第三十五話 朝のひととき
翌朝。
いつもの習慣のせいか、特にやることもないと言うのにかなり早い時間に目が覚めてしまった。
二度寝する気にもならなかったので、着替えて運動がてら外に出る。
朝特有のひんやりとした空気に、山の裾から姿を見せ始めた太陽の暖かな光を体に浴びてどこか満ち足りた気持ちになる。これだから早起きはやめられない。
「おはようございます、マサヨシ様。お早いんですね」
後ろから声が聞こえて振り返ってみると、魔導服に着替えたユーリカが立っていた。
太陽の光に目を細めると、俺と同じように新鮮な空気を大きく吸って、ほっと息をつく。
「そっちもな。何かやることでもあるのか?」
「年齢を重ねると、勝手に早寝早起きになってしまうものなんですよ」
「……なぁ、ほんとにリュンの婆さんなのか?いまだに信じられないんだが」
リュンよりもさらに小さい体に少しだけ大きい魔導服を来ているのでなおさら小さく見えてしまう。そのくせ大人の余裕とでもいえばいいのか、妙な落ち着きがあるため違和感がすごい。
俺の疑問は、ふわっとした笑顔で受け流されてしまう。どうあがいてもそのあたりの真実を教えてくれる気はないようだった。
「もしお時間がよろしければ、少し歩きませんか?」
ユーリカのその申し出を断る理由は今の俺にはなかった。
ーーー
村では俺たちと同じく早起きしている人たちはいるようだったが、当然多くはない。それこそ、爺さん婆さんがちらほら見受けられるくらい。そのあたりはカブの村とそんなに変わりはなかった。
「そういえば聞いてなかったけど、ここはカブの村からどれくらい離れてるんだ?」
転移魔法を使ってきたくらいだから目と鼻の先なんてことはありえないだろうが。
「そうですねぇ……一日中歩き続けたとしても、おおよそ一か月程度はかかるくらいでしょうか」
「それはまた随分と遠くまで来たもんだな……」
「はい。ただ、この村は秘匿された場所にありますから、歩きでこようとしても絶対にたどり着くことはできませんけどね」
ってことは歩きでは一生来れないと言うことだ。そうするとある意味貴重な経験をしていると言ってもいいのかもしれない。
そもそもカブの村と城下町とを行ったり来たりくらいしかしていなかったので、俺にとってはどこへ行こうと未知の場所だが。
歩きながら、ユーリカが話しかけてくる。
「リュンに自信をつけさせる糸口は何か掴めましたか?」
「何も。そもそもあいつと知り合ってまだ全然だからな。残念な奴だってことは間違いないだろうが、それ以外はなんとも」
「そうですか?私からしてみれば、マサヨシ様はもうすでにリュンの本当の性格を把握されているように見えますけれど」
「こんな短時間で理解できるほど他人ってのはわかりやすくできてないだろ。ちょっと話しただけで全部理解されるんだったら、そいつは余程の正直者か、ただのアホかだ」
「確かに、そうかもしれませんね」
そう言ってユーリカは微笑む。
その笑みになんだか心の内を見透かされているような気がしてしまう。
現に、今の俺の言葉をユーリカは間に受けていないようだった。信じられていない。自分の意見に自信を持っているようだった。
ふぅとため息をついて、俺は言葉を続ける。
「お前は自分の孫がアホだって言いたいのか?」
「そんなつもりはありませんよ。ただ、マサヨシ様と話している時のあの子はとても楽しそうですから。そしてマサヨシ様も、この村に来てからあの子にそういう気遣いをしていただいているような気がしまして」
「あいつに気遣いなんてしてるわけないだろ。いつもイライラしてるくらいだ」
「そういうことにしておきましょうか」
「あのな……」
だが、暖簾に腕を押したところで何かが返ってくるわけもない。無駄だと理解して俺は口を噤んだ。
「マサヨシ様に、見せておきたいものがあります」
「見せたいもの?」
俺が問い返す前に、ユーリカは既に歩き始めていた。
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