第二十話 突然の死
光り輝くニンジーンから手を離した瞬間、それは物凄い勢いで地面へと突き刺さった。
そしてドリルよろしく激しく回転を始めたかと思えば、そのまま土を掘って地面深くへと潜っていく。
多分手を離してから2、3秒くらいの出来事だった。
なんで土に還っとんねん。
俺も、そして何かをされると思って身構えていたドラゴンも、髪の毛がチリチリと黒い煙を上げ始めているリュンも、突然の出来事に少しだけ時間が停止する。
『……今、何かしたか?』
ドラゴンが呟く。
「いや、その……」
言い淀む俺。
俺は今一体何をしたんだろう。自分でもわからない。
「まったく、期待させるだけさせておいてこのざまか。まったく、これでは勇者の名がきいてあきれるというものだ。まったく、なぜお前のようなものが勇者などに選ばれてしまったのか。まったく、お前よりも大魔法使いリュン様のほうが勇者にふさわ……」
「あとでニンジーン食わせてやるから覚悟しとけこの大魔法使い(笑)がよぉ」
「ひぇっ」
『ま、まぁいい。たとえお前が何をしたところでここで死ぬ事実は変わらな……』
と、そこでなぜかドラゴンは言葉を止める。
次の瞬間、その口から放たれたのは耳を塞ぎたくなるほどの絶叫だった。
『グギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
「ぎゃああああああああああああああ!!耳が!!耳がああああああああああああ!!」
ドラゴンと一緒になって大魔法使い(笑)さんも一緒に泣き叫んでいた。
まぁドラゴンの口元にいてあんだけでかい声で叫ばれたら当然と言えば当然だが。
そんなことよりも、明かにドラゴンの様子がおかしい。
大きな体をぐわんぐわんと踊らせて何かに悶え苦しんでいるように見える。
『き、貴様……!!一体我に何をした……!!』
鋭い眼光が俺を睨みつけるが、あまりの痛みにすぐに逸らされる。
『痛い……!!痛い痛い痛いぃぃぃぃ……!!我の身体の中で何かが暴れ回っているようだ……!!』
するとドラゴンは自らの体のあちらこちらを掻き毟るようにその鋭い爪で傷つけ始めたかと思えば、
『グッ……』
と、小さく呻いてそのまま力なく地面に倒れ伏してしまう。
その後はまるで死んだようにぴくりとも動かなくなった。
というか完全に死んどるやんけ。
「えぇ……」
あまりにもあんまりな突然の死に何も言えなかった。一体今の短い間でこのドラゴンになにがあったというのだろう。全然わかんねぇ。
「ま、マシャヨシしゃああああああああん!!」
呆然としていた俺に、自由のみになったリュンが駆け寄ってくる。
「リュン!無事だったんだな!」
「はい!マサヨシさんのおかげでこうして元気なリュンの姿を再び見せることができますよ!」
服に着いたホコリをぱんぱんと手で叩いて身嗜みを整えると、にぱっと太陽のような笑顔を見せる。
それを見て、心底ほっとしている自分がいた。
そんな俺の様子に気づいたのか、リュンは少しもじもじしながら顔を赤くさせる。
「そ、そんなに心配してくれていたんですか。なんていうかその……嬉しいものですね、こういうの」
「心配するのは当然だろう、仲間なんだから」
「なか、ま……」
まるで聞いたことのない言葉であるかのように、リュンはその言葉を繰り返す。そしてぱっと顔を輝かせたかと思うと、嬉しそうに何度も頷いていた。
なんだかその様子が微笑ましくて、俺の顔には自然と笑みが浮かんでしまう。
考えてみればこいつはまだ年端もいっていないような少女なのだ。こういう子供っぽい反応をするのは当たり前のことで。
もしかすると今俺が抱いているこの気持ちは親が子供に抱く感情に似ているのかもしれない。
「ところで一つ聞いてもいいですか?」
リュンが訝しげに聞いてくる。
「なんだ?」
「どうしてドラゴンを倒したはずなのにダイコーンソードを構えたままなんでしょうか?」
「あれ、本当だ。なんでだろう」
手元を見ると、いつのまにかダイコーンソードが握られていた。
「なんでだろうって。ふふ、おかしなマサヨシさん。敵はもういないんですから、そんな物騒な物は仕舞ってください」
「いや、うん。わかってるんだけどな」
「もしかして、まだ敵がいたりするんですか?」
そう言ってリュンはあたりを見回すが、ドラゴンの死骸があるだけでほかに何かが動く気配はない。さわさわと木々が風に揺れているだけ。
「どうやらなにもいないみたいですけど……って、あれ、マサヨシさん?どうしてあたしにじりじり近寄ってくるんです?剣を構えたままじゃ危ないですよ?」
「いや、うん。わかってるんだけどな」
「わかってるならどうして歩みを止めないんです?それ、ドラゴンの鱗よりも硬いんですよね?そんな危ないもの当たったらあたしなんて一発ですよ?きっと怪我だけじゃすみませんよ?」
「いや、うん、わかってるんだけどな」
「わかってないですよねぇ!?何もおわかりになられていませんよねぇ!?」
そこで気付く。
俺の、本当の気持ちに。
「あぁ、そうか。まだいたんだ、敵」
「敵……ですか?でもあたしたち以外には
誰も……」
「いるじゃないか、ここに」
「ここ?」
「俺の、目の前に」
ただ捕まっていただけで何をすることもせず、そのくせ俺のことを散々馬鹿にしたあげく、俺を死の危険に晒しただけの本当の敵が。
「……………………え、もしかして、あたし?」
その瞬間、リュンの足元からオレンジ色の何かが勢いよく飛び出してきた。
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