第三十三話 とある少女との出会い

 余所者だからと不審がられるのも気分が悪かったのでリュンに買ってきてもらい、再び来た道を戻っていたその道中のことだった。


「…………」


「マサヨシさん?どうかしましたか?」


 ふいに立ち止まった俺にリュンが声をかけてくる。


「先に帰っててくれ。大した用じゃない」


「そうですか?わかりました」


 リュンが歩いていくのを見送ってから、脇道に入っていく。

 木が生い茂っている林の奥。ちょうど開けたその場所に、一人の少女が座り込んでいるのが見えた。

 ただ遊んでいるだけなのかもしれないが、どうしてか気になった。


「何してるんだ」


 俺が声をかけると少女が振り向く。

 サイドテールにした淡い緑色の髪に、シンプルなデザインのまっしろなワンピースを着ている。他の村人のような魔女っぽさは感じられなかったので、もしかすると魔法使いではないのかもしれない。


 突然話しかけてきたことを不審がるわけでもなく、どこか上の空のような顔をしたまま、少女の真っ赤な瞳が俺を捉えた。


「…………」


「聞こえてるか?」


 そう声をかけても少女は俺を見るだけで反応が返ってくることはない。

 無視しているわけではないのだろうが、無口とはまた違った妙な静けさが漂っている。


 ふと、少女が座り込んでいる前の地面が少しだけこんもりと盛り上がっているのに気づいた。

 掘った後に埋め戻して叩いたような跡。少女の手には小さなジョウロが握られている。

 それらが意味するところはひとつしかないだろう。


「なんか育ててるのか?」


 まだ芽は出ていないようなのでおそらく種か何かだろう。

 そこでようやく少女が口を開いた。


「……わからない、種」


「なんの種か分からないってことか」


 まだ作物についてよく知らなかった子供の頃は、手に入れたなんのものかわからない種をそこら中に埋めてよく親父を困らせたものだ。

 ただ、あの何が育つのかわからないワクワク感は未だに忘れられない。


「……でも、ずっと、水、あげてるのに、芽、出てこない」


「ずっとって、どれくらいだ?」


 思い出すように首を傾げてから、ゆっくりとした口調で答える。


「……三ヶ月、くらい?」


「三ヶ月も育たないならもう種が死んでるか、そもそも種じゃないな」


「………………」


 俺の答えを聞いて、じっと盛り上がった地面を見つめる少女。その背中にはどこか哀愁のようなものが漂い始めていた。

 妙な罪悪感が俺の背中にも襲いかかってきた。


 すると少女は、足元に置いてあったスコップを手にして土を掘り返し始めた。

 ある程度掘ったところでポケットから見たことのない黒い種を取り出し、そのまま埋めようとする。


「ちょっと待て。ただ埋めただけじゃ育つものも育たないぞ」


「…………?」


 どういうこと、と目が訴えてくる。


「見た感じここはあんまりいい土じゃないみたいだからな。何かを育てるなら、それに適した土じゃないと駄目なんだよ」


「……でも、ここがいい」


 人も来なそうな場所だからか、それとも何か思い入れがある場所なのか。

 いずれにしても、種を植える場所を変える気はないようだった。まぁ三ヶ月も根気強く水を上げ続けるくらいだから愛着もあるのかもしれない。


「それなら、肥料を用意するしかないな」


「……肥料?」


「土と一緒に混ぜて、土を良くするんだ。知らないのか?」


 小さく首を横に振る。


 少しだけ考えて、俺は言った。


「わかった。じゃあ俺が持ってこよう。今日はもう遅いから、明日のこの時間、またここに来れるか?」


 見ず知らずとはいえ、何かを育てたいという気持ちを持っている少女を放っておくことは出来なかった。


 一生懸命世話をして芽が出たときのあの喜びは何ものにも変えがたい。それをこの少女にも知ってもらえたら、それは俺にとっても喜ばしいことだ。


「…………」


 言葉には出さなかったが、小さく少女は頷いた。


「よし。俺の名前はマサヨシだ。お前は?」


「……ローズ」


「それじゃあローズ、また明日、この場所でな」


 それが、俺とローズとの出会いだった。

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