第2話 鮮血†堕天使 後編

プレイヤーネーム:七屋敷佳輔(本名)

メインで使用してるセット

タイプ:無(ノーマル)

アタッカー:アイアンガントレット

スキルセット:コンビネーションブロウ、スラッシュチョップ、スクリューアッパー、シャイニングスロウ

サポート:なし

オートスキル:フラッシュガード

備考:初心者





「来なよ」

 古城さんは手招きのポーズで挑発する。俺のプレイヤーポイントは古城さんの一万分の一だ。挑発なんてされても微塵も悔しくない。


 シングルマッチ用の箱は八畳ぐらいの広さだ。横は二人分ぐらいのスペースしかなく、縦に細長い。

 真横から見たら、ちょうど2D格ゲーみたいに見えるだろう。


 俺のスキルセットは、初期設定のものだ。ステータスもよく分からないのでバランス配分。

 レバーを前に二回素早く入力。ドローンが普通の前歩きより素早く移動する。

 古城さんは二刀流をぶらりと下げ、待ち構えている。

 生身の人間に攻撃を仕掛けるってのはなんとなく慣れない。昨日はクソ野郎が相手だったから、頭に血が登ってたけど。


「ウリャ!」とりあえず立ち中キックで牽制。

 古城さんはそれを左の剣で受ける。バシィ!ダメージ判定はなし。

「こんなのはどう?」古城さんのハイキック!うおお、すごい迫力だ!

 咄嗟にレバーを下に入れて回避。視野がリアルな分、接近戦で攻撃された時はあんなに怖いのか。


 だが、初心者の俺がビビってガードで縮こまるのは古城さんの予想通りだったみたいだ。

「ヤァーッ!」古城さんはいつの間にか剣を一本に持ち替えている。唐竹割だ!


「グワーッ!」リアルな剣の映像と、装備の振動により本当にダメージを受けたかのような錯覚に陥る。

 しかも振り下ろしはしゃがみガード無効かよ。そういうもんなのか。

 俺のライブがみるみる減っていき、ゼロになる。

『ロスト!……勝負あり!』


「まず一本」

「技の属性じゃなくて、プレイヤーの動きによってガードできるか出来ないか判定されるのか……」

 VRゴーグルを外し、首を振る。映像がリアルすぎて、本当に頭を強打したみたいにクラクラする。


「ダメージありそうとか、この動きならガード出来そうとか、ダメージなさそうとかAIが判定してくれる」

「今の攻撃がしゃがんだままだと頭に当たるってのは分かるけど、一発即死なのは納得いかない」

 格ゲーなら体力の10%ぐらいのダメージがいいとこだろう。一撃死はシビアすぎる。

「剣で頭を破られたら死ぬだろ?」

「……まぁ、そういうもんか」

 まぁいい。今ので分かった。次は食らわない。


「じゃあ二本目やるか」

 バァァァァン!乱入!「ん?」

 目の前に表示されてるプレイヤーネームは「鮮血†堕天使」の文字。誰だこんな痛々しいプレイヤーネームに設定してるの。

 しかも無駄にプレイヤーランクが高い。白銀の冠が表示されてる。

 確か、白銀って虹の次で上から二番目じゃなかったか?


「後ろで並んで待ってる人がいたから交代した」

 見ると、古城さんは対面の対戦台じゃなく、俺の筐体の方にまで回ってきている。

「……なんというか、この相手は気をつけた方がいいぞ」

 古城さんの口調は、どことなくどんよりとしている。

「の、野試合か。シングルマッチは初めてだから緊張するな」

 試合中チャット申請の通知。よく分からないのでとりあえずOKする。


『ふ、ふふふ、ふっふっふっふ』

 地獄から響いてくるような陰湿な笑い声。対戦台の方に思わず目を向ける。

 対戦相手は───ゴスロリの女。


 池袋はああいう人たまにいるけど、ゲーセンで見たのは初めてだ。

 背が低く体格も小さいので子供みたいにも見える。黒のヘッドセット、コルセット。白くレースのついたフリフリのスカート。目の下は落ち窪み、クマになっている。座ると地面にまでつきそうな長い黒髪。


『あなた……覚悟しなさい……亜姫ちゃんと馴れ馴れしくして……許さない……覚悟して……ふふふ』

「……知り合い?」

 VRゴーグルを外して古城さんに尋ねる。

「……まさか。だったらこっちに回って来ないだろ」

 古城さんは深いため息。


「いわゆる追っかけってやつなのか……とにかく、最近何かと追いかけてくる人」

 それはストーカーと言った方がいいのでは?

