第八話 野菜と共に生きるもの

「……?」


 待てども待てどもやってこない衝撃に、恐る恐るといった風にトロールが顔を上げる。

 その顔の前に、ダイコーンソードだったダイコーンを差し出す。


「なんで……」


「お前を殺したところでゴブリン達がおとなしくなるわけじゃない。だったら、お前を生かして、ゴブリン達を従わせた方が村のためになる。そう判断しただけだ」


「待てよマサヨシ。それは、こいつらを見逃すってことか」


 村一番の大男、ダニエルが苦悶の表情を浮かべながら俺に問いかける。


「見逃す?そんなことするわけないだろう」


「じゃあどうするってんだ」


「捕まえて、村の畑で働いてもらう」


「なんだって!?」


 ダニエルだけじゃなく、俺の周りに集まってきていた村人たちが一斉に声を上げた。


「お前、城下に行って頭おかしくなったんじゃないのか!?こいつらは魔物だ!俺たちの敵なんだ!いつ襲ってくるかもわからないような奴らがおとなしく従うとでも思うのか!?」


 村には小さな子どもだっている。当然その心配がわからないわけじゃない。

 ダニエルに続いて次々と声を上げる村人たちを、親父が諫めた。


「待ってくれ皆。マサヨシと話をさせてほしい」


 すると親父が前に出てきて、俺と相対する。

 いつもの柔和な笑顔が良く似合う親父ではない、村を守る長としての親父がそこにいた。


「本気なのか、マサヨシ」


「……」


 親父の言葉を聞いて、トロールを見る。


「このトロールは俺たちと意思疎通ができる。言うことを聞くならば、これほど使い勝手の良い農耕夫はいない。そして、ゴブリン共もこいつの言うことなら聞く。総じて、良いことづくめだ」


「でも……!」


 村人が声を上げる前に、再びダイコーンソードを天高く掲げた。

 剣から迸る眩い輝きは、まるでダイコーンの力強い生命力の現れのように見える。

 それを見て村人たちは黙り込んだ。


「俺たちは生きるために野菜を作る。でも、それだけじゃない。誰かに食べてもらって、旨いって言ってもらって、笑顔になってくれるような野菜を作りたい。その想いがあるからこそ、生きた野菜ができる。俺たちにしか作れない、最高の野菜ができる」


 誰も、何も言わなかった。

 言えなかったと言った方が正しいかもしれない。

 だってそれは、カブの村に住む者ならば誰もが持っている、譲れない魂だったから。


「こいつは俺たちが作ったダイコーンを涙を流すほどに旨いと言って食べた。その涙を疑うことは、俺たちの野菜を信用していないのと同じだ。だから、俺はこいつの涙を信じる。俺達の野菜を、信じる」


「勇者さん……」


 俺の言葉を聞いて、トロールは額を地面に叩きつけた。


「畑を荒らしたこと、本当に……本当にすまなかった……!許してくれとは言わねぇ……!信じてくれとも言わねぇ……!でも、もし叶うのなら手伝いをさせてもらいてぇ……!タダ働きでいい……!お願いします……!」


 村人達からざわめきが起きる。

 どうしようという声があちこちから聞こえ始めていた。

 そんな中、親父がトロールの前に立つ。


「駄目だ」


「親父……」


 俺が声を上げようとするのを、親父が手で制する。

 大きく息を吸って吐くと、親父はいつも俺に見せるような笑顔をトロールに向けた。


「報酬のない労働など、何の意味もない。頑張って働いて、その成果を受けてこそ、生きる喜びを見出せる。その喜びが、野菜を美味しくしてくれる」


「村長!?」


 村人に振り返って、親父は言う。


「マサヨシのいうとおり、ここで彼らを殺しても魔物は村を襲い続けるだろう。野菜を愛するのに人間も魔物もない。畑を精一杯やりたいという者を追い出すほど、我らの心は乾いていないはずだ」


 「それに」と言って、親父は俺を見る。


「勇者様に協力するのが我らのしきたり。この村を救ってくださった勇者様がこう言っておられるのに、誰が反論などできようか。ちがうか、皆?」


 親父のその言葉に、反論するものは誰もいなかった。

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