも囮だ。
防がれるのと同時にすぐに杖を手放し、リュンはアリーシャの懐に潜り込む。
「なっ!?」
まさか杖を捨てて殴りにくるとまでは思わなかったのか、杖を掲げた状態のままアリーシャは動くことができない。
最後の力を振り絞り、リュンは固く握り込んだ拳をアリーシャの鳩尾目掛けて突き出した。
「かはっ……」
えづき、その場にくず折れるアリーシャに、リュンが懐にもっていた短刀を向ける。
ユーリカが決闘の終了を告げたのは、そのすぐ後のことだった。
ーーー
「っていうシナリオだけは完璧だったんだけどなぁ……」
「…………」
ベッドにくるまってすすり泣いているリュンにそう話しかけてみるが、当然返事は返ってこない。
それもしょうがないといえばしょうがないかもしれない。
あれだけ情けない負け方をすれば泣きたくなるのも無理はない。
窓からすでに真っ暗になっている外を眺めながら、今日の出来事を振り返ってみる。
現実は実に残酷なものだった。
ユーリカが勝負開始の宣言をするなり、アリーシャの放った雷の槍がリュンに命中して終わり。ほんの数秒の出来事だった。
一応魔法を囮にして物理で殴りにいくという作戦自体は立てていたのだが、リュンが人の大勢いる場の空気に飲まれて勝負どころではなかったというのが一番の敗因だろう。
そもそも魔法を避けられたとしても殴り合いの喧嘩をしたことすらないリュンがまともにアリーシャを殴りに行けるかという問題もあったが。
まぁもともと勝てる確率はほぼないに等しかったし、俺もリュンがあの場でおどおどし始めたあたりから半ば諦めていたのでそこまでの落胆はない。
どうしようもなかった。今日の勝負を振り返った時の感想はその一言に尽きる。
一応勝負は勝負なので、不本意ながらアリーシャが俺の仲間になることが決まってしまった。
魔法は確かにすごいがその代わり勇者絡みだとかなりイカれてるのはこの間のやりとりで知っているので正直不安しかない。
で、それを受けたリュンの反応はもはや言うまでもない。
「マサヨシ様、少しよろしいでしょうか」
声のしたほうを見てみると、ユーリカがドアから顔だけを出しているのがわかった。
リュンはその声にびくりと反応したが、布団にくるまったまま出てくる気配はない。
ユーリカの孫であるにもかかわらずあっさり負けたので顔を合わせづらいのだろう。
そんなリュンを横目に見ながら、俺はユーリカの元へと向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます