第11話 街中華の幸せ

 中華にもいろいろあるもので、高価で本格的な店からラーメン餃子チャーハンなんかを主力にした庶民的な店までの幅がある。

 ラーメンの専門店となるとまた別ジャンルだし、そういう店がお酒を出す場合もあるので明美やさくらのような動画を作っていると、分類に気を遣うところだ。

「個人的には、中華、街中華、ラーメン専門店、の三つは別のジャンルとして考えるべきだと思うのよね」

 街の中華屋さんとでも言うべき店のテーブル席で、メニューを見ながら、明美は言った。

「なんとなくですけど、言葉の響きだけで言いたいことはわかる気がします」

 さくらも一緒にメニューを覗き込みながらうなずいた。

 ラーメンでも食べよう、と何気なく入った小さな中華料理屋で、メニューに酒類を見つけての会話である。

「このお店は、その分類だと街中華ですよね? 前に話した刀削麺のお店は中華で」

「そうね。中華と街中華のラインはかなり曖昧だけど。庶民的か高級志向か、みたいな感じだけじゃないのよね」

 例えば、街中華に分類した今いる店も、一品料理は決して安くはない。とはいえ、ランチを食べるだけなら、千円あれば相当な選択肢がある。が、ガッチリ飲もうと思うなら、いつもの居酒屋と遜色ない値段か、それ以上になるだろう。

 逆に、以前に行った刀削麺の店がこの店より高いかというと、そこまで大きな差があるわけでもない。

「取材に切り替えますか?」

 さくらに問われて、明美はうなずいた。

「とりあえず、ハイボールを二つ! それから……」

 思考を昼食から飲みへと切り替えつつ、明美は何品かの肴を一緒に注文するのだった。


 昼間から飲む酒は美味い。

 それは、自由業の醍醐味でもある。その分、休みなどあってないようなものなので、一長一短ではあるのだが。

 二人でハイボールのグラスをコツンとぶつけつつ、陽が差し込んでくる窓に目を向けたり、昼食のために入ってくるサラリーマンがグラスに注ぐ羨望の眼差しを受け流したりしつつ、頼んだ肴が来るのを待つ。

「動画は安定期に入った感じですね」

「そうね。一定の反応と数字は出るけど、伸びも止まった、って感じかなあ。まあ、固定ファンが付いたって意味ではありがたいのかもしれないけど」

 頬杖を突いて、明美は難しい顔をした。

「同じジャンルの人気動画も最近はいろいろチェックしてるけどさ、やっぱ上位陣はすごいんだよね。ほとんどは自分で調理をする動画だけど、真面目に料理してて技術もプロ顔負けだし、編集や構成も凝ってるし、そりゃ伸びるわ、って感じで」

 むしろ、自分がやっている動画が勝ってしまってはいけないのではないか、とさえ思い始めている。

「あるいは、ものすごく尖った破天荒ぶりを売りにしてたりで、あれは真似できないよなあ、みたいな」

「やっぱり、どこの世界でも上を見るとすごい人がたくさんいるんですね」

「それはそうよ」

 動画の界隈を見て明美が抱いた感想は『在野の天才が多すぎる』である。

 この人、絶対プロのクリエイターとして通用するだろう、と思える天才たちが無償で好きなことに心血を注いでいる、そんな世界なのだ。

 さらに、すでに他の業界で名を売った有名人が参入してきたりすることも少なくない。まさにエンタメ激戦区である。

「それでも、自由に発信できる、っていうのは強みだからね。手段は多い方がいいし、慣れておくことに意味はあると思うよ」

「ですね。わたくしたちも、どことお仕事をしても『SNSやネットで告知や広告をしてほしい』って言われますし、やっぱりそういうのって必要な時代なのかなって」

「だったら広告費も寄越しなさいよ、ってのが本音ではあるけどねー」

「SNSに流す絵を描かなきゃいけない、ってなると、それをタダで引き受けるのはどうなんだろう、とは思いますね……。でも、それを言っちゃうとお仕事をくれる取引先と気まずくなりそうで……」

