神竜(設定→???)

「いやぁ、兄は幸せ者です」


「ただいまー」


「おっかえり兄ちゃぁん!!!」


「ぉうふ」


 帰宅した瞬間、緑色の竜が飛びついてきた。

 思わず後ろによろけた竜体の俺の背を、同じく竜体の白のが鼻先で支える。


「お前は相変わらずだな」


 白のが溜息混じりにそう零すと、俺に首をすり寄せていた竜……緑のは、今気づいたように、はたと頭をもたげて後ろをのぞき込んだ。


「あれっ、白もいたんだ? 久しぶり!」


「ああ」


 緑のが挨拶代わりに尾で背中を叩こうとするのを、白のが翼を使って防御する。

 しかしテコでも背中ポンをやりたいのか、竜の身体能力をフル活用した超速で尻尾を振るい始めている緑のに苦笑しつつ声をかけた。


「もう戻ってたのかぁ。早かったなー緑の」


「うん! ってあたしも帰ってきたのついさっきなんだけどね!」


「そっかそっか。ところで村のみんな……っていうかディーにはちゃんとうまいこと言ってきたんだよな?」


 緑のが尻尾の動きをぴたりと止めた。

 そのまま静かに俺のほうから顔をそむける。


「……緑の、まさか」


「シンは旅の途中に立ち寄ったとある街で里を滅ぼした組織のアジトのひとつを発見。弟妹の手がかりを求めて潜入を試みると、そこにはミリィの母親の形見があった。どうにか取り戻すことに成功したシンだったが、その際に深い傷を負ってしまい――……! 手紙でその事実を知ったミリィは、形見の品の確認とシンの看病のために一時村を出るのであった」


