KISS×KISS 清峯友子事件帳
依田一馬
第1話 事の始まり
「今、なんと?」
思わず素っ頓狂な声を上げた僕に、彼・
「私の祖父は、
渡辺実篤。その名は、学が浅い僕もさすがに知っている。
実篤氏は国内外においても非常に有名な「アーティスト」である。敢えて「アーティスト」と表現したのは、彼の守備範囲が猛烈に広いためだ。彼が最も得意とするのは、名目上油絵ということになっているが、それ以外にも、石膏像、モザイクアートにおいても類稀なる才能を発揮し、さらに晩年には覚えたてのパソコンでCGグラフィックにも参入していたのだとか。
そんなスーパーマルチアーティスト・実篤氏は、先月持病を悪化させこの世を去った。その報道は新聞やニュースでも大きく取り上げられ、世界を震撼させたのは記憶にも新しい。
だから、この勝行氏が僕の所属する探偵事務所に現れたときは心底驚いた。なにせ、自分で言うのもなんだが、この事務所は他所の私立探偵事務所に比べ規模が極端に小さい。下手をすると月の半分を猫探しに充てていたりもする。そんな弱小事務所に、どういう心象をもってこんなにもビッグな依頼を持ちこんだのか。
からかいなのか、それとも。勘ぐりながらも、僕は勝行氏から渡された封筒を開ける。中身は、三つ折りにされた紙が一枚。ただのコピー用紙である。
「原文そのものを持ち出すことはできないので、複製したもので申し訳ありませんが……一応、遺言書にあたるものです」
頷きながらそれを開くと、僕はついぎょっと目を剥いてしまった。
なぜならそこに書かれていた文面が、「遺言」と言うにはあまりにお粗末な内容だったからだ。
言葉にこそしなかったが、「この遺言書は明らかに無効だぞ」とツッコミをいれてしまったほどだ。余計なこともそうでないことも一切省かれたその内容は、実に奇妙である。というよりも、「まるで意味が分からない」が正しいか。
そう、その紙には、たった一文しか記されていなかった。
『私の財は、黄金に輝くユグドラシルの樹の下にある』
「初めは祖父の作品のことかと思いましたが、そんなものは目録に残っておりません。他の探偵事務所にも依頼しましたが、どれもこれもお手上げ状態でして」
「だからうちに来た、と」
つまりは他の事務所のおこぼれという訳だ。そういうことだろうと思った。
提示された謝礼金もすこぶるいいし、この事件を解決できれば我が事務所は一躍有名になること間違いなし。断る理由はないけれど、まだ問題がひとつだけ残っていた。
「……所長が了承してくれればいいのですが」
そのとき、突然事務所の扉が開いた。
そこから姿を現したのは、どこからどう見ても普通の女子高生だった。日本人らしい黒のストレートヘアは、腰まで伸びている。身体は小さく、その身に纏う紺色を基調とした正統派セーラーが、彼女の整いすぎた美貌をより一層引き立てている。儚げ、とでも言うべきか。いかにもおしとやかそうな風貌の彼女は、僕と勝行氏を一瞥すると、やや速足で僕の元までやってきた。
「あ、
彼女はソファの背面から僕の手元を覗きこみ、「ふむ」と短く呟いた後、いつもの傲岸不遜な口調で続けた。
「いいよ。引き受ける」
淡々と会話を進める僕たちに、勝行氏はぽかんと口を開け放ってしまった。
ああ、そういえば紹介が遅れていた。
「彼女が、清峯探偵事務所・所長の
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