「おはよう“黒竜”。俺達の新しい家族」
「あのとき、しくじったのは貴様ではなかったんじゃないか」
大急ぎで自宅に戻り、『第一回・平和な世界に突如として現れたオーロラの謎に調査隊が迫る』会議を開いていた俺達は、月のが何とも言えない顔で呟いた言葉に首を傾げた。
「あのときって?」
「青のを受け取ったときだ」
「あー、俺がはりきりすぎて倒れたとき」
そう答えれば、生まれたてだった青の以外の面々が当時を思い出してか渋い顔をして見せる。
あのときはホントごめんな。樽状態のクマムシさんも真っ青な最強生物である兄ちゃんが倒れたらそりゃ驚くよな。
「貴様自身がそう言っていたし、まぁ長い時の中にはそういうこともあるかと納得していたが」
改めて考えると全くもっておかしい、と月のが眉間にしわを寄せた。
「そもそも神使が少しはりきった程度で、儀式に変化が起きるわけがないのだ」
名探偵 月のの推理を聞きながら、花祭りに行くときに自分でした言い訳を思い出す。
俺のテンションが高かろうが低かろうが、儀式に影響は出ない。出るはずがない。だってそれが俺達の役目で、俺達はそういう存在なのだから。
「ということは?」
「もう分かるだろう。わざわざ言わせる気か」
月のが頭痛をこらえるようにこめかみに手を当てた。
受信機側の誤作動でなかったとすれば、考えられる原因はひとつしかないからだ。
「送信元のミスだったかぁー……」
俺も思わず手のひらで顔を覆って、うそだろ神様と言いたい気持ちをこらえる。
いや、あの人うっかりやらかす時が結構あるのでそこまで意外ではないけど、まさかアレもそうだったとは。
「ねぇねぇ。つまりどういうこと?」
話を聞いていた緑のが首を傾げると、白のは頭を抱える俺と月のをちらりと見てから、「推測だが」と前置きをして説明を始める。
「青を“受け取った”ときに兄上が倒れた要因は、神使が一度に受け取ることの出来る力の総量よりも遙かに多い量の力が“送られてきた”ゆえではないかということだ」
「ねぇ白ごめんもっと簡単に言って」
「神がはりきって力を送りすぎた」
白のが真顔ですっぱりと言い切った。なんか身も蓋もないけど大体あってるからしょうがない。
要するに送られてきたデータが大きすぎて、受信する際ちょっとフリーズしてしまったみたいな話だ。
「それとあの“ひずみ”が出来たのに何の関係があるんだ?」
俺が倒れた一件が若干トラウマ化している赤のが話をそらす、というか議題を中心に引き戻す。
すると青のがはっとしたように目を見開いた。
「もしかして、そのときに“余った分”が原因なんですか?」
「……うむ」
精神疲労からやや復活した月のが頷く。
眷属竜が持つ個体差などは、送られてきた竜の“もと”そのものの中に定義されている。
そこに書かれた情報通りに器を構築して、最後にその中に“もと”を詰めるまでが俺の仕事なわけだけど。
「青のとして定義されてる以上の力を神様が送ってきたわけだから、使い切れなかった分はこの世界に混じっちゃったんだろうなぁ」
「その余り混じった大量の力が、時間の経過に伴いある一定の場所に偏った結果、あのように“ひずみ”として可視化された、ということでよろしいですか」
「よろしいと思います」
白のの淡々とした問いに肯定を返して、俺は言葉を続けた。
「で、そうなると今回兄弟が増えることになった理由も、そこにあるかなぁみたいな!」
一見関係ないように思えた事件も実はすべて繋がっていたのだよ名探偵、みたいなノリで言うと、月のがじとりとした目で俺を睨む。
いや、別にふざけてるわけじゃないんだよ。なんか色々突き抜けて楽しくなってきただけで。
たぶん神様は、力を送りすぎていたことに二千年越しで気づいたのだと思う。
しかもこの世界において歪みを起こすほどの量だ。余った分を月のに送り返してもらうにしてもかなり時間がかかる。
ならば、と神様は考えた。
「その余ってる力を使って、新しく竜を生み出しちゃえばいいじゃない、と」
「えー……えぇえええぇ?」
「そんな微妙な顔するな緑の」
そういう人なんだ。
そういう行き当たりばったりなことをする人なんだよ。
でも何だかんだでいい方法だと思う。“もと”だけ送ってもらって、後はすでにこの世界にある力を集めて固めるだけだから、俺としては楽だし。
「ええと、色んな理由は分かりましたけど……儀式そのものに影響はないんですか? やることが違ったりとか」
「平気平気」
厳密に言えば俺のやることは少し違うけど、まぁ料理を作るのに実家から送ってもらったばかりの食材を使うか、前回送られてきてまだ冷蔵にあるのを使うか程度の微妙な差しかないので割愛した。
「俺達はいつもどおり、新しい兄弟を歓迎するだけだよ」
大切な事実はそこだけだ。
そう言ってみんなを見回せば、弟妹たちはお互いに顔を見合わせて笑みを浮かべ、それぞれ肯定を返してくる。
月のは呆れたように顔をしかめたけれど、やがて小さく息をつき、「今度はしくじるなよ」とめずらしくからかうように口の端を上げた。
それは神様に言ってください。
*
沈みゆく太陽と、昇る満月が、地上で交差する一瞬。
あちらの世界では黄昏と呼ばれていたその時間。
恒星のように内から輝く水晶が沈められた泉の上に浮かんだ金色の竜を、洞窟の隙間から差し込む光が照らしている。
四隅には、それぞれ白、緑、赤、青の色彩を持つ竜たちが、その泉を囲むようにしてたたずんでいた。
なんの音もない真空の世界を照らしていた一条の光が、ふいにゆらりと揺らいだ。
金の竜は両翼を広げ、揺らぎを包み込むように閉じる。
四隅の竜たちが空間ごと守るように翼を広げた。
すると辺りに散っていた光が、すべて金の翼の奥に消え、洞窟の中が完全な暗闇に覆われる。
幾ばくかの時が過ぎ、やがて金の竜が静かに翼を広げると、そこには球体のように丸くなった光が浮かんでいた。
光球が小さくふるりと震えたかと思うと、まばゆい閃光が空間を満たす。
全てが白く染まった一瞬の後、光球があった場所には、先ほどまで存在していなかった新たな竜の姿があった。
黒々とした鱗を持つ、やや小振りな竜がゆっくりと瞼を持ち上げる。
その瞳をのぞき込むようにして、金の竜は嬉しそうに喉を鳴らした。
「おはよう“黒竜”。俺達の新しい家族」
そしてようこそ。
この、おそろしいほどに愛おしい、世界へ。
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