「楽しかったか?」
「なんだこれ」
「木です」
「いや、うん、そうなんだけどな」
教会の前にデンと鎮座した大きな鉢植えの木を眺めながら、黒のと二人で首を傾げる。まぁ黒のは単にこっちの動きを真似しただけなのだが。
俺の背丈より少し高い、小振りなモミの木のようなそれは、昨日帰るときには無かったものだ。
急に玄関先に緑が欲しくなった可能性もなくはないが、多分これも花祭りに関係しているのだろうなと思いながら、黒のの手を引いて教会に入る。
「やぁシンくん、クロノちゃん、いらっしゃい」
「こんにちはー。今日はお世話になります」
教会の中に入ると、入り口から説教台までの通路に大きな布が敷かれていて、その上に座った子供達が、真ん中に置かれたリースの材料らしき色とりどりの花々を前に表情を輝かせていた。
リースというから向こうで言うクリスマスっぽいのを想像していたけど、どうやらこれは。
「フラワーリースですか?」
「ええ。花祭りですから」
「ははぁ」
牧師に促されるままに俺と黒のも布の上に腰を下ろすと、奥さんがぱたぱたとやってきて「はいどうぞ」と細いツタのようなもので編まれた、リースの土台になる輪っかを手渡してくれる。
それは大人の手のひらより少し大きい程度で、小振りなリースになるようだった。
「では、みんなで一緒に作っていきましょうか」
牧師の言葉に、はーい、と子供たちと合わせて返事をすると、そんな俺の様子をちらりと見た黒のが、数拍遅れで「……はい」と小さく声を上げた。
「にーちゃんはへたくそだなー」
「うん……自分でもそう思う」
他の子供たちにキャッキャと笑われながら、己の手にあるフラワーリース(仮)を前に首を傾げる。教えてもらった通りに作ってると思うんだけどなぁ。
そんな兄をよそに、隣に座る黒の手元では着々とフラワーリース(真)が組み上がりつつある。
最初はあからさまに興味なさげだったのに気づけばずいぶん真剣になっている横顔を眺めていると、ふと気配を感じて顔を上げた。
ちらりと黒のを見るがよほど熱中しているのか気づく様子はない。
俺は小さく笑みをこぼして、静かに腰を上げた。
「すみません、用事思い出したんでちょっと出てきます。妹のことお願いしてもいいですか?」
「はい、もちろん構いませんよ。いってらっしゃい」
「気をつけてね、シンくん」
牧師と奥さんに見送られて、教会を出る。
気配をたどって歩いていくと、大きめの通りに面した露天の前のカフェスペースで、のんびりとお茶をしている青のと赤のがいた。
「二人共おつかれ。もう帰るのか?」
「はい。そろそろ次の勉強会がありますから」
「俺もあんまり自警団のほう空けとけないから戻る」
「紅蓮の特攻隊長だもんな」
「やめろ」
別にからかったわけではなく純然たる感想に過ぎなかったのだが、半ば懇願するように切実な声で制止されてしまったので、とりあえずゴメンと言っておく。
兄ちゃんお前の二つ名けっこう好きなんだけどな。あれか、やっぱり最初に笑ったのが良くなかったか。
死んだ目になった赤のを、青のが肘でちょいちょいとつつく。
するとはっと我に返った弟は、気を取り直すようにひとつ咳払いをしてからこちらに向き直った。
「……俺は白みたいに頭良くないからよ。アンタがどういうこと考えてて、何に迷ってて、どうしてやんのが一番いいのかとか、ちっとも分かんねぇけど」
強い意志を宿した竜の瞳がまっすぐに俺を映す。
「アンタがいない間に、アンタの大切なモンを守ってやる事くらいは、俺にだって出来るぞ」
この弟は、いつのまに守る者の顔をするようになったのだろう。
それはきっと俺がいない間で、流れていく膨大な時間は、人と同じように俺達の心さえも変えていく。
「だから心配すん……おい何ポカンとした顔で見てんだやめろ」
無言でその顔を眺めていると、髪色に負けないほど耳を赤くした弟がこちらを睨む。しかし間もなくひとつ息をつき、気恥ずかしそうに頭をかいた。
「まぁ、なんだ、ケントが……あんなちっこい人の子が、勘違いとはいえあれだけ体張って自分の信念貫いたんだ。それを諭した俺がいつまでも駄々こねてちゃ格好悪いだろ」
そう言って赤のはどこかすっきりしたような顔で笑う。
さらに何か言葉を紡ごうとしたものの、元来喋ることがさほどが得意ではない弟は、あー、その、と口の中でいくつか音をこねまわす様子を見せた後、おもむろに椅子から立ち上がった。
「……でも、出来ればもう少しこまめに帰って来いよ」
そして小さな声でぼそりとそう呟くと、身を翻してやや早足にこの場を去っていく。
その背中を見送った青のは小さく笑って自分もまた席を立つと、まっすぐにこちらへ向き直った。
「私たちはいつだって兄さまを思っています。この場所で、ずっと兄さまをお待ちしています」
だからたまには連絡くらいくださいね、と青のはめずらしく茶目っ気を滲ませた表情でぱちりと片目を瞑ってみせてから身を翻す。
そうして二人の姿が雑踏の中に消えて間もなく、赤と青、二匹の竜が空に浮かび上がった。タイミング的にそのへんの広場で戻ったらしい。
目隠しこそちゃんとやっているが、大胆か、と思わず半眼で呟いて、その光景を眺める。
「…………はー」
どこへ向けたものとも知れない溜息をひとつ押し出して、俺は教会に戻る道へ足を向けた。
教会では、子供たちのリース作りがラストスパートに入ったところだった。
戻ったことを牧師に告げてから黒のの隣に行ってその手元をのぞき込むと、なんとも見事なフラワーリースが今まさに完成するところであった。不器用な兄とは雲泥の差である。
「でき、た」
「すごいなぁ黒の」
「!!」
横から声をかけると、びくりと身を震わせた黒のが勢いよくこちらを向いた。
俺のお目付役、という任務をすっかり失念していたらしい末の妹は、少し慌てたように周囲を見回して、時間の経過を確認している。
その頭を一度ぽんと撫でて落ち着かせてから、リースを持つ黒のの手にそっと自分の手を添えた。
上目遣いで伺うようにこちらを見た妹に、俺は静かに笑って問いかける。
「楽しかったか?」
黒のはしばらく黙り込んだ後、わかりません、と言って小さなリースを胸に抱いた。
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