第2話 僕の正体

 翌日レンタカーを一台借り、僕と友は例の渡辺邸へと赴いた。車を走らせること約二時間。美しい自然に囲まれた別荘地に、その邸宅はあった。


 この日は学校が休みであるため、友はフリルのたくさんついた桃色のワンピース姿という出で立ちでいる。服の趣味はいつもながらお嬢様風味なのだが、喋りが常にあんな風なので、そのアンバランスさに慣れるのに僕は大分時間がかかった。人間、外見と中身は多少ギャップなるものが存在するらしい。


 邸宅の門前に彼女を降ろし、僕は指定された場所へ駐車しに行く。駐車場も、地味に広かった。戻ってくると、既に彼女は勝行氏と共におり、何かを話しこんでいた。近付くと「ナツさん」と彼女は僕に手招きをする。


「勝行さんに許可を頂いた。今から、この敷地内全ての見取り図を作ってくれ。大至急」

「え、見取り図、ですか?」


 そういうものは、普通家を建てる際に作っておくものではなかろうか。疑問に思い尋ねてみると、勝行氏は困り果てた様子で肩を竦める。


「それが、この家に見取り図はないのですよ。元々この場所は祖父がアトリエとして使っていたのですが、彼の気まぐれで何度も増改築を繰り返したために、どれが本当の間取りなのか分からなくなってしまいまして……」


 この人も、相当な苦労人であることは分かった。

 仕方ないので、僕は機材を取りに車へと戻った。その後ろを、友がのんびりと歩いている。


「こういうことになるなら、スーツなんか着てくるんじゃなかった」


 僕がぼやくと、背後から友の可愛らしい声が聞こえてくる。


「嫌いか? スーツ」

「そうじゃない。これはあまり汚したくないんですよ。なにせ、友に買ってもらったものですからね」


 この事務所に就職が決まった際、雇い主である友が僕の出で立ちを見て、「みすぼらしい」と一蹴。即座に与えられたのがこのスーツで、出張する際にはこれを着ることを強要されている。正直なところ、探偵業はスーツで太刀打ちできる状況というものが非常に少ない。だからできるだけジャージのように動きやすく汚しても平気な格好でいたいのだ。


「そうか。残念だな」


 車のトランクを開けたところで、突然友は僕の背中に抱きついた。そして僕の身体をひらりと回転させたかと思えば、山積みになっている段ボールの上に押し倒すような形で触れるだけのキスをした。

 ロマンも雰囲気もない、ただのビジネス上の行為。互いの口唇が離れると、彼女はニヤリと口角を吊り上げる。


「私は君のスーツ姿、好きなんだけど」


 そう言い、もう一度、今度は舐めるような深いキスをした。

 毎度ながら、彼女のキスは唐突だ。僕はただ「契約通り」に、されるがままになるしかない。時折洩れる呻きにも似た吐息に、くらりと眩暈がしてしまった。


 そう、彼女の最も変わっている点はである。

 平たく言えば、キス魔。彼女曰く、誰かとキスをすると途端に頭の回転が速くなるらしい。そのあたりについては「される側」の僕でさえよく分からないが、探偵業を営むにあたりこの行為が必要不可欠なのだそうだ。

 そしてこの僕は、正式には「助手」ではなく単なる「キス要員」なのである。


 彼女は満足げに僕から離れると、いつの間に取り出したのだろう、トランクに入れていたはずのレーザーシステムの計測器を握りしめていた。


「さあ、ナツさん。早くしないと日が暮れるぞ」


 僕はのろのろと起き上がり、もう一つの計測器を探り出す。鞄から用紙とペンを持ち出し、そしてトランクを閉めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る