「あっハイよろこんで」


 アドルフもウルリカと同じように城内に広まった『鬼宰相の息子あらわる』の噂を聞いて執務室に駆けつけたそうだが、時すでに遅く、俺は城内の散策に出た後だったらしい。


「だからまぁ、散歩っつーならこの辺かと思って探しに来てみたわけだ」


「……いいんですか王様がそんな理由で出歩いてて」


「だってあのシルトの息子だぞ? 一生に一度はこの目で見ておくべきだろ」


 なんでそんな世界遺産みたいな扱いなのか。


 息子がいたというだけでここまで話題になる弟の人間ライフに改めて若干の不安を覚えていると、アドルフがグッと眉根を寄せて俺をのぞき込んだ。


「お前こそ散歩は程々にしておけよ。陽も風も、当たりすぎると体に障るぞ」


「え~~~と最近は調子良いんで大丈夫だと、」


「バカ! そうやって油断したときが一番危ないんだ!!」


「ハイすみません……」


 こんなに心配してもらっておいて実は風邪ひとつ引かない類の生命体でごめんなさい。


 しかしこの剣幕からしてどうやら彼も“体の弱い息子”の話を聞いたようだが、アドルフといいウルリカといい、やたら過保護というか、病弱な人間に対する妥当な反応というにはどこか鬼気迫るものを感じる。


(うーん)


 たぶんこのへんが白のの言う“片づけていきたい面倒事”に関係してくるんだと思うが、さすがに情報が少なすぎてよく分からない。


「……わるい。声でかかったな」


 思考を巡らせていた俺の沈黙をどう受け取ったのか、アドルフは何だかばつが悪そうに頬をかく。


「でも本当に無理はするなよ。お前に何かあったらシルトが哀しむぞ」


 アドルフはそう言って俺の頭にポンと手を置いた後、場の空気を変えるためか、ことさら明るい調子で話題を切り替えた。


「そういや俺の娘にはもう会ったか? ウルリカってんだが」


「あ、はい。今――」


「そうか会ったか! どうだ? めちゃくちゃ美人だったろ?」


 彼女に案内してもらっている途中なのだ、と俺が説明するより早くアドルフが興奮気味に身を乗り出してきた。

 そして察する。あ、これどの世界にも等しく存在する「親バカ」と呼ばれる人種だ、と。


「ウルリカは見た目だけじゃなくて、性格も優しく逞しく勇敢でなぁ。小さなころから野山を駆け回り、草花を慈しみ、獣を狩り、その肉で手料理を振る舞ってくれたりしたもんだ」


 自分が聞いてるのが麗しい少女の話なんだか屈強な戦士の話なんだか分からなくなってきた。

 だが、確かに見た目は絵に描いたようなお姫様、言動は男顔負けの王子様なウルリカだ。親バカ目線を差し引いたとしても十分にすばらしい戦士……もとい、女の子であると言えるだろう。


