第四十一話 頭のネジが飛んでいる

 一日の授業を終え放課後になると、リュンは声をかける間も無く教室を出て行ってしまった。


 一日中俯いたままで授業も上の空、話しかけてもうんともすんとも言わないので放って置いたらこの有様だ。


 理由は言うまでもなくアリーシャとの勝負のせいだろう。


 勝つ自信がないというのは間違いないだろうが、あれほどまで落ち込む理由はなんだか他にもあるような気がする。


「勇者様、少しだけお時間をいただいてもよろしいでしょうか」


 そう言って話しかけてきたのはアリーシャだ。

 今朝と同じように柔和な笑みを浮かべながら首を傾げている。

 容姿がいいだけあってその仕草は可愛らしいものだが、昨日の俺に対する冷たい反応を見てしまっているのでただ薄気味が悪いだけでしかない。


「なんだ?」


「勇者様さえ宜しければ、この村をご案内させて頂こうかと思いまして。昨日きたばかりでまだ見て回ってはおられないのでしょう?」


 確かに昨日の昼にここにきてからすぐに学校に来て、そのままユーリカの屋敷に帰ったので村の中を見て回るような事はしていない。店に寄りはしたがそれくらいだ。


「まぁそうだけど。別に一人で回ってみるから問題無い」


 そう突き放してみるのだが、アリーシャがめげる様子はなかった。


「いえいえそう言わずに、どうかこの私にご案内させてください。たいしたものがある村ではありませんけれど、私しか知らない素敵な場所もたくさんありますので」


「何か裏でもあるのか?」


「裏、ですか?」


「だってお前の中では俺……というか、ただの人間とは話す価値もないんだろ?俺が勇者だからって突然親切にされても何も嬉しくないんだが」


 格好が貧相だから近寄らないようにしていたら実は大富豪で突然みんなしてお近づきになろうとする、みたいな卑しい話は聞いたことがある。今のアリーシャはまさにそんな感じだ。


「それに俺は昨日お前に殺されかけてるんだ。昨日の今日で仲良くできると思うか?」


 森を、ひいてはカブの村を焼き尽くそうとしたリュンでさえも未だに許しちゃいないというかむしろ憎らしさは日に日に強みを増しているくらいだ。


「俺は根に持つタイプなんでね。いまさら媚を売られたところでそう易々とは……」


 と、そこで俺は言葉を止める。いや、止めるしかなかったと言った方が正しいか。

 俺の目の前に立つアリーシャがぽろぽろと涙をこぼしていたからだ。


「媚じゃ……ない、です……だって、私は……」


 必死に目元をぬぐって止めようとするが、次々湧いてくる涙は止めどない。よくよく見てみると、目元は激しく擦ったように赤くなっている。それは今しがたできたものではないようだった。


 アリーシャの涙声に、教室に残っていた他の生徒たちの視線が集まってくる。

 ふんぞり返って座っている俺の前でぽろぽろと嗚咽を溢している少女。端からみたらどう考えても悪いのは俺だった。


「ちょっとこっち来い」


 アリーシャの腕を取ると、俺は視線から逃げるように教室を飛び出した。


ーーー


 学校を出てすぐあったベンチにアリーシャを座らせると、俺は腰に手を当ててため息をついた。


「なんなんだお前は。新手のいじめか?」


 人前で泣いて悪者にするなんて随分と高度ないじめと言わざるを得ないが、当然そういうことではないらしい。


 首をふるふると振った後、アリーシャは無理やり作った笑顔で俺を見る。


「そういうわけじゃ、ないんです」


「じゃあなんだ」


 少しだけ考え込んだ後、アリーシャは俯きながら溢すように言葉を紡ぐ。


「私の、小さい頃からの夢だったんです。立派な魔法使いになって、勇者様の仲間にしてもらうことが。私がこの世界で最も尊敬する、ユーリカ様のように」


「ユーリカ?」


 聞いたことのある名前が出てきて思わず聞き返してしまう。


「ユーリカ様は昔、とある勇者様の仲間として魔王と闘ったことがあるんです。あと一歩のところで破れてはしまいましたが、仲間のために戦う姿は気高いものだったと聞いています」


 魔王すら恐れる大魔法使いなんて触れ込みがあったのでなんとなく想像はしていたが、まさか本当だったとは。


 逆にドラゴンにすらなれるユーリカがいたパーティですら勝てないって、どれだけ魔王軍は強いのだろう。野菜武器なんかで勝てる気しないんだけど。

 魔王と戦おうというモチベーションは下がり続ける一方である。


「つまりお前はユーリカみたいになりたいから、俺の仲間になりたいって言ったわけか」

 

 俯くアリーシャに俺は再びため息をついた。


「言っとくけど、俺はお前が思ってるような勇者じゃないぞ」


「え?」


「昨日お前が言ったとおり、俺は武器がなければ何もできないただの普通の農民だ。例えば今お前が俺に魔法を打ち込んできたら俺には防ぐ術がない。何たって、俺の武器は野菜だからな」


「それは……」


 思ったとおり狼狽ていた。

 夢を壊すようで悪いが、現実とは非情なのである。


 俺はアリーシャの望んでいるような勇者ではないし、もし仲間になったところでいずれ幻滅されるのは目に見えている。それこそ、最初に俺の仲間になろうとした騎士アーレンたちのように。

 だったら今の段階で見切りをつけてもらった方が精神的にはいい。


 リュンに自信をつけさせるために協力してもらおうとも思ったが、さっきのアリーシャの願いはきっと純粋なものなんだろう。言葉の節々から本気なのが伝わってきた。

 だから、そんなアリーシャを騙したままで協力してもらうのはどうにも憚られるというのもあった。


「俺もお前も第一印象は最悪。加えて俺はお前の思っているような勇者じゃない。となればこれ以上媚を売ったところでお前にはなんの得もない。わかったか?」


「……わかり、ました」


 そう言うと、アリーシャはゆっくりと立ち上がった。


 だが、どういうわけか動こうとはしない。まさか期待させやがってこの野郎とか言って攻撃してきたりしないですよね。


 恐々としていると、突然アリーシャは俺の手を取ってギュッと握った。


「……素晴らしい」


「は?」


「勇者様は、やはり素晴らしいお方です……!!」


 なんでやねん。


「俺の話聞いてた?どこをどう解釈したらそういう捉え方になるの?」


 なんかこのツッコみどこかの誰かさんにしたような気がする。

 そんなことを考えているうちにも、アリーシャの笑顔はさらに輝きを増していく。心が汚れている俺にはちょっと直視できませんねぇ。


「やはり、私が間違っておりました」


「あ、わかってくれたか……」


「自らを貶めるような発言をすることで私の恥を軽くしようとする……そのような心の広い素晴らしいお方にあのような無礼を働くなんて……あまりにも恥ずかしくて、今すぐにでもここで自害したくなってしまいそうです……」


 なんかやべぇこと口走り出したんだけどこの人。


「ちょっと?何言ってんの?頭大丈夫?」


「勇者様、こんな心の卑しい私をどうぞお気の済むまで殴ってはいただけませんでしょうか」


「殴らねぇよ。待て待て待て待ておかしいから。え、ちょっと、えぇ……?」


 あまりにも酷い変わり身の仕方に思考がついていかない。


 リュンといいアリーシャといい、もしかして魔女という生物はこういう頭のネジがぶっ飛んでいるやつしかいないのだろうか。

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