「売れっ子以外のクリエイターは一番立場が弱い下請けだもんねえ。まあ、だからこそよ、発信力の確保。わたしたち木っ端クリエイターにこそ必要な力なのよ」

「ですね……。なんだか辛気くさい話になっちゃいましたね。お料理も来ましたし、気分を切り替えて飲みましょう」

 さくらの言う通り、ピータン豆腐と焼き餃子が運ばれてきた。

 ピータンはアヒルの卵をアルカリ環境で熟成させた珍味である。黄身が青っぽくなり、白身は茶色く変色して見た目はとても不気味だが、独特の香りと食感が好きな人にはたまらない食品である。

 ピータン豆腐は、文字通り冷や奴の上に刻んだピータンとタレをかけた肴である。

 そして、言わずと知れた焼き餃子は、少し大振りで一皿に六個の嬉しいボリュームである。ビールやハイボールとの相性の良さは、今さら語るまでもない。

「そうね。こんな話してたら美味しいものがもったいないわ」

 そう言いながら、明美は小皿に酢と醤油、そして具入りのラー油をたっぷりと入れた。

「わたくしは酢とコショウで頂きます」

「え、コショウ?」

「はい。ずいぶん前ですけど、ちょっと餃子を作りすぎちゃったことがあって。飽きた頃に味を変えてみたら、これがハマっちゃったんです」

「へー。わたしも試してみようかな……?」

「そもそも餃子って何もつけないで食べても美味しいですから」

「確かにねー」

 笑って答えつつ、明美は自分のタレにつけた餃子を口に入れた。

 皮の中から、熱さと旨味が口の中に溢れ出す。ニラとニンニク、生姜の香りと、豚肉の肉汁の相性は言わずもがな、酢醤油とラー油の刺激も心地よい。

「美味しいですね」

「うん」

 素直に同意する。美味しい、それは間違いない。追いかけるハイボールも文句なしに美味しい。

 特別なことは何もない。

 おそらく、日本人一〇人中の一〇人が餃子と聞いて想像する味だ。

 普通なのだ。

 普通に美味しい。

「なんていうか、わたしらの仕事ってさ、普通に面白いとか、普通に上手いとかって言われると、なんか微妙な気がするじゃない」

「あー、はい、それはありますね」

 クリエイターは、どちらかといえば奇抜でありたいようなところがある。普通の人にはないセンス、技術、そういうものを追求したい人種なのだ。

「まあ、言ってる人たちに悪意はないっていうか、褒めてるんだと思いますけど」

 さくらが苦笑する。

「そうなんだよね。だから強く反論もできないんだけどさ、なんかこう、それって褒めてるの? みたいなモヤモヤ感を感じちゃうっていうか」

「ですね。愛想笑いでありがとうございます、みたいな反応になっちゃいますよね」

「うん。でもさ、この餃子を食べて思うワケよ。ああ、普通に美味しい、って」

「あー。言いたいことはわかります」

 うんうん、とさくらもうなずいた。

「それってさ、わたしたちがモヤモヤしちゃう系の言い方かもしれないんだけど、でも、すごいことなんだよね」

 みんなが想像する美味しさを、きちんと作る。そしてそれを、いつ食べに来ても味わえるという安心感。

 もちろん、高級な具材をふんだんに使った餃子にはもっともっと大きな感動があるのだろう。

 超有名店の技術は、この店の餃子より深みのある味を作り上げるのだろう。それらは、とても素晴らしいことだ。

 だが、そこに今感じている幸福感はあるのだろうか。

 あー、これこれ、これが食べたかったんだよ、と言えるような味を、毎日変わらず供給するという行為。それはとても普通でありながら、同時に偉業でもある。

「なんていうか、こういうことなのかな、って思ったんだよね」

 この餃子をどう表現するか。

 明美には、『普通に美味しい』以上の表現をできる気がしなかった。

「そう考えると、普通に何々っていう褒め方、もっと素直に喜んでいいのかな、っていう気がしてきますね」

「そうね。お互い、天才とか鬼才って感じじゃないし、目指すべきはこの餃子みたいな味なのかもね」

 もちろん、それだって簡単なことではない。

 同じ幸せを毎日作り続ける、そんな積み重ねを淡々とこなす街中華の味に、二人は感服しながら追加の餃子を頼むのだった。

 

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