第十話 魔女との戦い
だが、いくら馬鹿そうだからと言ってその力を侮るのは危険だ。
奴の力が未知数だからこそ注意しなければならない。
一度はトロールを倒したとは言え、俺の力はあくまで農民の域を出ない。
頼みの綱である野菜武器化の能力も発動条件がわからない今、どこまで信用していいかは不明だ。
決めるなら油断を突いた短期決戦しかないだろう。
そして、今まさに奴は油断している。
トロール相手にぎゃあぎゃあ喚き立てている今が隙と言わずなんというのか。
ダイコーンを振りかぶり、地面を蹴った。
「ふん、あんたも相当なお馬鹿さんみたいね!真正面から挑んであたしに勝てると思ってるわけ!?」
俺と魔女との距離はおよそ十メートル。
俺がダイコーンで切るよりも魔女の攻撃のほうが速い……!
「真っ黒に焼け焦げなさい!ファイヤボール!」
魔女の杖の先が光り輝き、火の玉が射出される。
魔法使いユゥリィが使っていたものよりもいくらか小さいが、その分速さが桁違いだった。
「兄貴!避けてくだせぇ!」
トロールの声が後ろから聞こえてくる。
言われるまでもなく避けようとしたが、うん、ちょっと待ってね。
避ける→木に当たる→燃える→周りは木だらけ→燃え広がる→森全体に火災発生→大☆惨☆事
避けられねぇじゃねぇか。
ここまで考えて撃ったのなら大したものだが、まぁ、あの馬鹿そうな笑い顔を見る限りなんも考えてねぇだろうな。
ダイコーンを盾に、俺は火の玉に突っ込んだ。
ダイコーンと火の玉がぶつかった瞬間、ぼしゅううううう……と何かが蒸発するような音が辺りに響き渡る。
「あ、兄貴ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」
「ふへ!ふへへへへへへへ!ばぁぁぁぁぁぁか!ばぁぁぁぁぁぁぁぁか!ぶわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁか!農民風情が魔女様に勝てると本気で思ってたわけ!?片腹痛いわ!」
「片腹痛いのはこっちだ馬鹿野郎」
「えっ?」
魔女の背後から近づいて、首元にダイコーンソードを突きつける。
「な、なんであたしのファイヤーボールをまともに受けて無傷でいられるわけ!?」
「無傷なもんか。見ろ、ダイコーンが干からびてんだろうが」
今俺が手にしているのはトロールを倒した時のようなダイコーンソードではない。ただの干からびたダイコーンだった。
当然殺傷能力なんて皆無だが、こちらを見ることのできない魔女にそれがわかるわけもない。
「いや、ちょっと待って!?まさかただのダイコーンで魔法を受け止めたっての!?」
「兄貴の畑で獲れたダイコーンは水分が豊富なんでぇ!ついでにミネラルもたっぷり含んだ最高の野菜なんだ!お前の魔法なんて足元にも及ばねぇ!」
まるで自分のことのように嬉しそうに語るトロール。あとで一本やろう。
その言葉に、魔女はがくっと膝をつく。
「ま、負けた……?あたしの魔法が、たかだかダイコーン一本に、負けたっていうの……?」
「そう、お前の負けだ。わかったらおとなしく……」
言いかけて、魔女の様子がおかしいことに気づく。
肩を震わせ、無気味な笑い声が聞こえてくる。
「認めない……そんなの、認められるわけないでしょ……?そうやってあたしのこと馬鹿にするんだ……みんなみんな、あたしのこと馬鹿にするんだ……っ!」
魔女のもつ杖の先端が眩いくらいの輝きを放つ。その光は徐々に光量を増していき、すぐに目も開けていられないくらいになる。
なるほどね。これ、やばいやつだわ。
すると、魔女の体から風のようなものが発せられ、俺の体は紙のように吹き飛ばされる。
地面に叩きつけられれば骨折は免れない。だが、そうはならなかった。
「大丈夫ですかい、兄貴!」
トロールが片手で俺を受け止めてくれていたからだ。
お前、実は滅茶苦茶有能なんじゃない?後でダイコーンもう一本やろう。
でも、どうしよう。
近づこうにも魔女の周りは風で守られているし、かと言ってこのまま放って逃げても大☆惨☆事は免れない。
それこそ、ファイヤーボールで起きるであろうものよりももっと酷いことになる予感しかしない。
「トロール、俺を魔女のところまで投げ飛ばすことは可能か?」
「あいつを守ってる風が強すぎて、俺の力でもさすがに無理でさぁ。たとえ投げ飛ばすことができたとしても、兄貴の体が持ちやせんぜ」
言ってる間にも、魔女を取り巻く光はどんどん強くなっていく。
それどころか、気温すらも上がっている。
さらには、どこからかチッチッチッという時計の音すらも聞こえてくる始末。
それらが意味するところは、一つしか考えられない。
「あいつ、もしかして自爆でもしようとしてんの?」
「まぁ、馬鹿ですからねぇ。兄貴の野菜に負けて、ぷっつんしちまったのかもしれやせんぜ」
まじでただの馬鹿じゃねぇか。笑えねぇわ。
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