第四十三話 癒しはここにある
ユーリカと別れて屋敷への帰り道。
脇道に逸れて少しだけ森の中へと足を踏み込むと、昨日と同じ開けた場所に薄緑色の髪の少女が一人、何をするでもなくぽつんと佇んでいた。
俺に気づくと、どこか眠たげな瞳を向けてくる。
「待ったか?」
そう声をかけると、ローズはゆっくりと首を横に振った。
「……待って、ない」
感情のこもっていない抑揚の声なので、本当かどうかはわからなかった。
だが、二人分のスコップと水が満タンに入っているジョウロが準備されているのを見る限り、楽しみにはしていてくれたようで少し安心した。
肩に背負ってきた肥料を地面に置くと、ローズは興味深そうにそれをみつめた。
「……これが、肥料?」
「ああ。これをここ土に混ぜ込めば、一応育つようになるはずだ。それと、どうせならと思ってこれも持ってきた」
そう言って、俺はポケットから種を取り出す。
ローズの持っている種が何なのかはわからないが、どうせ畑を作るなら色々育てたほうが楽しいだろうと思ったからだ。
ローズに袋を渡してやると、まるで初めて見たように興味深そうに隅々まで見ている。
「……何の、種?」
「俺も何の種なのかはわからないんだ」
というのも、リーフブリーズの村でもちゃんとした作物の種は売られていたのだが、その中で何が育つかわからないランダム種というものがあって思わず買ってしまった。
ローズの持っている種も何なのかわからないので丁度いいだろう。
何かわからないという言葉に興味をそそられたのか、ローズが瞳を輝かせたように見えた。表情に乏しいのであくまで俺の主観でしかないが。
「よし、じゃあ早速やるか。まずは土を掘り返すところからだ」
ーーー
作業はおよそ一時間くらいで終わった。
土を掘り返して混ぜるという単純作業のうえ、もともと作ろうとしている畑のスペースもそんなに大きくはなかったし、何よりローズの作業量が半端なかった。
硬くてなかなかスコップが入っていかない場所でも大人顔負けのパワーでざっくざっくと掘り進めていく様子はまさに圧巻の一言だった。
一息ついて額の汗を拭うと心地よい気怠さが体に広がっていく。
やはり俺はこうして畑をいじっているほうが性に合っているのだと再認識させられた。
「あとは水と肥料をやり続ければちゃんと育つはずだ」
そう声をかけると、ローズはどこか満足げに頷いた。
とりあえずやることもなくなったので帰ろうと立ち上がると、ほとんど一言も喋らなかったローズが初めて自分から口を開いた。
「……待って、お兄ちゃん」
「なんだ?」
「……どうして、わたしなんかに親切にしてくれるの?」
ローズを見ると、眠たげな瞳が俺をじっと射抜いていた。その目には、俺の真意を探ろうとするような、そんな色が浮かんでいるような気がする。
確かに言われてみれば突然知らない人に親切にされたわけだから、ローズ的には不審に思ってもおかしくはない。
当然俺にそんなつもりは全くないが、犯罪が跋扈するこの荒んだ世の中ではそう思われても仕方ないのかもしれない。世知辛い世の中だぜ……。
「別に、親切ってわけじゃない。単に俺がそうしたかっただけだからな。自分が好きなものを誰かに好きになってもらえたら嬉しいだろ?」
カブの村の子供たちは畑仕事を手伝いはするが、好きでやっているようなやつはいない。あくまで家事手伝いの範疇でしかないからだ。
だからローズのように自分から進んで畑仕事をするような子は珍しい。
「…………?」
よくわからないというような顔をされた。
「お前も好きなことのひとつやふたつあるだろ?それを誰かと共有できたら楽しいって話だ」
こういうのは説明を聞くよりも実感したほうがわかりやすいだろう。
「よし、じゃあ試しにお前の好きなことを言ってみろよ。俺がそれを好きになる努力をしてみるから」
そう問いかけると、ローズは腕を組んで考え始めた。
視線をあちこちに彷徨わせてなんとか捻り出そうとしているようだが、なかなか返事は返ってこない。
俺がローズくらいの歳の頃はそれはもう好きなことに溢れていたのだが、この荒んだ世の中は子供の夢すらも奪い取ってしまったというのだろうか。
なんてアホなことを考えていると、ぽんと手を打ったローズは口を開いた。
「……お話を聞くのは、嫌いじゃない」
「また絶妙なところを攻めてきたな」
無口なローズらしいといえばそうなのかもしれないが、話を聞くことを共有するって一体どうすればいいんだろう。
誰かの話を聞くのは嫌いじゃないが、とりわけ好きというわけでもない。どちらかといえば自分が話さなくていいから楽くらいの気持ちが強い。
だが、せっかく一生懸命考えて捻り出したローズの答えだ。人生の先輩としてここでおざなりにするわけにはいかない。もしかするとここがローズの何かしらのターニングポイントになるかもしれないのだ。それはさすがに傲慢か。
「とりあえずものは試しだ。なんか話してみろよ」
聞くことを楽しむ努力をしてみようという心構えを作ってローズの言葉を待つ。
が、言葉は一向に返ってこなかった。何か話そうとして口を開くが、すぐに閉じてしまうのを繰り返す。
結局みつからなかったのか、どんよりした表情でこぼした。
「……どんな話をすればいい?」
「そこからか。なんでもいいんだよ。昼間あったこととか、明日の天気とか、どんなことをしたいだとか」
「……昼は何もしなかった。明日の天気はわからない。明日したいことは特にない」
会話が終わる。
コミュ障度合いでいえばリュンより酷いかもしれない。あっちは会話の内容があってないようなものだが、こっちは内容しかなくて事務的すぎる。
ここは適当な話をしてお手本を見せたほうがいいか。
「わかった。じゃあ俺が話をするからどんな風に話せばいいかちゃんと聞くんだぞ」
ーーー
数分後。俺はローズの前で膝を着いて大泣きしていた。
「あいつは俺の何もかもを奪っていったんだっ……!!平和な日常も、村の人たちとの信頼も、俺の未来さえも……!!一日にして全てぶち壊していったんだ……!!」
「……大変だった」
「わかって、くれるのか……?」
「……わかる。わたしだったら、耐えられない」
そう言って手を撫でさすられると、再び俺の目から大粒の涙がぽろりぽろりと流れていく。同時に俺のストレスが全て洗い流されていくようだった。
この子、めっちゃ聞き上手なんだけど……!!
もはや俺はさっきまでの流れなんて全て忘れてただ心中に溜まった不満をローズに聞いてもらうだけとなっていた。
大の大人が少女に慰められているなんて、本当に俺は一体何をやっているんだろう。どっちが大人なのかわかったもんじゃないね。
ふと我に返った俺は、涙を拭いて立ち上がる。
「悪かったな。当初の目的も忘れて愚痴っちゃって」
「……話を聞くの、好きって言った。それに、お兄ちゃんの役にたてたのなら嬉しい」
「それだ。その気持ちこそ、まさに俺がお前に親切にした理由だ」
はっとしたように、ローズは自分の胸に手を当てる。どうやら何かしらの気づきがあったらしい。
それっぽい流れになったからそれっぽいことを言っただけだが。
「……なんとなく、わかったかもしれない。ありがとう、お兄ちゃん」
そういうと、ローズは立ち上がってうっすらと微笑みを浮かべる。
「……よかったら、また話をしに来て欲しい。待ってるから」
その表情は、なんだか今にも消えてしまいそうにみえて。
「わかった、また来るよ」
俺は反射的にそう答えていた。
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