第二十九話 僕の名は

 女教師の後についていくと、とある教室の前で立ち止まる。

 中から別の教師のものと思われる声が聞こえているため授業中であることがわかるのだが、女教師はなんの躊躇いもなく扉を開け放つと中へと入っていく。


 とりあえずついて教室の中へ入ると、二十人ほどの生徒の視線が俺に向けられた。

 そのほとんどは女子生徒のもので、男子生徒は三人しかいない。もともとアウェーでしかなかったのにさらに居心地が悪い。


「えー、今日からあなたたちと一緒にこの教室で学ぶことになったイラナイ・マサツグくんです」


「イーライ・マサヨシね?さっき教えたばっかりだよね?」


 俺の抗議も女教師は聞こえなかったかのようにスルーした。


「彼は我々とは違い何の特技も持たないただの一般人ですから、その辺りをよく踏まえた上で接し方を考えるように。わかりましたか?」


 はーいと口々に答える生徒たち。

 なんかもう紹介の仕方に悪意が透けて見えるようで突っ込む気にもならなかった。


「教頭先生、一つよろしいでしょうか」


 その時、とある女子生徒がピンと手を挙げた。

 ていうかこの女教師教頭だったのか。言われてみれば自分のこと何も話さなかったからわかるわけもないが。


 手を挙げた女子生徒は、腰まで伸びた長い金髪をツインテールに結んでおり、毛先がドリルのように渦を巻いている、高飛車なお嬢様のような雰囲気を漂わせた少女だった。


「なんですか、アリーシャ」


「どうして名誉ある魔法使いである私たちが、そのようななんの取り柄もない普通の人間……それも男と、肩を並べて学ばなければならないのでしょうか?」


 あきらかに歓迎されていない。

 まぁそれはこの学校に来てからずっとだが、こうもストレートに嫌悪感を示されるとさすがに嫌な気分にもなる。


「ユーリカ様のご指示です。それ以上もそれ以下もありません」


 ユーリカという言葉が出た途端アリーシャは口を噤んだ。ざわついていた周囲も大人しくなっている。

 どうやらユーリカはこの村ではそれくらい影響力のある人間らしい。さすがに魔王も恐れるという肩書は伊達ではないということか。


「では、もう一つだけお聞きします。その人間とリュンさんは一体どういうご関係なんですか?」


「ただの知り合い……」


「あなたには聞いておりません」


 俺が答えようとするとぴしゃりと遮られる。この人滅茶苦茶怖いんだけど。


 話の矛先がリュンへ向くと、教室内の視線が全てリュンへと注がれる。

 教室へ入ってからずっと俯いていたリュンだったが、相変わらず下を向いたままで答える様子はない。


 そんな様子は、これまでアホみたいな会話しかしてこなかったリュンとはまるで別人のようで違和感しか感じなかった。


 だが、教室内の空気はそれを許さない。答えるまで待つみたいな雰囲気がいつのまにか出来上がっている。アリーシャをはじめとする生徒たちの視線には、どこか好奇のようなものが混じっているように感じられた。


 リュンを見ると、小さく体が震えている。


 酷く簡単なことだ。ただの知り合いだと答えるだけでいいんだから。この際知り合いじゃなくてもいい。敵でも友人でもなんだろうと別に構わない。

 でも、それすらも答えられない理由が、リュンの中にはあるようだった。


 髪の毛の陰から見える表情は酷く悲しそうに見えて。

 それが、俺の心を酷くざわつかせた。


「どうなんですかリュンさん。ちゃんと答えてください」


「俺とこいつは別にどんな関係でもない」


「だからあなたには聞いていないと……」


「俺が話そうがリュンが話そうが返ってくる答えは同じだろうが。ただ時間を浪費してるだけだって思わないわけ?馬鹿なの?」


「馬っ!?たかが普通の人間の分際で、今私のことを馬鹿と仰いましたか!?」


「馬鹿に普通も普通じゃないもないだろうが。お前ら魔女の中にだって馬鹿っていう方が馬鹿だなんていかにも馬鹿な理論持ち出すような奴だっているんだぞ」


「そんな頭のおかしい人、私たちの中にはおりません!」


 いるんだよなぁ。

 俺の隣に立ってる奴がびくっと反応したようだったが気づかない振りをしておいた。


「大体俺とリュンがどんな関係だろうがお前には関係ないだろ。それとも何か、お前、俺かリュンのどっちかが好きだったりすんのか?」


「好!?」


 急に顔を真っ赤にさせるアリーシャ。


「どうしたそんなに顔を真っ赤にさせて。さてはお前、恋に恋するお年頃って奴だな?そういう話を聞くとつい興奮しちゃう思春期特有のあれだな?けったいなこと言ってる割には随分とうぶなんだな」


「…………」


 それを聞くなり、俯いて急に静かになったかと思えば、アリーシャはどこからともなく杖を取り出した。


「あ、アリーシャ!?やめなさい!!」


 教頭が叫ぶ間もなく、アリーシャの杖の先に光が集まっていく。

 この光景は前に一度見たことがある。忘れもしない、リュンが自爆魔法を使おうとした時と一緒だ。


 あれ、もしかしなくてもやばくない?


 まさかどこかのお馬鹿のように自らを巻き込むような自爆をすることはないとは思うが、他の魔法であっても相当まずい状況なのは変わらない。明らかに狙われているのは俺だ。


 今の俺の手元にはダイコーンもゴンボーウもニンジーンもない。要するに武器がない。

 今ここにいるのは紛れもないただの農民だけだった。

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