第三十二話 帰り道
ややあって教師も生徒も騒動が収まると教室へ帰ってきた。
教室の片付けを手慣れた手つきで済ませたかと思うと、すぐに授業も再開される。
あとで知った話だが、どうやらこういったことは魔法学校ではないわけではないらしく、そのため校舎は魔法が無効化される材質でできているらしい。アリーシャの放った雷が消滅したのもそのおかげということだった。
その
淡々と授業は進み、午後の授業だけだったので割とあっという間に放課後となる。
授業を受けた感想としては、俺の頭じゃ理解できないということがわかった。
魔法式やら古代文明やら術式の応用やら、農業に応用できるんじゃないかなんて考え自体浅はかだった。
教頭の言葉曰く、どうやら俺の頭はサル以下であることを認めざるを得ないらしい。でもまぁ別に理解しなくてもいいと思ってしまったから悔しくもない。
肝心のリュンはといえば、授業も真面目に聞いていたし、教師の問いにも小声ながら一応答えており、少なからず授業態度においておかしな点は見当たらなかった。
優等生ではないが、劣等生でもない。つまるところ普通。
だからこそ、どうして特定の魔法以外つかえないのかがよくわからないところでもあった。
ーーー
「お前、本当にファイアボールしか使えないのか?」
学校から帰る道すがら、隣を歩くリュンにそう問いかける。
「それはもしや、今日一日でマサヨシさんはあたしの隠された能力に気付き……」
「そういうの面倒くさいだけだから二度と口にしないでくれる?」
「言葉に容赦がなさすぎます……」
学校にいる時よりも随分と元気になったらしいリュンは俺の言葉を聞いて肩を落とす。
だがそれも少しのことで、そうですね、といって人差し指を顎に当てた。
「多分、できないことはないと思います」
「なんでそんな曖昧なんだよ」
やらないだけで本気になればできると言いたげだ。まるでまだ本気を出していないだけと言っているひきこもりのようである。
「その……試したことがないものですから」
「試したことがない?なんで」
「それは……」
言い淀むリュン。
だが、結局その答えを聞くことはできなかった。
「あら、マサヨシ様。おかえりなさい」
俺とリュンが歩いている道の傍から、ユーリカが姿を見せた。
長い髪を後ろで一本に結い、魔導服の代わりに普通のワンピースを着てその上にエプロンをつけている。
「それ、なんだ?」
ユーリカの手に持っているバッグを指差す。
「これは夕飯の食材です」
「夕飯の?」
ユーリカの家にはおそらく使用人であろう人間がわんさかいたはずだ。わざわざ自分で買い物なんかしなくても任せればいいのにと思わないでもない。
そんな疑問が顔に出てしまっていたのか、ユーリカは軽く首を振って答えた。
「私は家事をするのが好きなものですから。もちろん、食材の調達も含めて。毎日というわけではありませんが、時間の余裕があるときにはこうしてお店まで足を伸ばしているんです」
「そうなのか」
でもわからない気持ちではなかった。
自分で頑張って作った料理と、誰かに作ってもらう料理ではやはり満足度というか、充実感が違う。
野菜にしてみれば自分で作った野菜の方が美味しく感じるのと同じ感覚だろう。
ユーリカと合流して連れ立って歩き出す。
リュンは行きと同じく俺の半歩後ろを歩いていた。
「学校の方はどうでしたか?」
「もう行きたくない。正直行く意味は見出せそうにないな」
教師の言葉は全て呪文のように聞こえるし、書かれている文字も読めるものはほとんど無い。
一応一般的な文字の読み書きはできるが、きっと今日見たあれは農民が生きていくのには不必要な部類だろう。
俺の感想を聞いて、ユーリカが笑う。
「あらあら、一日目にして早速不登校ですか。それはよくありませんね」
俺には逃れられぬ事情がある以上、サボるなんてことはできそうにないのが悲しいところであるが。
「そういえば、あいつは結局どうしたんだ?」
「アリーシャなら心配ありませんよ。明日は普通に登校するはずですから」
「別に心配なんてしてないけどな。ただちょっと気になっただけで」
ユーリカに怒られたことがよほどショックだったようだし、それで面倒なことになるのは後味が悪くなるというだけの話だ。
それにしてもユーリカの弟子か。
俺の勝手な決めつけでしかないが、なんとなく直系の血筋の人間だけにするのかと思っていた。一子相伝みたいな。
大魔法使いと呼ばれる魔女はそうも言っていられないのかもしれない。
だが、そうすると少し不思議な点もある。
リュンの母親はどうしているんだろうという疑問だ。
「そういえば、リュンの……」
「マサヨシさん、ひとつだけお願いしてもよろしいでしょうか?」
言葉を言い終える前にユーリカに遮られる。
「お願い?」
「はい。今日はカボンチャのポタージュを作りたかったのですが、さすがに重いものですから断念していたんです。もしマサヨシ様さえよろしければ、買ってきてもらえないでしょうか」
カボンチャは外皮が硬く中身がオレンジ色の、子供の顔ほどの大きさのあるそれなりに重い部類の野菜だ。
煮付けや煮物なんかにすると美味しい。もちろんポタージュにも合う。
確かに他の買い物がある中で持って帰るには少々骨が折れる。
「わかった。買ってくる」
屋敷に帰ったところでやることもないし、夕飯を食べさせてもらえるというのだから断る理由はない。
「ここからそんなに離れておりませんので。店の場所はリュンが知っています」
そして、ユーリカと分かれた俺たちは元来た道を少しだけ戻ることにしたのだった。
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