第四十二話 酷ぇ魔女

「そうとわかれば悠長にしてはいられません」


 ぐっと拳を握り込むと、アリーシャはさっきとは打って変わって機敏な動きで踵を返そうとする。


「おい、どうする気だ?」


「特訓します」


「特訓て……」


 なんの勝負をするつもりなのかはまだ聞いていないが、おそらく魔法対決あたりが妥当なところだろう。


 だが、そうなると今ですらアリーシャが圧倒的優勢なのに、その上特訓までされた日にはリュンに勝ち目なんてないだろう。


 一週間で何ができるわけでもないだろうが(それはリュンに対しても同じだが……)心持ちには影響があるかもしれない。


 一応俺の立場的にリュンの味方をしなければならないような気はするのでやんわりと頑張らないように言っておくべきか。


「いや、しなくてもいいんじゃないか?今のままでも負けることはないと思うぞ」


 率直な感想を述べてみるが、アリーシャは首を振った。


「勇者様の人柄を知って、私はこのお方に絶対についていこうと決心しました。ですから、たとえ負けることがない戦いであろうと、万が一がある限り油断はしません」


 どうやらアリーシャは妥協を許さないタイプの人間らしかった。


 元々魔法の才能も高かったのだろうが、そんな奴が努力までしてしまったらもう手に負えない。だからこそアリーシャは今の高みに立っているのだろう。


 どこかの大魔法使いさんが勝てるビジョンが何一つ見えてこないんだが。


「だから俺はそんなふうに思われるような人間じゃ……」


 否定しようとしても、アリーシャの耳にはもう届かない。


「申し訳ありません勇者様。村のご案内は一週間後、正式に勇者様の仲間に認められたらということでお願いいたします」


 そういって、失礼しますと行儀良くお辞儀をすると、アリーシャは颯爽と姿を消してしまった。


「アリーシャに気に入られたようですね、マサヨシ様」


 振り返ると、いつの間にかユーリカが立っていた。


「俺を気に入ったというよりかは単に勇者って存在に盲目なだけだろあれは」


「そうでもありませんよ。あれでいて相当気難しい娘ですから、気に入った人にしかああいう顔は見せません」


 気難しいのは間違い無いだろうが、どうにも掴みどころが無いという感じだ。

 もしかすると極度に普通の人間が嫌いなのもあのねじ曲がった真面目さの裏返しなのかもしれないが、考えてもわかるわけがない。


「で、お前は何しにきたんだ?」


「たまたま通り掛かっただけですよ」


 そういう割には随分とタイミング良く話しかけてきたような気もするが。

 じとっとした視線を投げてみるが、ユーリカはうっすらと微笑むだけだった。


「それで、どうされるおつもりですか?」


 一週間後の勝負についてのことなのは聞くまでもない。

 ユーリカは盗み聞きしていたことをもはや隠す素振りすらなかった。


「どうするっていったって、なるようにしかならないだろ。学校でもちょっとした騒ぎになってるし、アリーシャのあの様子からしても今更やっぱ止めた、なんてできそうにない」


「ですが、今のままでは間違いなくリュンは負けるでしょう。そうなるとマサヨシ様も困ったことになってしまいます」


「え、俺が?どうして」


 勝負と言ってもあくまで旅のお供にはどっちが相応しいかを決めるだけのものであって、命まで取られるわけじゃないだろう。


 ユーリカはにこにこと笑みを浮かべたまま言った。


「リュンが負けた場合、マサヨシ様には責任を取ってリュンと結婚を……」


「ちょっと待てや。今の話の流れからどうしてそうなっちゃうの?理解できない俺の頭がおかしいの?」


「いえいえ、単純な話ですよ。私がマサヨシ様の弱みを握っているからです」


「……この魔女め」


 要するにリュンが負けたら俺がリュンの杖の玉を貫いた=プロポーズしたということを公表すると言っているのだ。酷い。非道だし酷すぎる。


「冗談ですよ」


 冗談には聞こえないから恐ろしい。

 するとユーリカは少しだけ遠い目をした。


「今のあの子を支えているのは、もしかしたら誰かの役に立てるかもしれないという想いです。それすらなくなってしまったら、きっともう立ち上がれなくなる」


「…………」


 アリーシャとの勝負に負け、勇者の旅のお供にすらなれなかったとなれば、ただでさえ自信のないリュンがどうなるのかは想像に難くない。

 きっと落ち込んで、塞ぎ込んで、朝見たように縮こまって泣くのだろう。


「自分勝手なことをお願いしているのはわかっています。恨んでいただいて構いません。ですが、あの子にとって勇者の仲間になるということは最後の希望なんです」


 そう思うのであれば勝負自体をやめさせればいい。

 だが、わかっていてそれをしないということは、いずれリュンが乗り越えなければならない壁であることをユーリカ自身もわかっているからだろう。


 今日何度目かわからないため息を吐いた。


 お母さん、お父さん。僕もうおうち帰りたいです。

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