第4話 リベンジ! その1
ランク:
プレイヤーが対戦で獲得したポイントで上下する称号。
勝利すると、ポイントが上の相手なら101〜120ポイント、同格なら100ポイント、格下相手なら80〜99ポイントを得る。
逆に敗北すると格下相手なら101〜120ポイント、同格なら100ポイント、格上相手なら80〜99ポイントを失う。
ランクは下から以下の通り。
ビギナー(無)、ブロンズ(銅)、シルバー(銀)、ゴールド(金)、ダイヤ(金剛)、プラチナ(白銀)、マスター(黄金)、グランドマスター(虹)。
◆◆◆
「なんで上手くいかないかなぁ……」
俺の名前は園崎伸哉。今年40になる。
オーナーとしていくつかのカフェを経営しているが……どうも最近、その売り上げが芳しくない。
「新しい商売でも始めるか……?」
幸にして、元手はある。ここいらで損切りして新たな事業を始めるのも悪くはない。
だが、今儲かりそうな商売ってなんだ?
俺はとりあえず、今の若い奴らが何をしてるのか調べるため、ゲームセンターに足を運ぶことにした。
◆◆◆
あの負けから数日。俺は今日も仕事しないでベシャベシャ喋り散らす同僚にイライラしつつ仕事を切り上げると、ゲーセンに向かった。
周りをざっと見渡す。今日も古城さんはいない。
仕方ない。取り敢えずトレーニングモードで遊んでる別の常連のところに乱入して、一時間ほど対戦する。
ガチャガチャ。「おい、見たかよあの動画」
後ろから声がかかる。大学生の常連だ。
「あの動画って?」対戦が終わったので、席を立ちつつ返事をする。
「これだよ、これ」彼の持つ大型のパッドの画面に目を落とす。
そこには、でかでかと『ジェイド様が池袋でも無双! まさに敵なし!』の文字。
ジェイドのやつ、この前の対戦を動画にしやがったのか……。
コメント欄を見ると、俺や古城さんに向けて散々に下手だのなんだの、悪口が書き込まれている。
脳がカーッと熱くなり、なんとも言えない不快感を覚える。
「平日の人がいないときに来といて、好き勝手言いやがって、なぁ?」
この大学生も怒っているようだ。
まぁ、確かに人はいなかったが、ここで最強なのはやっぱり古城さんだ。
古城さんが負けた以上、ジェイドの言う通りここのレベルは新宿よりは低いのだろう。
それはそれとして、俺はかなりムカついていた。
何に? グランドマスター相手なら負けて仕方ないと考えている、俺自身にだ。
「うっ……うっうっ……うっうっうっ……」
後ろの方から、泣き声が聞こえてくる。
「ウワッ」大学生は驚いて横っ跳びになる。
そこにいたのは、この前のストーカーゴスロリだ。
「ウウッ……ウワワワワ……アアアーー!」
マジ泣きだ。子供ならともかく、いい大人が泣いてるのって見ると正直ドン引きしてしまうな……。
「な、なんだよ、どうしたんだ?」
「あ、亜姫ちゃんと……亜姫ちゃんと連絡がつかなくて───」
「ほらよ、これでも飲んで落ち着け」
缶コーヒーを手渡す。
「グスッ……おっさん、優しいのね」
誰がおっさんだ、誰が。
ここはゲーセンのトイレ前に置かれたベンチ。そこにゴスロリを座らせて、落ち着いたところで少し話をする。
ちなみに大学生くんは逃げて帰った。
「なんだよ、古城さんとLINEでも交換してたのか」
古城さんはこのゴスロリのこと迷惑してそうだったので意外だった。
「グスッ……ううん、してない……けど亜姫ちゃんのSNSはフォローしてるから、一方的にDM送ったり……返事はたまにだけど……」
やっぱりストーカーだなコイツ……警察に通報すべきか?
