第三十一話 師匠と弟子

「助かった……んですか?」


 俺の背後でリュンが呟くのを聞きながら、俺は手に持った杖を眺める。


 今はゴンボーウスピアへと姿を変えているそれの先端は、まるで熱した鉄のように真っ赤に染まり、先端から黒い煙を出していた。

 少しすると熱は放出され、再び毛の生えたゴンボーウに戻る。


「そんな……私の魔法を……なんで、ただの人間が防ぐことができるの……?」


「それは、この方が勇者様だからですよ」


 アリーシャの疑問に答えたのは、いつの間にか教室へと入ってきていたユーリカだった。


「ユ、ユーリカ様……!?それに、勇者って……」


「アリーシャ。高潔な魔女にとってもっとも大切な、そして決して忘れてはならないことが何かを、私はあなたに教えたはずです」


「そ、それは……」


 ユリーカに見つめられて、アリーシャは目を逸らす。だがそれでも、ユーリカが視線を外すことはなかった。その口から答えが出るのを待っているかのように。


 少しして、アリーシャが絞り出すように言葉を紡ぐ。


「高潔な魔女は、罪なき人を魔法で傷つけてはならない……」


「そうです。私たちが持っているこの力は強いものであるからこそ、弱き者を守る力でなくてはならない。自らの尊厳を保つために振るっていいものではありません。あなたがいましがたマサヨシ様にしようとしたことは、一体何を守るためだったのか、よく考えなさい」


「…………はい」


 アリーシャの言葉を聞いて頷くと、俺に向き直るユーリカ。


「怪我はございませんでしたか、マサヨシ様」


「それは大丈夫だけど、肝は冷えたな」


 怪我の光明じゃないが、リュンの杖にゴンボーウが刺さっていなかったら無事ではなかっただろう。見るからに攻撃力高そうな魔法だったし。まだ手が痺れている。

 ゴンボーウが杖の宝玉に突き刺さるあの出来事がなければそもそもこんなところにもいないわけであるが、まぁ今は目を瞑ろう。


「申し訳ありませんでした」


 深々と頭を下げるユーリカ。


「いや、別にあんたが謝るようなことじゃ……」


「アリーシャに魔法を教えたのは私ですから。弟子の失態は師の失態も同じ。どうかお許しください」


 直撃していたらどうなっていたのかを考えると一言二言言ってやりたい気持ちは確かにあったが、ほぼ関係ないはずのユーリカに頭を下げられてなお口に出すほどでもない。


「わかった。わかったから、やめてくれ」


「ありがとうございます」


「……っ」


 アリーシャが突然立ち上がったかと思うと、顔を手で抑えながら教室を出て行った。

 殺されかけておいて気にかけてやる義理は全くないが、一応ユーリカに声をかけてみる。


「いいのか?」


「あの子もリュンと同じ、三ヶ月後の試験をもって一人前の魔女となる立場です。このようなことは誰に指摘されるまでもなくわかっていなければならないこと。だからこそ……」


 そこまで言ってユーリカは首を振った。


「それよりも、リュン?」


「は、はひっ」


 呼ばれて、俺の後ろに隠れていたリュンがおずおずと顔を出す。完全に怒られる前の子供ムーブであった。ていうかさりげなく俺の後ろに隠れてんじゃねぇよ。


「自らの身を挺してマサヨシ様を守ろうとした姿、立派でしたよ」


「……え?」


 まさか褒められるとは思ってもみなかったというような反応。


「そ、そんな、あたしは当たり前の事をしただけで、別に褒められるような事じゃ……って、えぇ!?」


 嬉しそうに照れているリュンの頭の上に手を載せてやる。


「ま、マサヨシさん!?いきなり何を……って、いったっ!?」


「そうだな。褒めるような事じゃあないよな」


 リュンの頭を掴んでいる手に力を込める。


「あの、マサヨシさん?力の入れ方ちょっとおかしくないですか?どうしてそんな割れろと言わんばかりにお力をお込めになっておられるんですか?」


「お前、最後の最後で俺のことを盾にしようとしたよな?」


「え!?い、いやぁ、そんなことは……」


「魔法が放たれる瞬間、すかさず俺の背後に回り込んで背中をガッチリホールドしてきたのはどこの誰だろうなぁ?」


「ち、違うんですよ。あれはその……て、ていうか!マサヨシさんだってあたしを身代わりにして一人だけ逃げようとしてたじゃないですか!」


「あれは合意の上だっただろうが!」


「仮にも勇者ならか弱い女の子を一人置いて逃げるなんてあり得ないと思うんですけど!?」


「そういう言葉はか弱くなってから言えこの脳内お花畑」


「のっ!?」


「本当に二人は仲がいいんですねぇ。もういっそのこと結婚しちゃいますか?」


「「しないっ!!」」

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