「お前って子は!!!」


 なんでそう無駄に壮大な感じにしてしまうのか。

 というか俺の設定まで勝手に盛らないでほしい。これ絶対ディーに怒られるやつだ。


「ごめん兄ちゃん! 勝手に色々付け足しちゃったのは謝るから! だから兄ちゃんの旅土産コレクションから何か形見っぽいヤツいっこ貰ってっていい!?」


「あぁ、うん……もう好きなようにしなさい……?」


 おそらく今回も、色々な条件を満たす説明を考えた結果なのだろう。

 まあ看病という名目があれば多少帰りが遅くなっても怪しまれないだろうし、と前向きに捉えておくことにする。


「ただいま。何してんだアンタら」


 そんなやりとりをしている間に、目隠しと風避けの術が掛けてある入り口の空間が揺らいで、そこから赤い竜が顔を覗かせた。

 いわゆる玄関にあたるこの場で、竜体のまま顔をつきあわせている俺達を見た赤のが怪訝そうに首を傾げている。


「おかえり赤の。いや俺達も今帰ってきたところでさ。自警団のほうはちゃんと都合ついたのか?」


「ちょっと田舎に帰るって言ってきた」


 相変わらず歪みない一行設定である。


「ただ何でかケントに泣かれたんだけど」


「たぶん説明不足すぎて永久帰省だと思われてるな!」


 緑のとは逆の意味で極端な弟だ。足して二で割りたい。


「赤か。久しぶりだな。兄上に置いていかれたと拗ねて暴れるのはいい加減止めたのか」


 淡々と呈された白のの言葉に、赤のは気まずげに尾を揺らした後、はっとしたように緑のを睨みつけた。


「お前なんで兄貴に言ったんだよ」


「んん? なにが?」


「だから俺が、その、少し、荒れてたって」


「あー。……えっ、あれを少しって言っちゃうんだ」


「報告には的確な表現を用いろ」


「そういえば青のも心配してたなぁ」


 兄姉三人から畳みかけられた赤のがどんよりとした空気をまとって羽を畳む。

 いや、俺のは別に他意はなくて単純な呟きだったんだけど、荒れてた時代は赤のの中で完全に黒歴史化しているらしい。発端が俺なだけに色々と申し訳ない。


 どうやって赤のを慰めようか考えていると、おっとりとした、それでいて謎の圧力を秘めた声が空気を揺らした。


「――そうですね。とても心配しました。何も言わずに行ってしまった太陽の兄さまのことも、それからずっとご機嫌の悪かった赤の兄さまのことも」


 気配があったから居るのは分かっていたが、ちらりと視線をやると、洞窟の奥にある扉の前で青のが深い笑みを浮かべていた。


「……悪かった」


「すみませんでした」


 心配をかけていた自覚のある赤のと俺が即座に平謝りすると、その表情を柔らかな苦笑変えた青のは、ひとつ咳払いをしてわざわざ玄関先まで出迎えにきた理由を口にする。


「では月の姉さまからの伝言をお伝えしますね。『いつまでもジャレていないでさっさと手伝え、たわけ共が』だそうです」


 あっハイ今すぐ。



 人間体での居住区として使っている神殿の最奥にある扉を抜けると、再び洞穴の内部の、自然に作られた巨大円形ホールのような場所に出る。


 そのむき出しの岩肌に囲まれた空間のど真ん中にはそれなりに大きな泉がひとつあり、魚一匹いない澄み切った水の表面には、天井の一部にぽっかりと空いた穴から差し込む光が反射して、きらきらと輝いていた。


 いつも豪雪が吹き荒れ、曇天に覆われているこの山脈で、絶えず光が差し込むのはここだけだ。

 というか儀式のためにここだけ必ず陽光もしくは月光が差し込むようにした。月のが。俺も手伝ったけど。


 雲とか大気層とか屈折とか色々いじらなきゃいけなくて大変だったんだよなぁ……と月ののスパルタ現場監督っぷりを思い出して遠い目になる俺の視線の先では、今その監督のもとで弟妹達が急ピッチに儀式の下準備を行っていた。


 用意された大小さまざまな水晶を赤のと青のが手に取り、吸収した光が逃げていかないように内部の構造を組み替えると、恒星のごとく自ら輝きを放つようになった水晶を二人はひょいひょいと泉の中に投げ入れていく。その動きは至ってスムーズであるのだが、赤のの表情は険しい。


「あははは、赤はホントそういう細かいの苦手だよねー」


「そう思うなら代われ」


「ヤダあたしも苦手だもん」


 どちらかといえば俺寄りで大ざっぱなタチである緑のと赤のは、繊細な力のコントロールを求められるこの作業が不得手なようだった。さもありなん。


 ちなみに緑のは、白のと一緒に洞穴内から空気を抜く作業をしている。

 要は光の動きを妨げるものを極力減らすために真空を作っているわけだが、竜は肺呼吸でもエラ呼吸でもないし、会話に関しても今は空気ではなく各々の力を媒質にして声を伝え合っているため問題ない。


「そうですか? 私はこっちのほうが好きですけど」


「泣き言を言っていないで作業を進めろ。効率が下がるだろう」


 本を読んで分析や考察をするのが好きな青のと、無駄を省いて少しでも多く仕事をすることが趣味である白のは、月のに似てなかなか几帳面であるから、技術的な作業のほうが得意らしい。その分、大規模な力の行使は少々苦手なようだ。


 まぁ彼らの力は本来“増幅器”としての役割の為のみにあり、それ以外は後天的なオプションみたいなものなので、得意不得意が出てくるのは仕方がない。

 そのかわり俺達の補助にかけては彼らは生まれたときからエキスパートだ。誰に教えられることもなく、本能で役目をこなすことが出来る。


 逆を言えば無くても問題ないからこその後天的オプションなわけで、本当はあんなに細かい準備をしなくても“受け取る”ことは出来る、わけだけど。


「……ねぇ月の」


「何だ」


 扉の前に腰を下ろしてみんなの作業を見守っていた俺は、隣に立つ銀の相方をちらりと見やった。


「やっぱ俺もなんか手伝、」


「貴様は黙って座ってろ」


 言い切る間もなく返された却下に、やっぱりなーと苦笑してから、俺はまた泉のほうに視線を戻す。


 しなくても問題ない、けれど、やれば少し楽になる。

 そんな準備を懸命に進めていく弟妹たちの姿に、俺は締まりのない顔でへらりと笑った。


「いやぁ、兄は幸せ者です」


 横目でこちらを見下ろしていた月のはそれを聞いて眉間に皺を寄せると、同じ方向へ視線を向けて、何も言わずに小さくフンと鼻を鳴らした。

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