第三十六話 リュンの秘密②
ユーリカに連れてこられた場所はリーフブリーズの村の東にある荒れ果てたた荒野だった。
草も木も、何もない。ただ薄茶色の乾いた土が広がっているだけ。
その光景を見て、妙な物悲しさを感じてしまうのはなぜだろう。
「ここは?」
「ここには昔、一つの集落があったんです。今みんなが住んでいる村とはまた別の、五十人程度の小さな集落でした」
その光景を思い出しているかのように、ユーリカは荒地を見つめていた。
だが、集落があったにしてはあまりに何もなさすぎる。家の骨組みどころか、どこに家が建っていたのかすらも分からない。それほどまでに荒れ果ててしまっている。
とても集落があったようには思えない。
「どうしてなくなったんだ?」
「どうしてだと思いますか?」
ユーリカにそう問い返される。
集落がなくなる原因なんてそんなに多くはないだろう。
作物が育たなくなったとか、水を引けなくなったとか、魔物が近くに住み着いただとか。
もしくは、住む人が誰もいなくなったとか。
「魔物が近くに住み着いたってのが妥当なところか」
今俺がいる場所は、今の村の中心からはそれなりに離れている。このあたりに魔物が住み着いた所で影響はないだろう。
そもそも魔女が多いこの村で、魔物相手に遅れを取ると言うこともなんだか考えられないが。
ユーリカは俺の答えに首を振った。
首を振って、そして頭を下げる。
「すみません。失礼な問答でした。少しだけ、言葉を整理する時間がほしかったのかもしれません」
ユーリカのその雰囲気に、嫌な感覚が体を駆け抜けていった。
「今からお伝えする話は、村に住む者の一部しか知らない話です。聞いていただけますか?」
聞かないほうがいい話であることはなんとなくわかった。だからこそユーリカは話す前にこうして前置きしているのだろう。今のこの話の流れで、まさかいい方に話が転ぶわけもない。
俺はため息を吐いた。
「さっきの話の流れでいけば、その話はリュンに自信をつけさせることと関係があるんだろ?だったら俺に聞かないなんて選択肢はそもそも用意されてないような気がするけどな」
リュンに自信をつけさせ、一人前の魔法使いにしなければ、俺はリュンと結婚させられてしまう。
それを避けるためには、聞かないなんて選択肢はない。
それがわかっているはずなのに、ユーリカはあえて口にする。
そして、それをずるいと俺が思うとわかっているからこそ、こうして申し訳なさそうにしているのだろう。
少しだけ間を置いて、ユーリカは俺に向き直ると、はっきりと口にした。
「ここは、ある一人の魔法使いによって全てを消失させられた場所なんです。草木も、家畜も、水も、土地も、家も……そして、人も」
「…………」
「全てを消失させたその魔法使いの名は、リュン・リフラ・リィン」
ある程度予想できていたとはいえ、さすがに動揺は隠せなかった。
そんな俺を見ながら、ユーリカは言葉を紡いでいく。
「八年前、とある出来事がきっかけでリュンの中にあった膨大な魔力が暴走し、この集落全体を消し去ってしまいました。止める間もなく、一瞬にして、何一つなくなった。元からそこに存在していなかったかのように」
リュンと初めて出会った時の森での出来事が脳裏を過った。あれはもしかするとその片鱗だったのだろうか。
「とある出来事?」
「あの子の母親……リシアの死です」
そういえば、昨日の夕方にリュンの母親について聞こうとした時、ユーリカにうまく躱されたような気がしていた。
今思えばリュンの前で出せる話ではなかったのだろう。
「当時、リュンはこの集落でリシアと二人きりで生活していました。リュンの父親はリュンが生まれる前に死に、私もその時はこの村にいませんでしたから」
何かを思い出すような遠い目をしながらユーリカは続ける。
「リシアは病を患っていたんです。魔法でも治せない、不治の病を。年月が経過するとともにゆっくりと命を削っていく……そんな、どうしようもない病でした」
「その病気が原因で?」
ユーリカは首をゆっくりと横に振った。
「あと数年は持つと言われていました。ですが、幼いリュンにとってそれは母親の死を宣告されたも同然だった。だからあの子は治そうとしたんです。自分の魔法で、リシアの病を」
治癒魔法についてはあまりよく知らないが、治癒できる傷や病気には限度があるという話は聞いたことがある。少なくとも、不治の病を治せるほどの力はないだろう。
そもそも大魔法使いと呼ばれるユーリカですら治せないものを幼いリュンが治せるわけもない。
「でも、治せなかった。それどころか、制御を失ったリュンの魔力がリシアの体を蝕み……リシアはリュンの目の前で息を引き取った。錯乱したリュンはその内に秘めていた膨大な魔力を暴走させ……あとは先ほど話した通りです」
「…………」
「次に目を覚ましたとき、リュンは何も覚えていませんでした。ですが、母親と同胞の命を奪ってしまったという罪の意識だけは確かに残り、今もなおあの子の心を縛り付けている」
「それが原因でほとんどの魔法が使えなくなったってことか」
ユーリカは頷く。
「でも、本当にリュンにそんなことができたのか?まだ小さかったんだろ?」
「あの子の才能は本物です。八年前の時点で、私の魔力を遥かに凌いでいましたから」
「信じられないな……」
だとすれば確かにユーリカが勇者のお供にリュンを押す理由は納得できるが。
なんというか、いつものあいつを見ている限り、こう、本当に?という気持ちは拭えない。
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