第四十話 お前に決闘を申し込む
「旅のお供……て、まさか魔王を倒しに行く旅のことか?」
「はい。魔王を倒すためには、魔法使いの力が必要だという話をユーリカ様から聞いたことがあります。ですから、是非私を勇者様のパーティに入れて欲しいのです。どうか、お願いいたします」
そう言って再び頭を下げてくるアリーシャ。どうやら嘘でも冗談でもなく本気らしい。
いつの間にか俺の後ろに隠れているリュンが何かを言いたげに背中を突いてくるのを無視しながらどう返そうか考えていると、先にアリーシャが口を開いた。
「私の勝手な想像ですが、勇者様がこの村にいらしたのは魔王と共に戦う魔法使いの仲間を探すためではないでしょうか?」
当たらずも遠からずと言ったところだ。厳密にいえば結婚詐欺にあって無理やり連れてこられたようなものだが。結婚したくなければ魔王と戦えなんてどんな脅しだよと今更ながら思う。
俺の無言を肯定と受け取り、アリーシャは続ける。
「私はこの村ではユーリカ様に継ぐ魔法使いであると自負しております。三ヶ月後の最終試験さえ済ませれば、すぐにでもお役に立てます」
そう言うとアリーシャは意味ありげな視線を俺の後ろの方へ向ける。
俺の服の裾を掴んでいる手に力が込められたのがわかった。
「少なくとも、リュンさんよりはずっと勇者様のお力になれるはずです」
話題を振られたリュンはといえば、言葉を返すことも何か行動を起こすこともなく、ただじっと耐えるように黙ったままでいた。
俺に馬鹿にされたらキレ散らかすのに、毛色の悪い相手だと何もいえなくなってしまうあたりは流石陰の者と言わざるを得ない。
まぁ他の生徒たちも見ている前でこう責められれば気持ちはわからなくもないが、本当はユーリカすらも認めるほどの力をリュンは持っているのだ。まだちょっと信じられないけど。
だから、何かのきっかけでそれをリュンにも気付かせられればいい。そうすれば自信を取り戻すことだってできるかもしれない。
そしてそのきっかけは、今まさに目の前にあるような気がした。
「ちなみに、アリーシャは雷の他にどんな魔法が使えるんだ?」
「炎、水、土、風などの基本的な魔法と、治癒や解毒、身体能力向上など、他にも様々なものが使えます」
「……え、そんなに?」
思った以上に使える魔法が多くで驚いてしまった。
今朝ユーリカにちらっと聞いてみたのだが、魔法使いにはそれぞれ適正な属性があって、アリーシャの言ったような複数の魔法を幅広く使える者は多くないらしい。なかでも治癒魔法は僧侶の領分なので素質がないと使えないとかなんとか。
だとすればユーリカに継ぐと自負するだけはあるのかも知れない。
そこでふと思い至る。
もしかしてアリーシャを仲間にしたほうがいろいろと助かるんじゃない?
その時、後ろからものすごい力で腕を掴まれる。
「待ってくださいマサヨシさん。さっきあれだけ色々言っていたのになぜ迷いなく手を差し出そうとしているんですか?」
「違うぞリュン。俺は勇者だ。魔王を倒すために最適な判断をするのは当然のことじゃないか」
「マサヨシさんにはあたしと言う大魔法使いがついてるんですからもう魔法使いは容量オーバーですよ。マサヨシさんの細腕じゃ抱えきれませんよ」
「じゃあ今すぐその大魔法使い様とやらの力を俺に見せてみろよ」
「ふぐっ……で、でも、将来性はあたしの方が上で……」
「根拠の無い将来に世界の命運をかけられると思ってんのか」
「ふぐぐっ……で、でも、プロポーションはあたしの方が上で……」
「お前自分の体鏡で見たことないの?」
「…………」
何も言わなくなった。
どうやらアリーシャに勝てる部分が見つからなくなってしまったらしい。その喜怒哀楽の激しさだけは勝ってると思うよ。
俺とリュンが小声でやりとりしているのを見ていたアリーシャだったが、咳払いを一つすると神妙に頷いた。
「わかっております。ユーリカ様がリュンを勇者様のお供にすると仰っていることも。だからこそ勇者様も困っておられるのでしょう」
別に迷ってはいないのだが。
すると、アリーシャは体をかたむけて俺の後ろに隠れているリュンに会話の矛先を向けた。
「ですから、どうでしょうリュンさん。私とあなた、どちらが勇者様のお供にふさわしいか、勝負をするというのは」
俺たちの会話に聞き耳を立てていた生徒たちからざわめきが起こる。勝負をすること
よりも、アリーシャとリュンが戦うこと自体に驚いているような印象。ところどころからリュンへの嘲笑が飛び交う。
相変わらず黙り込んだままのリュンを無視して、アリーシャは続けた。
「あなたが本当に勇者様にふさわしいというのであれば、それを証明して見せてください。他の皆もそれを望んでいます」
アリーシャの言葉に背中を押されるように、他の生徒たちが囃し立てるような言葉をリュンへと投げかける。
「…………」
だが、やっぱりリュンは何も言わなかった。
「勇者様もリュンさんが本当に命を預ける仲間にふさわしいかどうか、確認しておきたいとは思いませんか?」
ユーリカはああ言っていたが、確かに半信半疑な部分はある。リュンの力はあくまで聞いただけであって、実際に見たわけではないからだ。
森で見せた自爆騒ぎでの片鱗も、果たして本当にユーリカが言うほどのものだったのか、ユーリカやアリーシャや魔法を見た今では怪しい。
ただ、いずれにしてもこれはリュンが乗り越えなければならない問題であるのは間違いない。
三ヶ月後の試験も、まさか筆記試験や面接試験だけで合格になるような簡単なものじゃないだろう。
アリーシャに勝てないまでも、今のように隠れるだけじゃなくて、面と向かってやり合えるくらいにはならなければいけない。それこそ、本気で魔王軍と戦うつもりがリュンにあるのなら。
だから俺は、アリーシャの言葉に頷いて返した。
「確かにアリーシャの言う通りだな。俺もお前が本当にすごい魔法使いなのか知りたいと思ってたところだ」
「ま、マサヨシさんまで……」
泣きそうになっているのは見なくてもわかるが、優しくしてやろうなんて気は俺にはない。
アリーシャとまともに戦うくらいはしてもらわないと、こんなところにまで来た意味がないというものだ。
「では、今日から一週間後に。勝負の内容については後日改めてご説明いたします」
アリーシャがそう言ったところで、教師が入ってきて、その場はお開きとなった。
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