第二十一話 悪い魔法使い

「ちょまっ!?」


 勘がいいのか運がいいのか、ひょいと避けたリュンの顔先数センチを、地面から飛び出してきた何かが掠めていく。


「な、なんですか今の!?」


 空高く舞い上がった物体X。

 オレンジ色をしたそれは、よくよく見てみれば紛れもなくさっき俺がドラゴンに向けて投げたはずのニンジーンであった。


「ニンジーン……」


「ニンジーン!?あれニンジーンなんすか!?でもめっちゃ回転してますよ!?ドリルも真っ青なくらい高速で回転してますよ!?」


 リュンの言った通り今のあれはただのニンジーンではなかった。

 キュルキュルと嫌な音を立てながら超高速で回転している。いわばニンジーンドリルといったところか。


 ニンジーンドリルは空中で少しの間静止したかと思えば、すぐに引き返してきてリュンの元に向かってくる。


「ぎゃああああああああ!?こっち来る!!ニンジーンがこっち来るぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」


 逃げ出すリュン。

 が、ニンジーンはまるでリュンを狙うかのように空中で方向を変えると、まっすぐにリュンの元へと突き進んでいく。

 空気すらもぐちゃぐちゃにかき混ぜながら進むニンジーンドリルはまるで弾丸のように見えた。


 これらが示す事実はただ一つ。

 不発だと思っていたニンジーンは、ちゃんと俺の野菜武器化の能力によってドリルに変化していたということ。


 もしかするとこのニンジーンドリルこそがドラゴンを絶命させたのではないだろうかという想像が頭を過ぎる。

 そして、過ってしまえばもう思考を止めることはできなかった。


 投げる→地中を進む→ドラゴンの元へ到達→ドリルだから硬い鱗も突破可能→ドラゴンの体内へ侵入→心臓を穿ち絶命←今ココ


 想像して肝が冷える。

 何それめっちゃ怖いんだけど。完全に殺人兵器じゃねぇか。

 だが、それならばドラゴンが体中に痛みを

訴えて悶え苦しんでいたのにも説明がつく。


 でもじゃあどうしてリュンを……。


「……あぁなるほど、俺がリュンを敵だと認識してるからか」


「敵ってどういうこと!?あなたあたしのこと敵だと思ってんの!?だからこのニンジーン執拗にあたしを追ってきてんの!?さっきあたしのこと仲間だって言ったじゃん!!」


「仲間だと思ってるよ」


「思ってもないことだってのはこのニンジーンのおかげでよくわかってんだよくそぉぉぉぉぉぉぉぉお!!」


 どうでもいいけどあいつこの森に入ってからマジで叫んでしかいねぇな。なんで喉枯れないんだろ。


 だが俺の想像が正しければおそらくあのニンジーンはリュンの心臓を止めるまで止まらないだろう。

 いくら憎んでいようとも流石に殺すわけにはいかない。


 リュンは敵という認識をとりあえず頭の隅に追いやると、ニンジーンは力をなくしたようにその場にポトリと落ちた。

 削れたのか程よく皮が向けてピカピカになっていて実にうまそうだ。あとで拾って食べよ。


「はぁはぁはぁはぁはぁ……ふ、うぐっ……うぅ……」


 よほど怖かったのか、リュンはその場に座り込んでベソをかいていた。

 元はと言えばリュンが全て悪いような気はするのだが、完全に悪気があってやっているわけではない分、多少可哀想という気持ちが湧いてこないでもない。


 何かぶつぶつ言っている近づいて手を差し伸べる。


「大丈夫か、リュン」


 するとリュンは物凄い勢いで抱きついてきた。


「ニンジーンコワイニンジーンコワイニンジーンコワイニンジーンコワイニンジーンコワイニンジーンコワイニンジーンコワイニンジーンコワイ」


「怖っ」


 どんだけニンジーンにトラウマ抱えてんだこいつは。本当に親を殺されたんだろうか。


 だが、割と冗談じゃなく俺が思っている以上にこの『野菜武器化』の能力は危険なものなのかもしれない。


 ドラゴンの攻撃すらも防いでしまったダイコーンソードに、一本だけでそのドラゴンすらも倒してしまったニンジーンドリル。

 これらは使い方を間違えれば殺人兵器にだってなりうるだろう。

 女神がくれた能力……勇者の力はそんなに軽いものではないと言うことなのかもしれない。


 そんなことを考えながらリュンをあやしていると、どこからか声が聞こえてきた。


『ふふふ……さすがは勇者様。ドラゴンすらも一撃で屠ってしまうとは、想像以上の力です』


「誰だ!?」


 あたりを見回してみるが誰もいない。


『ここですよ、ここ』


 突然ドラゴンの亡骸が光ったかと思うと、一瞬にしてその巨体が消え去り、光の中から現れたのはリュンと同じくらいの背格好の少女だった。


 足元まである長い銀髪に、特長的なとんがり帽子。黒を基調とした魔導服には所々に濃い紫のラインが入っている。


 少女は黒のマントを揺らしながらその場に降り立つと、ふんわりとした笑顔で笑いかけてきた。


「お前……」


 その顔には見覚えがあった。

 というか、今もなお俺の腕の中で呪詛を唱え続けているリュンそのまんまだった。


「リュン……?」


 俺の問いに、少女は首を振る。

 そしていたずらっぽくわらって、まるで冗談を言うかのような気軽さでそれを口にした。


「いいえ。私は、勇者様が探していた悪い魔法使いですよ」

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