第二十六話 リーフブリーズの村
カブの村に戻って親父とお袋に数ヶ月の間外に出てくる事を報告した後、ユーリカに連れられてやってきたのはリュンと初めて出会った巨木の前だった。
「この巨木の中に、リーフブリーズへ向かう転移魔法陣があるんです」
そういってユーリカが巨木に手を触れると、いつか見たようにばっかりと巨木が割れるように開き、中には空洞が広がっていた。
恐る恐る入ると扉が閉まり、真っ暗になる。少しするとぼやっとした紫色の魔法陣が光り、足元を照らした。
「では、準備はよろしいですね?」
頷いて答えると、俺の視界は一瞬にして真白に染まる。
そして、次に目を開けた時には、大森林の中に広がる村が広がっていた。
「ここが魔女の故郷、森奥の村リーフブリーズです」
さすがに魔女の故郷というだけあって、道ゆく人々はほとんどが魔女だった。もちろん男もいないわけではないが、圧倒的に数は少ない。
外から人間がやってくるのは相当珍しいのか、道ゆく人にじろじろ見られながらしばらく歩いていくと、村の中でもとりわけ大きい屋敷の前に到着する。
どうやらここがユーリカの、そしてリュンの家のようだった。
ちなみにリュンはユーリカの前だといい子ちゃんを演じなければならないのか、ずっと黙ったままだった。喋ればボロしか出ないやつなのである意味正解かもしれないが、おそらくその努力は無駄だろう。滲み出るポンコツオーラは隠し切れていない。
「今あたしのこと馬鹿にしました?」
「してないしてない」
馬鹿にはしていない。ポンコツっていっただけで。
ていうか勘が良すぎる。
そんなこんなで屋敷の中に入ると来客用の部屋に通される。
来客用といっても部屋の中は相当広く、雑魚寝したらおそらくカブの村人全員が寝ても余るくらい。
田舎者の俺にはあまりに広すぎて落ち着かなかった。
やることもなく暇を持て余していると、ドアが数回ノックされる。
返事をすると、入ってきたのはユーリカだった。
「どうですか、魔女の村は」
「どうもこうも、本当に女だらけなんだな」
屋敷に入ってからも、使用人らしき人はほとんどが女だった。
はっきりいって居心地が悪すぎる。お呼びでないというか。これならカブの村のおっさん連中に囲まれて汗水流している方がまだマシだ。
「えぇ。ですからお気をつけくださいね」
「気をつけるって、何を」
「魔女の村では男性は特異な存在。いつ何時貞操を奪われてしまうかわかりません」
屋敷に来るまでにやたらじろじろ見られていたことを思い出す。
「冗談ですよね?」
「もちろん、冗談ですよ」
うふふと笑うユーリカの笑顔はとても冗談の様には見えなかった。
それにしては村人が俺を見る目がやけに厳しいような気もするが、一応気をつけよう……。
その時、控えめにノックが聞こえてきた。
「どうぞ」
ユーリカが答えると、扉を開いて現れたのはリュンだ。
自信なさげに俯きながら、服の裾を掴んでもじもじしている。
おずおずと入ってくると、視線に晒されて殊更顔を赤くした。
というのも、
「え、何お前のその格好」
リュンは、いつものヘソ出し寒々ルックではなかった。
フリルやリボンが至る所にあしらわれた、いかにもお嬢様といった感じの服。
元はいいので似合っていないわけではないが、中身を知っている俺としては違和感しかない。
「よく似合っているわよリュン」
そんなリュンをまるでお人形さんでもいじるかの様にちやほやするユーリカ。
なるほど、リュンのこの服はどうやらユーリカの趣味らしい。
一頻り堪能するとユーリカは真面目な顔になって俺を見た。
「それではマサヨシ様。早速で申し訳ありませんが、リュンに自信をつけさせるためのお手伝いをお願いしてもよろしいですか?」
「……まぁそのために来たようなもんだしな。でも具体的にどうするんだ?」
自信をつけさせる。
言葉にすると簡単だが実際にやろうとなると容易なことじゃないのはなんとなくわかる。俺に考えられるとすれば、魔物を倒すだとか誰かと特訓するだとかくらいしかないが……。
「リュンと共に学校へ行っていただきたいのです」
「学校?魔法学校ってやつか?」
その言葉にリュンがビクッと反応する。ユーリカの前だと本当に借りてきた猫だなこいつ。
確か三ヶ月後に控えている試験をクリアすればいっぱしの魔法使いになれるとなかんとかって話だったはず。
「今からでも午後の授業には十分間に合いますから」
「でも俺が行ってどうするんだ?外で待ってればいいのか?」
だったら行かなくても同じな気がするが、どうやらそういうことではないらしい。
「リュンと一緒に授業を受けてください。学校へは許可を取っておりますので」
「授業て……」
魔法の授業ってことだよな。
田舎育ちの俺が果たして理解できることだとは思えないが、若干興味はある。水系魔法とかだったら畑作りにも何か役立つ知識を得られるかもしれないし。
「わかった。どうせここにいたところでやることもないしな」
そんなわけで、俺はリュンと共に魔法学校へと向かうこととなった。
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