「亜姫ちゃん、すごく真面目だから、練習にゲームセンターに来ない日なんて無かったのに、この3日ずっとどこにも行ってないみたいで……」
「……まぁ、確かに古城さんは真面目だけど、3日ぐらいサボることはあるんじゃないか? それこそ風邪とかかもしれないし……」
言いながら、俺も同じことを考えていた。古城さんに3日も会わないのは珍しい。
ただ単に時間が合わなかっただけだと思っていたが、ストーカーのコイツが言うなら間違いないんだろう。
「おじさん」
意を決したように、ゴスロリがこっちを見ながら言う。
「私と、亜姫ちゃんのお見舞い、いきませんか?」
◆◆◆
その日は仕事終わりでもう夜だったので、一旦解散し、その翌日。
駅前でゴスロリ───鈴木富江というらしい───と待ち合わせをしている。
何が悲しくてせっかくの休日にストーカーと出かけなくちゃいけないのか。
まぁ、どうせ休日なんて一人で家でコンボ練習ぐらいしかすることないけど。
「お、お待たせ……待った?」
後ろから声がかかり少しビックリする。
鈴木はいつものようなゴスロリだ。周りからジロジロと見られている。
そんな恋人みたいな声のかけ方をするな、彼氏だと思われて恥ずかしい。
「じ、じゃあ行こうか」
「ってかお前、鈴木富江って……ずいぶんシブい名前だな」
「な、名前はどうでもいいでしょ」
鈴木と電車を乗り継ぎ、蒲田駅へ。そこから歩くことさらに30分。
池袋でも十分目立ってたけど、こんな住宅街だとゴスロリの違和感がとんでもないな。
見えてきたのは、今時こんなところを探す方が難しいといった古ぼけたアパート。
「……ここが古城さんの自宅?」
「うん……」
鈴木が俺の影に隠れながら答える。
とりあえず、ここに立っていても仕方がない。俺たちは古城さんが住んでいるという、二階を目指す。
カンカンカン。錆び付いて朽ち、階段は今にも崩壊しそうだ。
二階の通路にたどり着く。
いやしかし、本当にボロボロのアパートだ。今は2030年だぞ、こんな物件よく残ってるな。家賃なんて2万ぐらいで住めるんじゃないか?
そんなことを思って古城さんの部屋を探していると、
「馬鹿野郎、口ごたえするな! ガキのくせに!!」
すごい怒声。思わず身構える。
ドタンバタンと何かが争うような物音の後、奥の扉が勢いよく開き、誰かが出てくる。
「あっ……」
出てきたのは、古城さんだった。
「お、おう」「ど、どうも……」
目が合い、俺たちは気まずそうに答える。
「ウチ、貧乏なんだ」
古城さんの家から少し離れた公園。
そこのベンチに並んで、話をする。
「お父さんは働かないし、お母さんは出て行って……だから、私が稼がないと」
古城さんのお爺ちゃんは古武道の道場をしており、経済的に支援してくれているのでなんとか生活は出来ているという。
平凡な家に育ち、特に不自由もなく育った俺には何も言うことができず、黙って話を聞くしかない。
「お爺ちゃんに鍛えてもらったお陰で、運動神経はいいからさ。簡単に稼げるのは、今ならやっぱプロゲーマーかなと思って」
古城さんはいつものジャージ姿だ。その頬は……少し、腫れている。
暴力……なのだろうか。
確かに、昔よりは改善されたとはいえ、今も女性のスポーツ選手で大金を手にできるのはごく僅かだ。
特に高校生ともなれば稼げる選手は一握りだろう。
そう考えれば、高校生だろうと給料契約をしてくれるプロゲーマーの世界は良かったのだろう。
「けど、もうどこも雇ってくれないんだろうなって……そう考えたら、馬鹿らしくなっちゃって」
だから、ゲームの練習もやめようかな。
はは、と古城さんは自嘲気味に笑う。
「そ、そんなことないって。古城さんの腕前なら、きっとどこかが」
古城さんは、がぶりを振る。
「昨日のジェイドの動画、見た? また私がカッとなって一人で突っ込んでボロ負けする動画。あんなもの見て、私を雇おうなんてチーム、あるはずないよ」
それに、と古城さんは続ける。
「あの負けで、虹等級からも落ちちゃったしね」
俺は押し黙るしかない。
これは、古城さんの人生の問題なんだろう。
毎日ゲーセンで会うだけのアラサーの男が軽々しく首を突っ込んでいい問題じゃない。
けど。
だけど、涙目の、顔を腫らした古城さんを見ていると、俺の胸と頭は熱くなる。
「今日もお父さんがお金がないから酒が買えないって暴れて……お父さんが働けばいいって言ったらもっと暴れて……はは、もうどうすればいいか、分かんなくなってきたよ」
それまで一言も喋らず、じっと聞いていた鈴木が、いきなり顔を上げ、古城さんの腕を両手で掴む。
「亜姫ちゃん───この三人で、リベンジしましょう!」
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