 高校生プロゲーマーって大変なんだな……まぁ、何はともあれ練習じゃなく、初のシングルの実戦だ。

 嬉しさと緊張でドキドキする。この感じはやはり対人でしか味わえない。


『レディ……ファイト!!』

 VRゴーグルをつけるとそこには、人型のロボというよりは戦闘機というかドローンというか、そんな感じの外見のメカがバーチャル表示されていた。

 大きさは人間の半分ぐらいか?


 おいおい、何だよアレ。あんなのもアリなのかこのゲーム。

『ヒッヒッヒ!』

 ゴスロリは陰湿な笑い声。ずいぶん楽しそうだな。

『サポート!』戦闘機の周りに油膜みたいに虹色に光る球体が表示される。


「まずいな……」

 俺の後ろで古城さんがそう呟く。

「多分お前の負けだわ」

 ヴィヴィヴィヴィヴィ……。ゴスロリのメカから、何かをチャージしてるみたいな音。

 なんか分からないが、放置したらまずそうだ。

 レバーを下、斜め下、前!コンビネーションブロウ!「食らえっ!」

 バシィ!だが、俺のパンチは油膜に阻まれる!


「な、なんだよアレ」

「特殊アタッカー系のスキルセットに、ノーマルタイプへのダメージ半減のサポートだ。あのゴスロリ、完全におっさんのこと倒すためのセットになってる。初心者相手にそこまでするか?」


 戦闘機は俺の横を高速で通り過ぎる。速い!

「畜生!」俺はそれを必死で追いながら殴るが、油膜に阻まれ大したダメージを与えることができない。

『イーッヒッヒッヒ!発動!』チャージが終わったのか、戦闘機は銀色のオーラを纏う!

「まぁ仕方ないって。仇は私がとるから」

 もう古城さんは、俺が負ける前提で肩を叩く。


 そりゃあ俺は昨日このゲームを始めたばかりの初心者だし、相手は俺だけをいじめるための設定にしてきてる。負けるのは仕方ない。

 けど、俺が嫌いなことは、一番がバカにされることで、二番目が負けることだ……!

 このゲームの仕様上出来るかは分からないが……一か八か!

 ZOOOOM!とんでもない極太ビームが発射!


「発動!」俺はレバーを下、斜め下、前、斜め下、下、後ろに入力!

『フラッシュチョップ!』

「は? フラッシュチョップはボディタイプの攻撃スキルだぞ。悪あがきにしてもその技じゃどうにもならんだろ」

 いや、悪あがきではない。俺は今日ここに来る途中、今の自分のスキル……古城さんが適当にセットしてくれたこの技がどんな性質なのかネットで調べた。


 曰く『下半身に微妙な無敵があるけど、活かすのは難しい』……格ゲーではよくある、謎の下半身だけの無敵判定。それがこの技にもある!

『え!? えええええ!? なんで!? ウソウソ!?』

 ビームは俺のアバターを素通りする!

『なんかのバグ!?』


 バグじゃない。狙った通りだ。

「うおおお!」動揺し動きが止まったゴスロリの戦闘機をついに掴む!そのままコマンドを入力!「発動!」猛烈な連打!

「しまった……ああ、あああ!待って、待って!」

『ロスト!……勝負あり!!』


 勝利画面のBGMが流れる。

「ぶはぁ!」集中して息をするのを忘れていた。VRゴーグルを外し、汗を拭く。

 人と競い合い、勝つ。久しく忘れていた感覚。格ゲーをひたすら練習していた頃を思い出す。

「………」古城さんは、目を丸くして俺のことを見ている。

「古城さんが後ろで教えてくれたおかげで勝てたわ」


「そんなのプロでも見たことねーよ。おっさん、何者だよ」

「やってみたら意外と出来た」

 古城さんは、俺を見ながら何かを考えているみたいだ。

「キェェェ! 初心者に! 相手だけをメタった構成で負けた!」

 対面ではゴスロリが頭を抱えて奇声をあげている。そういうのは恥ずかしいからやめて欲しい。


「亜姫ちゃんの前で恥をかかせるなんて、覚えていなさい!」

 そう言い捨てると、ゴスロリはドスドスと足音をたてて店から出て行った。

 いちいちリアクションが昭和だな、あのストーカー。

「まぁいいや。続きやろうぜ、続き」

 古城さんを促す。明日も仕事なんだ、あと一時間少しでも遊ばないと。

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