「ウルリカ王女、俺のこともすごく親身になって気遣ってくれましたし、最初こそ容姿と口調の差で驚きましたけど、優しい方ですね」


「あー」


 だが俺の言葉を聞いて、アドルフはなぜか困ったように笑う。


「喋り方に関しては……まぁ、前はああじゃなかったんだが」


 妙に歯切れ悪く言った彼の表情がふと自嘲気味に歪んだ。


「俺のせいなんだろうな、きっと」


 ぽつりと、ほとんど独白のような調子で呟かれたその言葉の意味を問い返すより先に、俺は近づいてきた気配に顔を上げる。このアドルフとよく似た色合いを持つ空気は。


「シン! わるい、遅くなった! お茶を淹れにいったら料理長がついでに菓子も用意してくれて……」


 二人分のカップとお茶菓子が乗った銀のトレイを手にやってきたウルリカが、俺の隣に座るアドルフの姿を見て足を止めた。

 かと思うと、ぐっと目つきを鋭くしてアドルフを睨む。


「…………」


 するとアドルフは今までの快活さはどこへやら、黙り込んで彼女から目をそらした。

 そして急にベンチから立ち上がって俺に向き直ると、ぎこちない笑みを浮かべて軽く手を挙げる。


「あー……じゃあ、俺は執務あるからもう行くわ。お前も体に冷やさないように適当なところで戻れよ」


 じゃあな、と最後に言い残してそそくさと場を去ったアドルフに俺が呆気に取られていると、ウルリカの小さな溜息が耳に届いた。


 彼女はベンチの傍にあるミニテーブルにトレイを置くと、先ほどは見えなかったが腕にかけて持っていたらしい薄手のブランケットを広げ、自然な動作で俺の膝にかけてからお茶の入ったカップとお菓子を手渡してくれた。

 流れるような王子様っぷりに感嘆の声がこぼれそうになる。


「隣、いいか?」


「あっハイよろこんで」


 お姫様のイケメンパワーという謎の波動に押されつつ頷くと、ウルリカは自分の分のカップを手に、先ほどまでアドルフが座っていたところに腰を下ろした。


 そのまま沈黙が広がり、ウルリカの細い指がそわそわとカップの輪郭をなぞる。

 何か言いあぐねているような雰囲気に、俺はただ黙って彼女を待った。


 その間にと口をつけたお茶はどうやら滋養に良い薬草を煎じたもののようで、甘い香りと微かな苦みを味わいながら庭園の花々を眺めること、数分。

 ウルリカがようやく小さな声で話し始める。


「シンは父親……シルトと仲は良いのか?」


「良いほうだと思いますけど」


 人間であるウルリカから見てどうかは分からないが、一応うちの兄弟仲は良好だ。三百年ほど音信不通にしたら心配されて怒られるくらいには。


「そうか、よかった」


 ウルリカはまるで自分のことのようにそれを喜んだ後、またひとつ息を吐いて表情に陰を落とした。


「うちも前はそうだったんだけどな。母さまが亡くなってから、父さ……親父のやつが急によそよそしくなった。以前はどんなに忙しくても家族で過ごす時間を作ったもんなのに、今は全然だ」


 それどころかさほど急ぎの用事がなくても、執務だ視察だと、何かと理由をつけては距離を置くのだという。

 ああ、だからさっき白のに「この仕事バカ親父“ども”が!」と怒っていたのか。執務を理由に放置された(ように見える)俺に、自分の姿を重ねたのだろう。


「……親父は、母さまのことしか、愛していなかったのかもな」


「いやそれは無い!」


 ウルリカの寂しげな呟きを、思わず敬語も忘れて力一杯に否定する。


 あの短時間の会話だけでも分かるほど、アドルフは見事な親バカだった。

 娘を避けているのは事実だとしても、その理由に「愛していないから」などということだけは決して無いと初対面の俺にも断言できるほど親バカ全開だった。

 しかし、では何故ウルリカを避けるのかと言われたら、それは初対面の俺では分からない。


 そもそもピースの足りないパズルを完成させようとしているようなもどかしさに一人唸っていると、ぽかんとした顔で俺を見ていたウルリカが、やがて声を上げて笑った。


「はははっ。……シン、ありがとな。柄にもなく少し辛気臭くなっちまったみたいだ」


 彼女はカップの中身を豪快に飲み干して、「もう大丈夫だ」とベンチから立ち上がる。


 言葉に反してその横顔は寂しげな色を残したままだったけど、今の段階でこれ以上、俺に出来ることはないのだろう。だからウルリカの小さな強がりを受け入れて、ただ頷く。


「どれ、そろそろシルトのとこ戻るか」


「……そうですね」


「あ、カップは置いといていいぞ。残った菓子は包んどくからな、土産にしてくれ。あとこれ、ちゃんと肩に羽織っておけよ。気分はどうだ? 立てるか? ほら、手出せ」


「あっハイよろこんで」


 ところで神竜の威厳(笑)が王女様のイケメンパワーに完全敗北するのを感じたと言ったら、月のに怒られるだろうか。

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